第51話 こちらエリカ、潜入を開始する
あれ、どこかのリアルかくれんぼゲームみたいなタイトルになってしまった。
ではでは、どうぞ。
盛大な式典、とはまさにこの事だろう。
国を挙げて開催された大会会場へと通じる道は人で埋め尽くされていた。歓声の中をブラゴシュワイクの騎士たちが民衆に手を振りながら歩いている。
エリカたちはブラゴシュワイクの少し前を歩いている。
まるでお祭り騒ぎだ。ジャックはまるで国の英雄のように手を振り上げて何かを叫んでおり、その隣でジーンが呆れたような顔をしつつも何も言わずにいる。こういう時は多少騒いでも問題ないのだろう。バーバラも何も言っていない。
とはいえ、バーバラは晴天の下を歩いている。あまり他の事に意識を回している余裕がないのかもしれない。そんな状態では試合で戦えるのか、と心配になってしまうのだが。
「雲一つない晴天なんて聞いてないわよ……。いくら昼間でも外を歩けるとはいえ、これじゃストレスが溜まるわ……」
「ならそのストレス、試合で発散させればいいじゃねえか」
ジャックが「俺はそうするぜ?」と言ってくるが、そもそもジャックは昼間外を歩くだけでストレスが溜まるような人間ではない。冗談混じりで言っているのは間違いない。
「ジャックさん、バーバラさんが本気にしますから止して下さい。ほら、バーバラさんが黒い笑みを浮かべてるじゃないですか」
「フフフ、大丈夫よ、エリカ。殺すような真似はしないから。せいぜい100分の97殺しで我慢するわよ」
「それは我慢しているに入らないしほとんど殺してるじゃないですか」
「人生は厳しいものよ」
バーバラがいつものバーバラではない。
幸い、その後しばらくして南から雲が流れてきて多少日差しを防いでくれたおかげでバーバラが暴走するような事はなかった。
大衆が道の左右を埋め尽くす道を進んでいくと、巨大なコロシアムが姿を現した。修練場に仮設された時のあのコロシアムとは比較にならないほどの大きさだ。自国含め3か国の観客と要人を収容できるというだけあって、曲がり角を曲がってその姿を見た時は息を呑んだ。
「まるで要塞だな」
「うちにも闘技場はあるけど、多分エオリアブルグには負けるわね」
ジーンが感心しながら闘技場を見上げると、フィアが外壁の装飾に見とれながら口を開いた。
外壁には、人を模った彫刻が無数にあった。剣を持った騎士や、杖を持った魔法使い、馬に乗った騎士など、どれ1つとして同じ形の物はなかった。
道は真っ直ぐに闘技場へと吸い込まれており、大きなアーチの下をくぐると闘技場の敷地内に入る。闘技場もすでに人で埋め尽くされており、警備の兵たちが四苦八苦しながら闘技場内へと向かう列に大衆が流れ込まないように抑えこんでいる。
闘技場内、つまりこれから戦場になる広い荒野のような場所に入ると、一度見た光景が数倍になってエリカに降りかかってきた。
まさに大地が揺れていると言っても過言ではない。数百とか、数千という規模の話ではなく、軽く万を超えるだけの人々が観客席に入っている。その全員が歓声を上げながら騎士たちを迎えているのだ、それがいかに物凄いものかは想像に難くない。
観客席の正面上方には国賓が座る特等席が設けられている。エオリアブルグの国章と思しき紋章が描かれた垂れ幕が掲げられており、その左右に、アールドールン、ブラゴシュワイクの垂れ幕が掲げられている。そしてアールドールンの垂れ幕の所にティティの姿があった。その隣にはエオリアブルグの王が、さらにその隣、ティティの反対側にはブラゴシュワイクの第一王子であろう若い青年が立っている。
3人とも拍手で騎士たちを迎えている。3人の左右には貴族であろう男女が10人前後いる。正直好印象な人物が1人もいない。必要以上に肥えている男とか、無駄にたくさん装飾のある服を着た女などばかり、一番の理由はその全員が騎士たちに目線を向けていないことだ。
そうなる理由は何となく想像がつく。中央のエオリアブルグの王はともかくとして、左右は王子と王女、自らの子供を嫁、婿に出して玉の輿を狙っているのだろう。この大会はお近づきになる手段であり、彼らには毛頭興味などないのだ。
