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第5話 龍殺し……


8月22日 誤字修正


「……やらかしました……」


フィアに案内された部屋のベッドに突っ伏し、エリカは後悔の念を隠そうともせずにがっくりと肩を落とした。


それには訳がある。

時は数時間前に遡る。












「そういえば、騎士団というと、この王様を守っているんですよね? お仕事は何なんですか?」


何気ない一言だった。

エリカも別に深い考えがあって聞いたわけではなかった。だが、その台詞がエリカを凍らせる羽目になってしまった。


「俺らの仕事か? 強いて言えば、ドラゴンスレイヤーだな」

「……え」


エリカは自分の耳がどうにかなってしまったのかと思ってつい聞き返した。


「うん? 聞き慣れないか? 分かりやすく言えば、龍殺しだ」


聞き間違いではなかった。ジーンたちは至って普通に答えるが、答えられたエリカの表情は凍りついたまま、目を見開いて不意に周りの騎士を見渡した。


「これが、龍殺しの証だ」


ジーンは自分の鎧を持ってきてエリカに見せた。ジーンが指差すその鎧には赤い紋章の中で剣に貫かれた龍の姿が描きこまれていた。


「俺たちは、アールドールン王国の領内で龍が出現する度に、龍の討伐を任せられるんだ。と言っても、今じゃ龍が人里に下りてくることなんて滅多にないからな、おかげで大会なんてものが開催されてしまうんだが」

「そ、そんな……、じゃあ、ジーンさん、も?」


エリカが出来る限り平静を装って、それでも声がかすれてしまったことを隠し通すことはできなかったが、声の震えを極力抑えてゆっくりと聞く。


エリカはよりにもよって、龍殺しを生業なりわいとする者たちに拾われてしまったのだ。龍としては、自ら火に飛び込んでしまったようなものだ。


エリカの問いに、ジーンは小さく首を横に振った。


「いや、今も言ったが最近じゃドラゴンが目撃されることすら珍しいんだ。俺は入団して1年だが、未だにドラゴンが現れたという話は聞かないから、訓練に明け暮れる毎日さ」


それを聞いてエリカは小さく安堵のため息をついた。

最悪の事態だけは避けられた。さすがに命の恩人のようなジーンたちまで龍殺しをしていたとなると、ここにはいられない。


「そう、ですか……」


そうとしか、エリカは言えなかった。

周りには、少し話しただけでも分かる、心優しい人々しかいない。だが、その全てが言わばエリカの天敵とも言える者たちだったのだ。エリカのショックは計り知れなかった。


その後、少し疲れたので休みたいとフィアに言うと、フィアの部屋まで案内された。フィアはまだやる事が残っていると言ってまた騎士団の人たちの所へ戻っていったので、部屋で1人にされたエリカは、近くにあったベッドに倒れるように横になると、大きなため息をついた。


そして時間は最初に戻る。















「よりにもよって、とんでもないヒトたちについて来てしまったようです、父上」


いくら自らの不注意を嘆いても、時間は元には戻らない。

よくよく考えてみれば、騎士団の話題が出た時にどうして彼らの仕事内容について聞かなかったのだろうか、と自責の念で死にたくなるが、やりきれない気持ちはベッドでゴロゴロと回転することでしか発散することはできなかった。


一通り自責の念を自らに叩き込んだエリカは、ようやく落ち着いた頭で今後の事を考えることにした。


エリカにはいくつかの選択肢が用意されている。


1つは、今まで通り、自らの正体を隠したまま、ジーンたちの厄介になること。正体が知られるという可能性はあるが、彼らからも情報を得ることが出来る。さらに、今後必要になるであろう武術を学べるというメリットが存在する。


2つ目は、今すぐにでもこの町を、さらに言えばこの国から出ていくことだ。1つ目の選択肢のメリットは得ることができないが、少なくとも正体が早々に知られることはない。だが、これにはヒトが使う通貨を手に入れ、なおかつ長期滞在できる場所を見つける必要がある。また、情報を得ることも難しい。どこの世界でも外から入ってきた者は警戒され、誰も近寄ろうとはしないものだ。むしろ、アクイラ騎士団の空気が異様なのだろう。


