第4話 アクイラ騎士団
ガタンという振動と共に、馬車が止まるのを感じてエリカは目を覚ました。馬車を覆う布の隙間から眩しい光が差し込んでエリカはその眩しさに目を細める。
顔を上げると、ジーンが馬車の荷物を外に下ろそうとしている最中だった。ジャックがジーンから受け取った荷物を馬車の下に置き、フィアはその様子を馬車の中からぼんやりと眺めていた。
「あら、起きた?」
起き上がるとフィアが笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます。あの、フィアさんは手伝わないんですか?」
男2人が汗だくになりながら重い荷物を運んでいる姿を見て、エリカは気の毒になって聞いた。だが、フィアは「男は力仕事をするのが役目。私たちはそれを監視するのが役目」と笑顔で言われてしまう。
「……お手伝いしてきます」
「良いのよ? むしろあなたみたいな子を働かせるのは忍びないのだけど?」
フィアの怠惰な誘惑に打ち勝ってエリカは馬車から降りるとジーンに近づいた。仕事に集中していたのか、エリカが目の前に来るまでジーンもジャックもエリカの存在に全く気付かなかった。
「ジーンさん」
「うわ!?」
「きゃあ!?」
話しかけた途端、ジーンが大声を上げて飛び上がらんばかりに驚いたので、エリカもつられて驚いてしまう。
ジーンは腕に抱えていた木箱を落としそうになって慌てて木箱を地面に下ろした。そしてジト目でエリカに振り返る。
「いきなりは止めてくれ……」
「す、すみません……」
どうやら、よっぽど大事な物が入っていたらしく、木箱の周りをグルグル回りながら損傷がないかを調べるジーンは、それを一通り済ませると箱をジャックに渡してエリカに向き直った。
エリカが寝ている間に相当動いていたらしく、その額から首筋にかけて大粒の汗が滴っている。顔もいつになく赤くなっており、息も少し荒い。
「で、何か用か?」
「あ、あの、あたしにも手伝えることはないかと思って……。何もかもされっ放しは嫌なので、少しでも役に立とうと思ったんですが」
エリカがそう言うと、ジーンは嬉しそうに笑顔を見せると、巨大な荷物を指差して言った。
「あの荷物は俺1人じゃ運べないんだ。手伝ってくれるか?」
「お安い御用です」
腕まくりをしてフィアに貸してもらった服が汚れないように注意しながら木箱の横に立ち、下の方にある取っ手を両手で握る。反対側にはジーンが回り、ジーンが「123で上げるぞ」と言って姿勢を低くする。
しかし、エリカはそこであることに気が付いた。
「あれ……、ジーンさん、ちょっと」
「ん? どうかしたか?」
顔を上げたジーンに少し下がってもらうよう頼み、ジーンがある程度木箱から離れたところでエリカは腕を木箱の下、地面と木箱の隙間に勢いよく滑り込ませると、腕の力だけでエリカの胸元まではあろう大きさの木箱を両手で持ち上げてしまった。
「案外、軽いです」
これにはジーンも絶句するしかなかった。
ジーンよりも小柄な、細さで言ったらフィアよりも細い腕のエリカが、男2人で運ぶような荷物を軽々と抱えているのだから、驚くなという方が無理である。
遠くで見ていたジャックの目が何故か光ったような気がエリカはしたが、気づかなかったことにする。何故か碌なことにならない気がしてならない。
「どこまで運べば?」
「え、あ、ああ、ジャックがいる所まで頼む」
「分かりました」
茫然としているジーンにエリカが尋ねると、我に返ったジーンはジャックを指差した。
エリカがゆっくりと木箱を落とさないようにしながらジャックのいる場所まで木箱を運ぶと、ジャックがニヤニヤしながらエリカに木箱を置く場所を指示した。
「やっぱり、嬢ちゃんは只者じゃあねえな? いったいその細っこい身体のどこにその力があるんだ?」
「え……」
エリカはそこで迂闊にも自分がやったことの重大さに気が付いた。
よく考える必要もなく、これほどの大きさの木箱を軽々と運べる少女がどこにいるだろうか? これでは自分から「私は普通じゃないよ」と言いふらしているようなものだ。
慌ててジーンの方に振り返ると、ジーンは真剣な表情でエリカを見つめていた。十中八九エリカを騎士団に入れようと考えているのだろう。馬車から顔だけ出しているフィアも口元が震えており、笑いを堪えているのは明らかだ。
「やややっ、べ、別にた、大したことじゃないですよ!? こ、これくらいは一人旅していれば当たり前です!」
無駄に大きな声、無駄に大きな身振りで慌てて言い訳を言うが、すでに彼ら3人には届かない。
「武器は何がいい? その怪力があれば大剣も振れるだろう?」
「いえ、ここは普通のサーベルの方が彼女の身軽さを生かせるわ」
「槍という手もあるぞ?」
3人が勝手に自らの人生設計のような事を行っていることに気が付いたエリカは半泣き状態で声を張り上げた。
