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第58話 黒き翼


闘技場は土煙に包まれている。


結界によって観客席への直撃は全て防がれたが、闘技場全体と言っても過言ではないほど広範囲にわたって大量の光の槍が降り注いだ。


準戦略級魔法はその名の通り、戦略級魔法に近い威力を発揮する魔法だ。その広大な攻撃範囲がゆえに仲間を巻き込むことが必至であったため、誰一人使う者などいなかった。


そもそも「準」が付くとはいえ戦略級魔法、使用は制限されているはずなのだが、この男にはそんな考えは微塵もなかったようだ。


土煙の中で、男は荒い息を吐きながら光の槍が降り注いだ先を睨んでいる。


横にいた2人は難を逃れたようだが、その顔は恐怖に歪んでいる。


男は仲間がいる事を知っていたにも関わらず、躊躇なく魔法を撃ちこんだのだ。とてもじゃないが正気の沙汰とは思えなかったのだろう。


「こ、これだけやれば……」


彼は勝つことしか頭になかった。


自分を見下してくれた憎たらしい少女諸共に、相手を殺す気で魔法を使ったが、それに対する罪悪感などこれっぽっちもなかった。むしろ、今頃肉片と化しているであろう敵を想像して悦に浸っていると言った方が適切だろう。


「お、おい、あいつらも巻き込まれたんじゃ……?」


優男がさすがにやりすぎだと感じているのか仲間を心配するような言葉を言っているが、様子を見に行こうとはしない。想像できてしまうからだ、あの土煙の先で血みどろになっているであろう仲間の姿が。


「ふ、ふん、シータスの連中相手にも負けたんだ、そろそろ代わりの奴を用意してもらおうと思っていたところだ!」


そんな事、今思いついた言い訳に過ぎない。仲間を殺したかもしれないなどという考えはなく、ただ消耗品が擦り切れたから自ら始末をつけたかのような言い草だ。


「だ、だけど準戦略級魔法って大会規約違反じゃ……」


あまりの事態に冷静さを失っていた女も、徐々に冷静さを取り戻し、今起こった事の重大さを認識するに至り蒼白が普通に戻り、また蒼白に、とコロコロと表情が変わる。


少なくとも優男と女は事態が自分たちにとって非常に不味い方に流れている事を察知している。今までヒラリヒラリと自分たちの非を他の人間に押し付けてきたような連中なのだから、そういう空気には敏感だったのだろう。


幸か不幸か、それが2人には働いたが、残りの1人には働くことはなかった。


既に、彼の耳には闘技場を包む拍手喝采の幻聴が聞こえているのかもしれない。実際にはほんの少しも拍手など鳴り響いていないにも関わらずだ。もしかしたら、自分の魔法のおかげで鼓膜が破れたのかもしれない。


「ふ、ふははははっ、僕を馬鹿にした報いだ! 皆死んじまえばいいんだ!!」


そして土煙が晴れた時、彼の目は見開かれることになる。


「……本当に、どうしようもない馬鹿ですね」


静かに、彼女の声が闘技場に響いた。















正直、彼がやろうとした事にはある程度の予想がついていた。


だが、仲間を巻き込むとは想定外だった。龍にしろ、人にしろ、仲間を巻き込んでまで攻撃するような馬鹿はほとんどいない。それくらい仲間という絆は強いものだとエリカは考えていた。


(あの人たちに絆があるなんて思ったあたしが馬鹿でしたね……)


あの馬鹿トリオには絆があるかもしれない。しかし、彼らとリコ、ネアにはそれがないと早く気が付くべきだった。そうすればまた別の結果に導けたかもしれない。


光の槍が放たれた時、丁度エリカはジーン、ジャック、バーバラ、シルヴィアを背後扇状に、リコとネアを目の前にしていた。ほんの一瞬、シルヴィアの氷の盾が迎撃してくれることを祈ったが、容易く撃ち破られるのを見て動く事にした。


ジーンやジャックは自分の身の丈もあるような大剣で守ろうとしていたが、それが出来ないバーバラとシルヴィアはまともに直撃弾を喰らってしまうところだった。


さらに言えば、エリカの目の前にいたリコとネアは光の槍を背後から受けようとしていたので対応がワンテンポ遅れていた。おそらくエリカたちの反応を見て初めてそれに気が付いたのだろう。大剣持ちとはいえ、反転して身を守るには少々時間が足りなかった。