あの、垣根のない空間は、エリカにとって有り難くもあり、近寄りがたいものでもあった。


「どうしよっか……」


ただ、その言葉しか口から漏れなかった。


その時、部屋の扉が開き、エメラルドグリーンの髪がゆったりと入ってきた。


「ただいま、ってエリカちゃん、具合悪いの?」

「……いえ」


エリカがベッドで突っ伏しているのを見て、心配そうにフィアはベッドに腰掛けてきた。それを感じて起き上がろうとすると、それをフィアに手で制され、そのままその手をエリカの額に持っていった。反対側の手を自らの額に当てると、う~んと唸りながら何かを調べようとする。


「熱があるってわけじゃないわね? 慣れない旅で疲れたかしら?」

「そういうんじゃないんですけど……」


言えるわけがない。


自分はフィアたちの倒すべき相手で、フィアたちにとって敵以外の何者でもないなどと、言えるわけがない。


けれど、やはり聞きたいことは聞いておかなければならない。

フィアたちにとって、龍とはどのような存在なのか、フィアは龍という存在をどう思っているのか、言い出せばきりがないだろう。


だから、額に当てられていた手を優しく払うと、フィアに真っ直ぐ向き合う。


「フィアさん、フィアさんにとって龍とはどんな存在なんですか?」


いきなり話題を振られてフィアが困惑の表情を浮かべる。

考え込むようなしぐさをしてしばらく物思いに耽ると、結論が出たのかエリカに向かって口を開いた。


「そうね、恐ろしい存在、とでも言おうかしら? けれど、憎んではいないわ。彼らと私たちは決して相容れない存在かもしれない。戦えばどちらかが死ぬまで戦うことになるでしょう、けれど、できれば戦うことなく、分かり合いたいものよ……。これはアクイラ騎士団、そしてこの王国の総意でもあるわ。あなたが知っているかは分からないけど、この国の前身はヴィルヘルム王国、大昔には龍と話し合うこともできたと聞くわ。今では竜人族ですら龍と会話出来る者は少ないと聞くけど」

「フィアさん……」


エリカは恐れていた。

もし、フィアが龍を憎んでいたら、敵として見ていたら、エリカはここを出て行こうと思っていた。龍を恨むヒトの元にいられるわけはない。それこそ、正体を知られれば逃げ場もない。


「でも、どうしてそんなことを?」


そこでフィアは質問の意図が気になって聞いてきた。


もちろん、本当の事をいう訳にもいかない。だが、エリカの選択は決まった。

それに、ヴィルヘルム王国にはいろいろ思うところがエリカにはある。


「あたしも、騎士団に入らせてもらえませんか?」


エリカは彼女たちと共に過ごすことを選択した。

結果がどうなろうとしても、エリカは決して後悔しない選択をしようと考えたのだ。正体を知られた時のリスクを考えても、騎士団の持つ情報と技術は、他所ではそう簡単に手に入るものではないだろうと判断した。


そして何より、騎士団の雰囲気を目の当たりにして、彼らならば得体も知れないエリカでも信頼関係を築けるのでは、と考えたのだ。正直、女性騎士たちの間ではエリカと相部屋になろうとちょっとした争奪戦のようなものが行われていた気がする。


エリカが絞り出すように、おずおずと入団を申し出ると、最初フィアは意外そうに目を見開いた。そしてすぐに嬉しそうな満面の笑みを浮かべると、フィアはエリカに抱き付いてきた。


「ちょ、フィ、フィアさん!?」

「やっぱり私たちの見立ては間違ってなかったのね! それじゃあ、これからは仲間同士ってことね!」


心底嬉しそうにはしゃいでいるのだが、それとは逆にそんな簡単に入団が決まっていいはずのものではないだろうと考えていたエリカは、訳も分からず抱き付かれ、左右に振られて首がカクカクと動いて視界が滅茶苦茶になり混乱する。


