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第46話 自分の信じるモノ



重い。


いろいろと、重い。


では、本編どうぞ。





ヒナは自分が見ている光景が信じられなかった。


自分の父親が、仲間であるはずのエリカやジーンに向かって襲いかかっていたからだ。てっきり、共闘して黒装束の男たちを撃退しているものと思っていただけに、ヒナの脳は理解に苦しんでいる。


「こいつぁ、どういう状況だ?」


後から駆け付けたジャックもまた、信じられないという表情で辺りを見渡している。隣のフィアは心配そうにエリカたちを見ている。


「ムラミツさんが、自我を失い暴走している……?」


「ヒナさん! ムラミツさんに呼びかけてください! まだ自我が残ってるはずです、ムラミツさんを止められるのはヒナさんしかいないんです!!」


茫然としているヒナにエリカが呼びかける。


「父様、だと……? ではあの娘は……」


黒装束の隊長がムラミツとヒナを見比べている。ジャックはその男に走り寄ると、その胸倉を掴んで自分の目の高さまで持ち上げる。隊長格の男も決して小柄ではないのだが、ジャックと比べるとかなりの差がある。結果男は地面を離れて息苦しそうにもがく羽目になる。


「てめぇが下手人か。この代償、高くつくから覚悟しておけよ?」


ジャックの目は怒りで満ち溢れていた。


1週間しか共にしていないが、共に酒を飲み交わし、ジャックとムラミツは硬い友情を作り出していた。


ジャックの本能でもある、強い存在と戦いたいという思いも確かにムラミツに対してあった。


獣人がどれほど強いのか、この目で確かめたいと思っていたのも事実だ。


だが、これは違う。


「覚悟しておけよ……」


怒りを言葉に滲ませながら、ジャックはこれ以上にないほどの憎しみを込めて男に言い放つ。そして男を手放すと男は尻から地面に落ちて横たわった。


「ヒナさん、お願いします!」


「っ……、目を、目を覚ましてください、父様!!」


ヒナは走って走って喉を枯らしていたが、そんなこともお構いなしに叫んだ。ヒナの到着以来、ヒナに視線を合わせて全く動いていなかったムラミツが不意に肩の力を抜いていく。


もがき苦しむわけでもない。人の姿に戻ったわけでもなかった。


だが、ムラミツという「個」があの人狼の中に今いる事だけは分かった。エリカたちに向けられていた明確な殺意が薄れ、ムラミツの目が正気を取り戻したように見える。


「一言で覚醒、家族の力ね」


フィアが安堵のため息をつく。


「グルゥ……」


どこか、申し訳なさそうな呻き声を漏らすムラミツ。どうも、人に戻れないのかそのままの状態で辺りを見渡している。


「なんだ、俺の出番なかったじゃねえか」


黒装束の男の1人をわざと踏みながら少し残念そうな表情のジャックが歩み寄ってくる。踏まれた男が爬虫類みたいな呻き声を上げるが全く意に介していないようだ。


「すまんな。だがお前が本気になればこの屋敷が消し飛んでしまうのも事実だろう?」


「そう、俺は超絶神兵、俺が通った後には何も残らっでえっ!?」


フィアの強烈な一撃がジャックの脳天を襲ってジャックが見てるこっちが痛くなりそうなほど思い切り舌を噛んだ。口元を抑えてジャックはその場をグルグルと走り回りだす。


「父様、無事ですか?」


ヒナが、おずおずとムラミツに歩み寄る。この姿のムラミツと会うのはあまり多くないのか、ヒナも少し不安そうな顔をしている。ムラミツはそんなヒナに気が付いてその大きな足でヒナに近寄るとガッシリとヒナを抱きしめた。


言葉はない。


今のムラミツは人の声帯を持ち合わせていないため、荒い息が牙の隙間から漏れるだけだ。それでもヒナは自分の父親の温もりを確かに感じていた。


ヒナは顔を上げるとムラミツの今は獣のそれになっている目をまっすぐに見据えると、目頭にたまった涙を擦ってようやく笑みを浮かべた。












(あの娘が人狼ムラミツの娘?)


遠巻きにその様子を見ていた黒装束の男は、どうにかこの場を打開できないかとない頭を絞っていた。


(くっ、仲間を殺したあの人狼を取り逃すくらいなら……!)