身体を半ばまで捻った辺りで光の槍は目の前まで迫っていた。


だから、エリカは自分がやったことに後悔することはなかった。自分がしなければ誰かしらが確実に死んでいたのだから。


「こ、これは……」


リコかネアか、どちらか分からないが驚愕の声を呟いているのが耳に聞こえてくる。


「エ、エリカ……」


ジーンが何かとてもじゃないが信じられない物を見る時に出すような声を上げている。


(どうやら、全員守れたようですね……)


エリカは姫黒と黒羽を前に突き出すように構えている。身体に流れる魔力を腕から手に流し、シルヴィアの氷の剣のように自らの刀を変形させたのだ。もちろん、それが出来たのも黒燐を混ぜて鍛え上げられたからこそだ。鋼鉄という不純物・・・が入っていたため上手く変形させることが出来るか不安ではあったが、何とかなったようだ。


出来る限り防御できる範囲が広くなるように刀身を変形させ、リコとネアを守るのに十分なだけの黒い盾を作り出した。おかげで刀とは思えないほど不恰好になってしまったが、それも原形に戻すことが出来るから問題はない。


むしろ問題は仲間を助けた方法になるだろう。


とてもじゃないが、刀の黒鱗で間に合う距離ではなかった。それ以前に、そこまで届くほど伸ばせば、さすがの黒鱗も貫通されてしまう恐れがあった。


「嬢ちゃん、これは……」


では、何がジーンたちを守ったのか。


言うまでもなく黒鱗だ。刀のように不純物を含んでいるものではなく、エリカ自身が発現させた黒燐だ。背中部分の鎧を引きちぎり、強引に発現させた黒鱗を可能な限り長く、広く、4人を守れる丁度の大きさなんて考えずに全力を出した。


距離があったため身体のバランスが崩れ、慌てて広げた黒鱗の一部をつっかえ棒にして転倒を防ぎ、右後方にいたジーンとバーバラ、左後方にいたジャックとシルヴィアをカバーすることが出来るように肩甲骨の辺りか2カ所、黒燐を伸ばした。


それはまるで黒い翼。


巨大で、力強く広げられた黒鱗の翼には無数の光の槍が消えずに突き刺さっている。だが、どれ1つとして貫通してはいなかった。雨霰のように降りかかった光の槍は全て黒鱗によって直撃は防がれていたのだ。誰一人として怪我をすることもなければ、死ぬこともなかった。


「けほっ、さすがにこれは……不味いですねぇ……」


自分の身体を見て他人事のようにエリカは呟いた。


当然のことではあるが、エリカ自身には最も多くの光の槍が降りかかった。彼の目標がエリカであった事を考えれば、それもエリカにとっては想定の範囲内だ。


だが、自分を守るだけの黒鱗を発現させるには少々時間が足りなかった。


鎧にはポッカリと穴が開いている。肌に沿って黒鱗は発現させたが、周りに配る気はあったのに自分を守るのが疎かになってしまったようで、脇腹に深々と槍が突き刺さっている。瞬時に血を黒鱗で押さえ込めてはいるが、さすがに長くは持たない。


それに、妙に視界が赤い。


赤い水の中で目を開けているような感覚だ。


その赤い視界の中にリコとネアが理解できない、という表情でエリカを見つめているのに気が付いた。


「『どうして?』、『なぜ?』なんてのは愚問という奴ですよ。目の前で死んでもらいたくもない人が死ぬのは嫌ですから」


2人の心境を勝手に解釈させてもらい、質問が飛ぶ前にそれに対する答えを出す。


エリカはそう言うと黒羽を元の形に戻して地面に突き刺すと、その手をそのまま脇腹に突き刺さった槍に添える。


そして思い切り引き抜く。


「う、ぐうううううっ!!!」


脳にまで届くかという強烈な痛みがエリカを襲う。出血こそ少ないが、身体の内部が多少なりともぐちゃぐちゃにされてしまったのは確実だろう。内臓を損傷したのか喉の奥から何かがこみ上げてくるような感覚に襲われる。


「さ、さすがに2度も3度もぶっ倒れるわけにはいきませんよね……」


引き抜いた槍を手の力だけで握りつぶすと、地面に突き刺したままの黒羽を杖代わりにして倒れる事だけは避ける。ここで意識を失えば血を抑えている黒鱗まで消えてしまう。


背中から翼のように発現させていた黒燐を身体の中に戻す。誰も何も言わないでくれたのが救いと言えば救いだろう。


土煙がまだ残っているため観客席からは黒鱗の翼は見えていないだろうが、これでジーンにも、ジャックにも、シルヴィアにも見せてはいけない物を見せてしまった。この後どんな顔をして彼らに向き合えばいいのか分からなくなってしまう。