「そ、そんな簡単に決まっていいものなんですか、っていうか離してください! 首が、首がもげちゃいますって!」

「え? あら、ごめんなさい。嬉しくてつい……。それはともかく、もちろん入団には試験みたいなものがあるわよ? 筆記はエリカちゃん文字が読めるか微妙なところだから免除になるだろうけれど、実技はどう? 戦闘試験は結構騎士団うちは厳しいのだけれど……」

「何とかして見せます。ただ、少しばかり教えていただきたい事があるんですけど」

「なんでも聞いて頂戴? 多分騎士団の連中なら皆親切だから教えてくれるわよ。それと、もうすぐ夕飯だから食堂に行きましょう? あなたを呼びに来たの」


ベッドから立ち上がると、フィアはエリカに手を差し伸べてきた。エリカはその手を握ると起き上がり、ベッドから降りてフィアの横に立つ。


「そうとは知らずに長話させてしまって、すいません」

「良いのよ。さ、ジーンたちを待たせてるから行きましょう?」


そう言うと、2人は部屋を後にして先ほどの食堂へ向かっていった。















「おっ、ようやく来たか。飯が冷めちまうからさっさと食おうぜぃ」


食堂に入ると、ジーンとジャックが机に向かって座っていた。こちらに気が付くとジャックが待ってたと言わんばかりに手を振り上げ、フィアとエリカを招きよせる。


「遅かったな。寝ていたのか?」


ジーンは露骨にこそ言わないが、代わりにその腹が正直に不満を打ち明けている。くぐもった音が近づくと聞こえ、エリカは申し訳ない気持ちになってしまった。


「すいません、フィアさんとお話をしていました」

「まあ、しょうがないだろうな。ここに来てまだ数時間だ。分からないことも多いだろうからな。何かあったら気軽に俺たちに話しかけてくれて構わない。さすがに部屋まで来られては困るが」

「安心なさい、エリカを猛獣の巣には行かせないから」

「なっ、フィア、てめえそりゃあどういう意味だ!?」


食いついたのはジャックだ。

心外だと言わんばかりに勢いよく立ち上がると、フィアの面前に立ってフィアの顔を睨み付ける。だがフィアは臆することもなく鼻を鳴らす。


「さっき聞いたわよ? 私たちがいない間に、随分とあったみたいよ? 女湯に覗きが3回、王直属の騎士団も随分と風紀が乱れてるわね」


そう言ってフィアが食堂を見渡すと、近くにいた騎士がビクッと肩を震わせる。


「な、なんだとぅ? それは聞き捨てならないな、あとで男勢で話あわにゃならんな……、とそんな話をするためにここにいるんじゃねえんだ。さっさと食おう」

「そうよ、エリカ、そっちに座りなさいな」


フィアに席を勧められ、ジーンの隣に座ると、反対側にフィアが座った。


騎士団の食堂の料理は日替わりで決まっているらしく、見渡す限りでは全員が同じ料理を食べている。

しばらくすると女性がやって来て器用に2人前の食事を机に音も立てずに滑り置く。


置かれた皿には、肉を揚げたものが3つほど野菜の上に盛られており、その横には得体のしれない四角い物体が添えられている。


「…………」

「お、おいエリカ、まさか、パンを知らないのか?」


その物体とにらめっこをしていると、さすがにおかしいと気が付いたのかジーンが話しかけてきた。


「肉を焼いてあるのは理解できます。ですが、この物体はいったい……」

「あ~もう、まだるっこしいな。嬢ちゃん、それはガブッと行けばいいんだよ」


そう言うと、ジャックは自らの前に置かれている皿のパンを一切れ掴むと、豪快にかぶり付く。その様子を見て、エリカも見よう見まねでパンを手に取り、それを口に頬張る。


肉と多少の草しか食べたことがなかったその口には、あまりにも新鮮な味だった。表面に何か塗られているのか、香ばしい匂いの中に甘い香りが漂っている。


「んむ、美味しい、もぐ、ですね」


始めて味わう未知の感覚に、手がさらにもう1枚のパンに伸びる。そしてそれを頬張って揚げられた肉に手を伸ばそうとして、それをフィアに制された。エリカの手を制した手には金属の棒が握られており、その棒は先端が3つに枝分かれしている。