男は右腕をムラミツの娘に向ける。


丁度、男に対して背中を向けているその細い背中に腕を向けると、何かを絞るような動作をして袖の中から何かが飛び出した。切っ先が鋭いそれの柄を持つと、男はあらん限りの力を込めて柄にある留め金を外した。


「死ねええええええええっ!!!」












男のまるで地獄を見せるかのような叫び声に、全員がそちらを見た。


男が背中を向けるヒナに向けて腕に持つ何かを発射するのとほぼ同時だ。火薬か何かで撃ち出されたそれは一直線にヒナへと向かう。


ジャックはムラミツの後ろ、ジーンは大剣を収めている。エリカは刀を抜いたままだが発射されたのを見ているという時点でこれから起こるであろう悲劇を止めるだけの余裕を持ち合わせていない。


誰も間に合わない。


ヒナが後ろを振り返って自分へむけて飛ぶ30センチはあろうかという剣を視認して、それを避けようとするが、とても間に合わない。ヒナは走り続けた事でかなり体力を消耗しており、とてもじゃないがこの距離で剣を避けるだけの体力は残されていなかった。


「ヒナさん!!」


エリカが間に合わないと脳が理解しつつも、身体を動かしてヒナの前に入ろうとする。刀は抜いている。何とかして飛来する剣を叩き落とそうとする。いざとなればエリカ自身が盾になってでも守るつもりだが、それも間に合えばの話。必死に黒羽を持つ右手を伸ばすが、あと一歩が届かない。


そしてヒナの背中に剣が吸い込まれて――――――








ゾブッ







肉を裂く音が響く。


剣が背中に突き刺さり、長い剣は肉体を貫通して胸元からその切っ先を覗かせている。その切っ先からは大量の血が滴っている。


「……え」


毛むくじゃらの腕がヒナの頭の後ろに伸ばされている。そしてヒナの顔にその滴る血が落ちてくる。


「父、様?」


ヒナを貫くはずだった剣はそっくりそのままムラミツを貫いていた。最後の瞬間、ヒナと身体の位置を反転させたムラミツは身を挺してヒナに向けられた凶刃を阻止したのだ。


「ムラミツさん!」


一番最初に我に返ったのはエリカだった。膝をついて倒れ込もうとするムラミツを受け止めると、ゆっくりと自分の膝に寝かせる。地面に寝かせようものならムラミツの身体を貫いている剣がさらに食い込んでしまう。地面と少し隙間を空けてこれ以上の事態悪化を防ぐ。


「フィアさん、回復魔法!」

「わ、分かった!」


血がどんどんムラミツの身体から抜けていく。エリカの服を血で染め、口元からは弱弱しい息が漏れる。


フィアが急いでムラミツに手をかざして回復魔法をかけ始めると、それにタイミングを合わせてエリカがムラミツの身体から剣を引き抜く。


と、その手から煙が上がってエリカはすぐに剣を地面へ投げ捨てた。


「猛毒が塗られてる……」


エリカは自分の手の平を見て舌打ちをした。表面だけの接触ではこの程度で済んでいるが、体内に入れば致死量になってしまう。


「てんめぇ! そこまでして殺しがしてえのか!?」


男に飛びかかるジャック。ジーンもジャックを取り押さえようとはしているが、その目に涙が浮かんでいる。


「何とか言えや! このっ!?」


思い切りその頬を殴り飛ばそうとしてジャックの拳が止まる。


エリカは一瞬ジャックたちの方に目を向けると、男は全く抵抗することもなく、手足をダランとさせてジャックに持ち上げられている。


それが意味するのはただ1つ、自害。生きて捕らわれるわけにはいかないと考えた彼らは皆自ら命を絶っていた。気絶していたはずの男たちも皆、口から血を吐きながら死んでいる。


「フィアさん、解毒は!?」

「毒の種類が分からないとどうにもならないわよ! 血をそっくり入れ替えれば話は別でしょうけど輸血用の血液なんて持ってきてないし……」


傷は塞ぐことは出来ても、身体に回った毒までは抜けない。


「父様、しっかりしてよ、父様!」


ムラミツの身体にしがみ付き、泣きわめくヒナだが、それを止める者はいなかった。誰しもが同じ思いだった。


ふと、ムラミツの身体に異変が起きた。


狼の毛で覆われていた身体が少しずつ縮んでいき、人の頃と同じくらいの大きさまで小さくなると、獣のそれと全く同じだった顔も徐々に人間らしさを取り戻していく。そしてすぐにエリカたちも見慣れたムラミツの姿に戻った。だが、その胸には痛々しい傷痕が残っている。塞がってはいるものの、毒が回っている証拠なのか、傷口の周囲に紫色の痣のようなものが広がっている。それを見るだけでヒナの涙腺は再び決壊した。