「エリカ! しっかりしろ!!」


混濁する意識の中に、ジーンの声が響き渡る。それを聞いて初めて自分が意識を手放そうとしていた事に気がつく事が出来た。


「大丈、夫、です。ジーンさんこそ、怪我はない、ですか?」


「俺の事なんてどうでもいいだろうが! なんでこんな真似を……っ!」


意識を手放すつもりは毛頭なかった。ジーンに斬られた時とは訳が違うし、あの時から随分と成長したつもりだ。あの時はもともと意識が朦朧としていた上に斬られたために意識を失ってしまったが、今度は違う。あれは不可抗力もあったが、今回は自ら望んでこのザマになったのだ。とてもじゃないが意識を失うなんて惨めな真似は出来ない。


エリカはそんな事を考えながらジーンに顔を向けると、力なく笑ってみせた。その笑みもジーンの悲壮感を増長するものでしかなかったかもしれないが、エリカは出来るだけ明るく振舞ってみせる。


「なんでって、あたし言いましたよ、ね? 皆がピンチの、時は助けに行く、って」


言ってなかったかもしれないが、もとよりその腹積もりだったし、さっきのが「ピンチ」に入らないと言わせるつもりはない。


「だから問題ないので……ととっ」


バランスを崩しそうになったエリカは背後から支えられた。見るとリコとネアが倒れそうになったエリカを2人で受け止めていた。


「医務室まで運びます。ジーン殿、案内を頼みます」


「あ、ああ。ついでにお前らの怪我も診てもらおう」


ジーンがそう言うと、2人が驚いたような顔をした。


「何時お気づきに……?」


「俺じゃなくてエリカが気が付いたんだ。痛み止めか何か知らんが、そんなもんで楽になったわけじゃないんだろう?」


バーバラたちが駆け寄ってくる。


土煙が晴れ、ようやく観客たちも闘技場内の様子を見る事が出来るようになってきた。


とはいえ、既にエリカがリコとネアに抱えられている所まで話が進んでいる訳だから、エリカが黒鱗を展開させた場面は見られていない。


だがそうじゃなくとも異様な空気が闘技場、観客席問わず渦巻いているのは事実だ。


すると観客席から誰かが飛び降りた。一般人なら足の骨を折ってもおかしくない高さなのだが、その鎧を見た瞬間、エリカはそれが誰なのか見当が付き、大人しくリコとネアに身体を任せるようにして身体から力を抜く。


「嬢ちゃん、しっかりしろよ……、どうした、セラ?」


ジャックが飛び降りて駆け寄ってきた人影、セラに気が付いて声をかける。


「どうしたも何も、何かお力になれればと思いまして。ティティ王女様には許可を頂いております。ついでに言えば、試合は中止されました」


「中止? 勝ち負けで言えば、大将を倒された俺たちの負けだが?」


「それ以前に、あのタロンの大将は愚かにも準戦略級魔法を使用しました。相手を倒すのではなく、殺す事を目的にした魔法です。大会規約でもしっかり禁止と明記されていますから、中止されて当然です」


「そんな事はどうでもいいんです」と言いながらセラはエリカに駆け寄ると、傷口に手を当てて治癒魔法をかけ始める。


「得意分野ではありませんが、フィア殿が来るまでの時間稼ぎぐらいは……。今のうちに医務室へ」


治癒魔法が脇腹の傷口を修復し始めたのを感じて、エリカはそこでようやく黒鱗に向けていた集中力を抜く事が出来た。黒鱗を消した瞬間、黒鱗と身体の間に塞ぐ前に出た血が溜まっていたので、その一瞬大量の血が噴き出したように見えて辺りを騒然とさせる。