「あたしを放って何言ってるんですかあああっ!!!!」
全ての荷物を所定の場所に移しきると、ジーンとジャックはようやく仕事から解放されたにも関わらず、休む間もなく歩き出した。
馬車を止めたのは都市の一番端にある駅と呼ばれる場所だ。遠出に使用される馬車は全てここで管理されており、ここからは歩いて都市の中心を目指すことになる。
男2人に前を歩かせ、フィアは挙動不審なエリカが迷子にならないようにその手をしっかりと掴んで歩いている様子は、家族で歩いているようにも見える。だが、男2人の担ぐ大剣と、身に付ける赤い装飾を施された鎧が、彼らを彼らたらしめている。
「エリカちゃん、さすがに怪しく見えるからあまりキョロキョロしないでね」
「すごい、これが町ですか……」
フィアの忠告は、完全にエリカの耳には届いていなかった。1度入って反対から出ていくのではなく、辺りの喧騒に聞こえなかったのでもなく、純粋にエリカの注意が余所に100パーセント向かっていたがために、フィアの声は一切エリカの耳に入らなかった。
「はあ、よっぽど珍しいのね……」
ため息をつきつつも、目を輝かせて町の様子を観察するエリカに、ついフィアも笑みが零れてしまう。ここまで純粋な子供も珍しい、と思っているのだろう。
「フィアさん、あれなんですか!?」
不意に、エリカが遠くを指差して声を張り上げる。指差す先にあるのは、巨大な城。城壁で周囲を囲まれ、城下町よりもやや高い場所にあるため、エリカたちがいる場所からはその威容を存分に味わうことが出来る。
「ふふ、あれが私たちの家がある場所よ。あそこに住んでいる訳じゃないけど、あそこの中に私たちの宿舎があるの」
「あ、あれが家なんですか……、あれ?」
巨大な城を見て呆けていると、ふとあることに気が付いた。
前を行くジーンとジャック、そしてエリカの隣のフィアに、町の人々の視線が集まっている。もちろん、誰一人あからさまに見ようとはしていないが、視界に入れば1度は視線を向けている。
昨日の兵士といい、この町の様子といい、ジーンたち、さらに言えば彼らの所属するアクイラ騎士団の知名度が改めて窺える。
「なんか、あたし邪魔な気がするのですが……」
「気にしない気にしない。皆良い人たちだから」
町の中はとても活気に溢れていた。ここはまだ外縁だと言うのだから、エリカの驚きもうなぎ上りだ。中心に近づくほどその活気はさらに熱気を帯びていき、通りの人通りもかなりのものになっていく。
エリカはあまりのヒトの数に恐怖した。
エリカはヒトではなかった時、幾度となくヒトと戦ってきた。決して憎んでいたわけでもない。ただ、彼らがエリカを殺そうとしてきたから、戦った。3桁もの年月を生きていれば、その数もかなりのものになる。
だから、エリカは今の自らの身体と周りのヒトを比較して恐怖したのだ。
彼らは、エリカたちをこのように見ていたのだろうか? 今のエリカは傍から見ればか弱い少女だ。いくら彼女の鱗、黒鱗は地上のほぼ全ての武器、魔法に対して無類の防御力を持っていたとしても、数で圧倒されればいつかは押し負けるものである。
巨大な肉体だった頃は考えもしなかった、恐怖というものを感じてエリカは身震いした。そしてついフィアを握る手にも力が入ってしまう。
それをフィアがどう理解したかは定かではない。
だが、フィアも無言でその手を握ってくれた。握り返された手は優しく、温かくエリカの手を包み込んだ。それはエリカには何とも心地よく、安心できるものであった。
「さて、着いたぞ」
前を歩いていたジーンが立ち止まると、エリカはようやく自分が先ほど眺めていた巨大な城の城壁の目の前にいることに気が付いた。
巨大な木製の門が相応の大きさの金具で縁取られ、森の終わりで見た兵士と同じ格好をした兵士がその前に立っていた。ジーンたちを視認した兵士は短く敬礼し、両開きの門の片方を丁度大人一人入れる程度に開いてジーンたちを中に招き入れる。
「お疲れ様です、ジーン殿、ジャック殿、フィア殿」
一礼すると兵士は門から外に出ていった。
城壁の中は、美しい庭園だった。門からひたすら石が敷かれた道がまっすぐ伸びていき、城の中へと消えていっている。庭園には噴水や花園があり、見える範囲だけでもかなりの広さだ。
ジーンはその庭園の中を通らず、城壁沿いに作られた道を移動していく。
先ほどまで耳に響いていた町の喧騒も、城壁1枚で完全に防音されているようで、まったくと言うほど聞こえてこない。
「城の中にあるわけではないのですか」
「ええ、城の裏側辺りにあるのよ。こっちから行く方が近いのよ」
城は円状に城を囲む城壁の真ん中に位置している。
道なりに進んでいくと、城の方から掛け声のようなものが聞こえてくるようになった。
「やってるな」