エオリアブルグの王を正面にエオリアブルグの騎士団、シータス騎士団が、ティティの前にアクイラ騎士団が、ブラゴシュワイクの王子の前にブラゴシュワイクの騎士団、タロン騎士団が整然と並んでいく。
ざっと見た感じでは、平均年齢が一番若いのはどう考えてもアクイラ騎士団だ。未成年(1人は肉体年齢のみ)が2人いるアールドールンはどうしても屈強な騎士を束ねるシータス騎士団や、随分と無駄な装飾の多い鎧を身に纏っているタロン騎士団には見劣りするかもしれない。
(意外性とかでいったら間違いなく一番でしょうけど……)
ちなみに、メンバーの構成は先鋒バーバラ、次鋒ジーン、中堅シルヴィア、副将ジャック、大将エリカという事で落ち着いた。エリカは最後まで大将をバーバラかジャックに譲ろうとしたのだが、多数決の結果1対4でエリカが大将になってしまった。
この大会では、先鋒、次鋒などと個人の役割があるが、別に先鋒が一番最初に出なければならないというルールはない。
さらに言えば、同時に複数人がコロシアムに入っても問題はない。ただ、複数人対複数人になった場合、2カ所で戦闘が起こらない事がルールには書かれている。つまり、1対1が複数できてしまうのは駄目だが、2対2が出来るのは問題ない、という事だ。
また、2人を相手取って1人で戦うのもありだ。残りの1人に疲れてきたらバトンタッチという戦い方も出来る。
大将が最初に出て、相手全員と戦っても良い。さすがにそれで試合が決まるような事は今までなかったそうだが。
相手を見てこちらの手を変えるという事が出来るのが、この大会の醍醐味の1つだ。本当の戦場では自分の都合の良い戦場など滅多にない。敵も考え、それに合わせて自分たちも考える。
ケースバイケースの柔軟な対応が求められるこの大会は、言ってみればそこいらの模擬戦よりもよっぽど実戦に近いと言える。
『諸君、よくぞ集まった!』
拡声器か何かで声を大きくしたエオリアブルグの王がコロシアム中に声を響き渡らせると、それまで轟轟と響いていた歓声が静まり返る。
『私はエオリアブルグ王国を統べるグラン・レオパルドである。我々の共通の敵、ドラゴンと戦うために剣を取った騎士たち、存分に自らの技術を出し切り、より一層の向上を祈る』
グランはそう言うと隣にいたティティに顔を向ける。ティティが頷いて一歩前に出ると、グランと同じように騎士たちに訓示を与える。
『アールドールン王国、アーサー王の娘、ティティ・アールドールンです。皆さん、日ごろの訓練の成果をここで発揮できるよう、頑張ってください。星々は常に皆さんと共に在ります』
星巫女としての言葉のようだ。ティティの言葉を聞いて観客席からティティが言った言葉に反応するかのように声援が生まれる。
そして最後にブラゴシュワイクの王子にバトンが渡された。
その姿を見た時、エリカは彼ではなく、彼が背負う「ブラゴシュワイク」という存在を睨み付けていた。
『ブラゴシュワイク王国第一王子、シャリオ・ブラゴシュワイクです。敵味方という戦いではなく、好敵手として共に力を磨けるような試合を期待します』
シャリオがそう言うと、3人が共に手を振りかざす。
『『『ここに大陸統合軍事大会の開催を宣言する!!!』』』
歓声が地面を割らんばかりに響き渡る。
そしてその歓声には、騎士たちの雄叫びも混じっていた。
「すぐに始まるもんじゃないんですか」
ティティ、グラン、シャリオが大会の開催宣言をした後、全員がコロシアムの建物内に引き上げると、それと入れ替わりに随分とふざけた格好をした男たちが闘技場へと向かっていった。
「前座だよ。ガチの試合も良いが、面白おかしく戦う連中を見るのも楽しいんだろうな、見てる分には」
ジーンはあまり気にしていないようだ。というより、気にしているのはエリカくらいで、フィアもジャックも全くというほど意識していない。
「言ってくれたら余計な気合を入れなくて済んだのに……」
「気合の入れ損はないさ。それに試合以外でも油断は出来ない」
ジーンが出来れば思い出したくない事を思い出すような表情をする。
「何か、あったんですか?」