慌ててエリカが大丈夫と自分で言う羽目になった。


リコとネアに担がれ、セラに治療されながら、仲間に囲まれてエリカは闘技場から姿を消していった。















闘技場に残されたのは、茫然と立ち尽くすタロン騎士団の3人組だけだった。


観客席からの聞こえてくるどよめきはまったく耳に入っていないのだろう。ただただ目の前で起こった事実が信じられずに硬直している。


「随分とやってくれたじゃないか……」


その3人の前に立ちはだかる様に姿を現した人物がいた。


その人物の顔を見て、3人の顔が蒼白になり、蒼白を通り過ぎて血の気が本当になくなったかのような色になる。


「シャ、シャリオ殿下……」


立っていたのはシャリオ王子だった。その背後には護衛の騎士とエオリアブルグの衛兵を従え、3人を見下ろしている。


シャリオ王子はニコリと笑ってみせるが、その一挙一動にすら、3人はいちいちビクビクと反応してしまう。


「由緒正しいタロン騎士団の没落は別に今に始まった事じゃないが、さすがにこれは見過ごせないな。敵を殺そうとしただけでは飽き足らず、仲間まで巻き込もうとしたんだから、いくら君たちが貴族の子息だろうと罪から逃れる事はできない。 言っておくが、言い逃れしようなんて考えないでくれよ? ちょっと頭に来てるから」


シャリオ王子が手で合図をすると背後の衛兵が3人を取り囲むように立つ。


「しばらくの間、自室で謹慎していろ。君たちの処分は追って通達する」


衛兵に連れられ、3人が闘技場から外に出される。


「……申し訳ありません。陛下の兵を無言で使わせてもらいました」


背後に現れた気配にシャリオ王子は振り返り、深々と頭を下げた。


背後にはグラン王とティティが立っていた。ティティはエリカの状態が気になるのかしきりにエリカが消えた反対側の方を見ている。


「構わん。おそらく彼らも同じ気持ちであっただろう。それどころか、君はこのコロシアムにいた全ての騎士の意志を体現した事は間違いないであろうな」


グラン王が観客席を見上げる。


既に観客の避難が始まっており、だいぶ人が減ってきている。準戦略級魔法の直撃に耐えた魔法障壁であったが、そのおかげでほとんどが機能を停止してしまったのだ。試合も出来る状態ではないので、衛兵たちの誘導の下一般人の退避が先ほどから行われている。


「私からも感謝を申し上げます、シャリオ王子」


「いえ、それは受け取れません、ティティ王女。感謝をお受けする前に、お詫びをしなければなりませんから。私の部下がこのような事態を招いたのはひとえに私どもの監督不行き届き、あのような者を野放しにしていたこちらに責があります」


「ブラゴシュワイクのお国事情は承知しているつもりです。ですからお顔を上げてください。今のあなたにはどうしようもないという事も、分かっています」


そう言うと、シャリオ王子は少々表情を曇らせた。


今の自分は王子。


貴族の腐敗した権力が強いブラゴシュワイクでは王子と言えども下手に動けば貴族によって王位継承権争いから蹴りだされるか脱落させられることもある。それを怖れたがために、彼らの跳梁を許したとも言える。


「……そのお気持ち、決して無駄にはしません。必ずや、のちの治世に生かさせてもらいます」


「ほお、ブラゴシュワイクの若造が言うではないか。そのほえ面がいつまで続くか見ものだな」


「エオリアブルグにも、アールドールンにも負けないような誇りと強さを取り戻してみせますよ」


シャリオ王子がグラン王に対してそう言うと、グラン王は満足げに頷いた。


「では私たちも引き上げようか、あとであの騎士、エリカの見舞いにも行きたいからな」


グラン王はそう言うと個人用の転移魔法を構築する。それにティティとシャリオ王子も乗ると3人は姿を消した。





わっひゃーっ。


どうもハモニカです。


なんか、いっつも仲間を庇ってぶっ倒れているような気がしてならない我らが主人公ですねw


まあ、それが主人公たらしめているものだと思ってますけど。


主人公と聞いてふと思った、というより前々からそのつもりでいたんですけど、エリカって主人公であってヒロインではないような気がします。


女性ですしヒロインにあたるのかなぁ、と思った時期もあったのですが、やっぱり主人公って言った方がしっくりくるようです。


かといってヒロインを出しているつもりはないですけどw


しかし、そうなるとやっぱりジーンって主人公「格」、もしくは主要キャラになっちゃうんですよねぇ。どうしましょう……。


おかしいですね、一応ジーンは主人公の1人のはずなんですが……、あ、それだけでも主人公「格」にはなっちゃいますね。言い換えましょう、主要キャラになっちゃったようです。


脇役にならないだけマシですよね?


どうも男衆はジャックを除いて扱いが酷い気がするのは結構気のせいじゃないでしょうから。ジャックはあれで面白いから出番が多いですよね。とりあえず筋肉マッチョで豪快で「がっはっはっはっ」って笑う人はネタに使い放題ですからww


ではでは、また次回お会いしましょう。


ご感想などお待ちしております。



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