ジャックが笑顔で顔を向けた方向にエリカも視線を向けると、庭園のような芝生ではない、土が露出した場所で数十人の男女が剣を片手に動き回っていた。
「お~い! 皆元気だったか~!」
ジーンが大声を上げると、動き回っていた男女、見ればジーンたちと同じ紋章の鎧を着ている騎士たちが一斉にジーンの方に視線を向けた。
そして、突然エリカはフィアとジャックに両側を押さえつけられてジーンから距離を取り始めた。その顔はまるで猛禽類から必死に逃げる獲物のようであった。
「あ、あの、いったい何が……」
動揺しつつも、振り払うことが出来ず後ろを向いたまま引きずられるように連れ去られるエリカはそこでジーンに目を戻した。
声をかけられた騎士たちは、ジーンに視線を向けたまま固まっていた。
その様子にジーン自身も気が付いたようで、キョトンとしたまま辺りをキョロキョロと見回している。
「あれ、ど、どうしたんだ、皆。俺だ、ジーンだ。1か月ほど空けたけど、俺は帰って来たぞ!!」
「こ………」
誰かが何かを言おうとしている。
それに気が付いたフィアとジャックは自らの耳を塞ぎ、エリカにも耳を塞ぐよう合図してくる。しかし、あいにくエリカは2人に両脇を固められて腕が動かせない。到底耳を守ることはできなかった。
「「「こんの卑怯者がああああああああああああああああああ!!!!!」」」
そのため、数十人の騎士の怒号を離れていたにも関わらずエリカの耳は数十分物音を感知できなくなってしまった。
「なっはっはっはっはっ、いや~、何も言わずに旅に出て悪かったな!」
ジーンは包帯でグルグル巻きになった顔で反省した様子もなく笑っていた。
理由は簡単だ。
ジーンはエオリアブルグ王国への旅を騎士団の仲間に黙っていたのだ。
「なぜ貴様だけ良い思いをしたんだ! なぜ我々には声すらかからなかったんだ!?」
「旅団長に聞いてくれな」
逃走を試みたジャックとフィア、それになぜかそこにいたという事になっているエリカも騎士団の騎士たちに宿舎の食堂に連れ込まれて尋問を受けていた。
正直、エリカは話題にすらついていけないので、ただ大人しく座っているだけで、先ほどから調子のおかしい耳を時々気にしている。
「我々が汗水流している間に、涼しいエオリアブルグ王国で査察だと……? おまけに隠し子までこさえやがって、どういう事だ! 返答次第じゃ、斬る!」
一番前でジーンを尋問していた騎士は突如エリカを指差してジーンに詰め寄った。
「んな!? エリカはそんなんじゃねえ! ていうか歳を考えろ! 俺は18だぞ、どう考えても生後1か月には見えないだろうが!」
「分からんぞ? 貴様が子持ちに手を出して子供を託されたとも考えられる」
「そこまで飢えてない!!」
ジーンの必死の抵抗も効果はいまいちだ。
相当騎士団の騎士たちは今回の事に対して怒り浸透らしい。男性騎士はジーンとジャックを厳しく責め立て、女性陣はフィアとエリカの周りに集まって談笑している。
最初こそはフィアの子供疑惑、その他諸々のある事ない事言いたい放題されたが、波が落ち着くと話題はエリカの事になり、いつしか普通の会話に変わってしまっていた。
「エリカっていうんだ~。可愛い名前ね」
「あ、ありがとうございます……」
若い女性騎士がフィア越しに笑顔を見せる。
現在のエリカの状況を説明しなくてはならない。
右にフィア、左に別の女性、背後に3人ほどの女性と、前を除いて囲まれている。後ろの3人はエリカの黒い髪を撫でまわしている。
「ちょ、エリカちゃんの髪、ツヤツヤしすぎじゃない? 綺麗だし、羨ましいわ~」
「ど、どうも……」
エリカはどう対応して良いものか迷いに迷っている。褒められること自体に慣れていないこともあるが、それ以前に、女性という生き物の勢いに恐怖させられていた。
幼い頃に、巨大な猛獣相手に戦った時とははるかに違うが、それ以上の恐怖を味合わされているのだ。
(こ、これが、女性というものなのですか……)
よっぽど、怒鳴り散らされた方がましだと思ったエリカであった。
アクイラとは、鷲ですね。星座から取った、と思われた方、それは間違いであります。(星座って知らない人が大多数だと思いますが)
私がリスペクトしているゲームに出てくる、とある黄色な飛行機が編隊作って飛ぶあの人たちの正式名称です。
か、カッコいい!
やっぱり、組織の名前はカッコいいものに限ります。アクイラがカッコ良くないという方は別ですが……。
それはそうと、
ここでちょこっと補足をば……
作中では
竜
龍
ドラゴンを、
また
ヒト=人と言う種族
人=人間
と言う風に地味な、そしてややこしい分別が行われています。
気にしなくても全然、全っ然問題ないんですが、一応誤字脱字ではないので……、
ご報告させていただきました。
感想など、お待ちしておりまする!