「4年くらい前の大会だったな。開催場所はここ、今まさに俺たちが歩いているようにエオリアブルグの騎士が歩いていたんだ。そしたら……」
曲がり角に差し掛かり、ジーンは室内とは思えないくらい慎重に左右を確認してから曲がり角を直行する。左右を確認したのはジーンだけではなく、フィアもジャックもごく自然な動きで左右を確認している。
「曲がり角でブラゴシュワイクの騎士とぶつかったんだ。ぶつかったのが運の尽き、エオリアブルグの騎士はその場でバッサリ」
ジーンが首を掻っ切る仕草をすると、エリカが眉をひそめる。
「酷いですね」
「貴族ってのはそういうもんさ。普通の人間を動物でも見るような目で見てくる。大方、目つきが気に入らないとか、態度が気に入らないとかいう理由だろう。貴族の息子だからできれば事を公にしたくなかった両国の上層部は殺された騎士が転落事故に遭ったように隠蔽した。結局後でバレて大問題になったんだがな」
「まったくもって、嫌な話だ」
どうやら途中から会話を聞いていたらしい。ジャックとフィアもジーンと同じように苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「公式に抗議もされたらしいけど、効果のほどは定かじゃないわ。だから、それ以来アールドールン、エオリアブルグの騎士連中は絶対にぶつからないようにしているの。もはや慎重すぎるほどにね」
「今のうちに言えて良かった。1人で歩くこともあるだろうが、気を付けろよ」
国柄という奴なのだろうか。少なくともその程度の事で人を殺すような人間の神経が信じられない。
「ああ、一応言っとくが、ブラゴシュワイクにも心のある奴はいるぞ? だが、圧倒的少数なのは確かだ」
ジャックが面白くなさそうな顔をしている。それほどの実力もないのに、権威だけはある奴ほど面倒な者はいないようだ。
「まあ、最近はこちらが注意しているのもあるけど聞かないわね」
バーバラと話していたシルヴィアも会話に加わる。必然的に全員がこの話に参加することになった。
「バーバラも1回当たられたよな」
「ええ、まあ、私の正体に気が付いたら尻尾巻いて逃げていったけどね。『血を吸われるぅ!』って情けないったらありゃしなかったわ。あれでドラゴンスレイヤー気取ってるんだから信じられない」
(斬りかかったら確実に殺されるでしょうね……)
バーバラに斬りかかるような馬鹿がいたら、自殺願望者か相手を見ていない愚か者だけだろう。そもそもバーバラの存在はドラゴンスレイヤーの間ではそれなりに有名だ。実力、風貌、そして何より吸血鬼なのだから。
「少なくとも無防備に斬られるような愚鈍な騎士はアクイラにはいないだろうから、大丈夫でしょうけど」
シルヴィアはそう言いながら自分の剣の柄をポンポンと叩く。少なくともシルヴィアに斬りかかったらその相手が氷の鎌で首を刈られるだろう。
「だからエリカも気を付けろよ」
「了解しました」
「さて、お仕事開始ですか」
「はい?」
部屋に戻ったエリカはさっそく身動きしにくい騎士団の鎧を脱いで動きやすい普段着に着替える。普段着と言っても、未だにフィアの服だ。以前買った服はまだ一度も着ていない。
着替え終わったのを見計らったように部屋の扉がノックされ、ユーリが扉を開けるとエリカとしては予定通り、バーバラが立っていた。
「時間よ。用意は出来てる?」
「はいはい、大丈夫です。ティティ様は?」
ユーリが話が分からずエリカとバーバラを交互に見ている。さすがに本当の事をいう訳にはいかないのでしばらく外に出る、とだけ言って部屋を後にする。布で包まれた件の剣を握る手に力を込めながら、ただただこれから行う事の成功を祈る。
「丁度今、特等席から離れてるわ。合流して、戻る時に一緒について行って」
「分かりました。相手が教養のある人だと思いたいです」
王族や貴族がいる席にこちらから入る事は出来ない。さすがに騎士と言えども許可なく入ろうとすれば止められてしまう。つまり、ティティと合流するにはティティの方からエリカが近づける場所に来てもらうしかない。バーバラは部屋に戻るとすぐに行動を開始し、ティティに何かしらの合図を送ってティティに席を外すよう促した。