「これを使いなさい。手が汚れるわよ」

「はあ……」


手が汚れることなど、気にしたこともないエリカなのだが、周りの騎士も、目の前のジャックですら、その棒を使っているので、渋々その棒を貰うと隣のジーンの持ち方を真似て肉に突き刺す。


肉に棒を突き刺した瞬間、刺した場所から肉汁があふれ出して何とも言えない香りがエリカの鼻をくすぐる。


と同時にあの夜の事が思い起こされて、食べたいのに食べたくないというジレンマにも陥ってしまった。


「ぬぐぐ、食べたいのに、ええいままよ!」


食べなければ飢え死にしかねない。


エリカは決心して肉を口に頬張り、噛み千切って下で肉片を転がす。一気に旨味が口一杯に広がってエリカの頬が緩む。


「気に入ってもらえたみたいね」

「おいひいでふ」


口に肉を入れた状態で緩んだ頬を引き締めもせずにフィアに返事をする。


生肉程度しか食べたことがないエリカはとてもじゃないが旨い物など食べたことはない。だから、食べること以上に、味も追及された料理はエリカにとってその味以上に感動を与えるものだった。


生肉とは違う、噛む度に肉汁が口の中に溢れ出して、それこそ身体が浮き上がってしまうような心地よさにエリカはとっぷりと浸かってしまう。


「……エリカ、物凄い笑顔ね」

「というより、笑ったの初めてじゃないか? 気が付いたが」

「というか、随分と寂しい食生活だったみたいだな」


エリカの幸せそうな顔を眺めながら、3人も食事を続けることにした。

食事中の一切の会話がエリカの耳に届かなかったことは、当たり前といえば当たり前だろうか。















城の門、昼間にエリカたちが通ってきた門の前で、若干夢うつつ状態だった兵士の前に、1人の女性が歩み寄ってきた。


「申し訳ありません、城に用ならば明日出直してもらえないか?」


兵士は夜中に来た来訪者にも関わらず、兵士は極力丁寧な物腰で応対した。もちろん、夜中の方がいろいろな危険があるわけだが、この首都のど真ん中、城の門を守る彼にはそういう危機感は薄かった。


だから、月明かりと近くのかがり火だけで目の前の女性の顔をしっかり確認しようとしなかった。


女性は何も言わず、ため息をついた。

黒いマントの中で何かがもぞもぞと動くと、マントの中から大きな獣が顔を出してきた。それを見て、兵士はようやく目の前の女性の正体に気が付いて目を見開いた。


「まったく、注意力散漫よ? まあ、半年も家を空ければ忘れられるかしら……。それに私は夜の方が動けることだって城の人間なら知っているでしょう、ねえ、アレックス?」


マントから顔を出した大きな獣の頭を撫でながら、女性は心底悲しそうな表情をする。

その顔を見て兵士は慌てて姿勢を正して敬礼した。


「も、申し訳ありません! どうぞ、お入りください!」


門が開けられ、女性は静々と門の中へと消えていった。


ぬお、誰か出てきましたね。


何とな~く会話から何者か分かっていただけるとありがたいかな


とまあ、そんな感じで、エリカ、美味い物に出会う、の回でした。


人の美徳の1つは、美味い物を作り出せる、ということなのではないでしょうか?


生肉しか食わない龍が食えば、そりゃあもう、ほっぺたが落ちるくらいでしょうね。カルチャーショック並みですよ、きっと。


そんなわけで、まだ5話しか書いていないのに評価を下さった方、お気に入り登録してくださっている方に感謝の意を表し、結びたいと思います。


亀更新を恐れつつも毎日頑張っている作者は何なんだと自問自答している今日この頃ですが、土日ですからね~。


感想などお待ちしております!



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