城へ戻らないでその場でティティと合流、という手もあったのだが、かさばる上に動くと金属が擦れる音を立てる鎧ではあまりにも「こっそり」には出来ないため、仕方なく一度城に戻った。とはいえ、走れば数分の距離、エリカとバーバラはすぐにコロシアムまで舞い戻ってくる事が出来た。
コロシアムでは丁度前座の試合などが行われているらしく、中からもはや声援などというレベルではない熱狂的な音が聞こえてきており、コロシアムの外にいる人々も中の様子の事などで話題は持ちきりのようだ。
中に入り、バーバラに先導されて走り続けると、コロシアムのとある一室にたどり着いた。扉を開けて中に入ると、正装のままのティティが座っていた。
「待たせてしまったわね、姫様。エリカ、私が出来るのはここまでよ。後はあなたと姫様で行きなさい」
「では参りましょうか。随分と席を外してしまいましたので、そろそろ戻らないと誰かが探しに来てしまうかもしれません」
そう言うとティティは立ち上がる。
「でも、どうやってあたしをあそこまで連れていくんですか? 部外者はあそこまで近寄れないんじゃ……」
方法に関して、エリカは何も聞かされていなかった。言いだしっぺではあるが、どうやるかなど何も考えてなかったのが実情だ。その結果、ティティに方法を丸投げしてしまった感は否めない。
「私も、伊達に王族じゃありません。不可視の魔法ぐらい使えます」
ティティは自慢げな表情をしながら手を差し伸べてきた。
「私と触れている限り、誰からもあなたを見られなくします。ですが音や気配は消せません。そこは、エリカの方でお願いしますね?」
「姉さん」と呼ばれなかった事に安堵と少し残念な気持ちが入り混じっている。だが、そんなことを考えている場合でもないので、余計な事は頭の中から排除してエリカはティティの手を握り返した。
すると視界に映っていた自分の手が見えなくなる。
「わっ、本当に消えてる……」
「完璧なまでに透明ね。それじゃ、頼んだわよ」
扉を開き、透明になったエリカとティティを送り出すと、バーバラはその場からいそいそと立ち去っていった。人気がないだけに、あまり長居すると誰かに見られて疑われてしまうかもしれないからだ。
「透明になった気分は、姉さん?」
「2人になったらいきなりですか……」
エリカだけに聞こえる小さな声で、なおかつ顔をこちらに向けずに話しかけてくると、エリカはこのティティの入れ替わりの素早さに舌を巻きつつため息をつく事になった。
「……でも、身体が消えているって不思議な感覚ですね、五感は普通にありますし、自分の姿を見ないと身体が消えている事も実感がが湧かないですね。それよりも、姿を現した時どう言って言い訳すればいいでしょうか……」
問題はそこにもある。
当然ながら、特等席にも護衛の兵士たちがいる。王族、貴族がいる所に突然刀を持った騎士が姿を現せば混乱は免れない。それで済めばいいが、最悪暗殺者と誤解されてしまうかもしれない。その懸念は依然からあったが、事ここに至ってその可能性が脳内でじわじわと大きくなっていく。
「私が弁護します。姉さんはシャリオ王子に直談判することだけを考えていてください」
ティティが振り返り、彼女からは見えているのかエリカの目をまっすぐ見て微笑んだ。その表情は頼もしく、エリカは小さく頷き、再び歩き出した。
2人、傍から見れば1人だけだが、コロシアムの階段を上り、護衛のセラたちを見つけて特等席へと向かっていった。
どうもどうも、作者のハモニカです。
パレードなんて華々しいものを想像しづらかった私ですので、ここら辺は結構ざっくりになってしまった感が否めません。
ただ、一言だけは言えます。
グラン王が言った「大会開始を宣言する」辺り、「オールハイルブリターニア!!」になってます。脳内でそう勝手に変換されてしまいました。
大丈夫です、脳内でのCVが「ぶるあ」なわけではありません。ただ映像化したらそうなっちゃっただけです。
ではでは、また次回。
ご感想などお待ちしております。