「ヒ、ナ……」

「父様!?」


弱弱しい、ムラミツの声にヒナが顔を上げるとムラミツの顔に近寄る。ムラミツは目を開けているが、その目はヒナを捉えていない。


「すまん……、約束は、守れそうに、ない」


途切れ途切れに言いながら、震える手をヒナの声へと伸ばす。ヒナがすぐにその手を掴んで祈る様にその手を自分の顔の前に持っていく。


「嫌っ! 一緒にいて! 1人にしないで!!」


「お前は、もう1人じゃ、ない。こんなにも、仲間が、いる」


もはやムラミツには何も見えていないのだろう。何を見つめるでもなくムラミツは虚空を見上げる。


「エリカ様、そこにいらっしゃいますか……?」


「いますよ、ここに」


エリカは自分が呼ばれてすぐにムラミツに返事をした。それを聞いて安心したのか、小さくため息をつくとムラミツは血を流す口を必死に動かす。


「こんな状態でお願いするのもなんですが、娘を、ヒナを頼み、ます。騎士団の皆さんと共に、ヒナを、守ってください……」


懇願、最後はもはや血によって聞き取れなかったが、それだけは聞こえた。エリカは何度も頷いてヒナも握るムラミツの手を握る。


「約束します。ヒナさんは、あたしたちが守ります」


顔を上げ、ジーンたちを見る。


「当然だ。約束する、ムラミツさん」

「おめぇさんの意志、必ず……」

「私も約束するわ」


そう言うと、ムラミツは安心した表情になり、そしてゆっくりと息を吐く。


「そう、ですか。……これで、安心して、逝けると、いうも、の……」


握っていた手から力が抜けていく。それと同時にムラミツの身体から生気が抜けていくのが分かる。


「父様……? 父様? 父様ああああああああああああああああっ!!!!!!!」


ヒナの悲鳴が、透き通る空に響き渡った。












ムラミツの遺体は、その日の夜、全員の立会いの下で火葬された。墓はヒナの母親の墓の隣、大きな木の根元に作られ、全員でムラミツの冥福を祈った。


遺体を掘り返されてその一族が獣人である事が露見するのを防ぐための慣例らしいが、そんなことをしないで済む世の中になって欲しいものだと、思わずにはいられない。


ムラミツを殺した黒装束の男たちの遺体はこことはかなり離れた場所に土葬された。昼間の間にジャックとジーンが遺体を大八車に乗せて運んでいったのだ。黒い覆面を取って見れば、まだ若い青年のような男もいた。直接手を下したわけではないが、死に追いやった事には違いはない。


罪を憎んで人を憎まず、なんて偉そうな事は言えないが、それでも死ねば仏、死んだ者を蔑にする行為はすべきではない。しっかりと7つ分の簡素な墓を作って埋葬した。


「ヒナさん……」


「……エリカ、ですか」


夜、母屋にいつまで経っても戻ってこないヒナを心配して工房へ来てみると、いつもムラミツが座っていた椅子にヒナがボンヤリとした表情で座っていた。


その手には刀を叩いて鍛えるための金属製の槌が握られている。窯には火が入っておらず、夜の虫が鳴く静かな音しか聞こえないほど静寂に支配されている。


「不思議です。今も父様が私を呼びに来たのかと思ってしまいました。今日は父様が食事の当番、母屋に戻れば料理を作って待っていてくれるような気すらします……」


明かりも点けていない暗い工房では、ヒナの表情を窺い知ることは出来ない。エリカは工房の壊れた扉の縁に身体を預け、黙ってヒナの話を聞くことにする。


「ここは、父様との思い出に溢れています。鍛冶だけは厳しかった父様でしたけど、だからこそ心にも強く残っています……。でも、もう、会えないんですよね」


押し殺したような鳴き声が聞こえてくる。


いつも冷静沈着、穏やかな性格のヒナが、今はただの少女と同じように泣いている。エリカが以前、バーバラに身体を預けて泣いた時のように。


「二度と、父様の料理も食べられない。二度と、鍛冶を教えてもらえない。二度と、一緒に笑い合う事も出来ない……」


独白にも思える。


「いつも私の進むべき道を示してくれた。私は、道標みちしるべを失った……」


頭を抱え込んでいるのが扉から入ってくる月明かりだけでも分かる。


エリカはそこでようやく工房の中へと歩を進め、ヒナの隣に椅子を持ってきて座った。だが、慰めはしない。これはヒナが乗り越えるべき壁、たとえ何人であろうとその苦しみを分かち合う事も助ける事もできない。


唯一出来るのは、ただ傍で見守ってやることだけ。


上っ面だけの同情など、本人にそれ以上の負荷をかけるものでしかない。


だが、助ける事は出来る。苦しみは分かち合えなくとも、隣を歩くことは出来る。


「私は、これからどうすればいいのですか……」


「……道がなくなったのなら、新しく道を作ればいいんですよ」


「新しく……?」


そこでようやくヒナはエリカの方を見た。相当泣いたのだろう、昨日と比較してもかなり目が赤い。憔悴しきったとはまさにこの事を言うのだろう。


エリカは赤く腫らした目を月明かりの中でも真っ直ぐと見つめると、小さく頷く。


「道は常に1本とは限らない。むしろ1つに限られる方が珍しいんじゃないですか? ヒナさんはムラミツさんという確たる道があった、けど今はない。でもそれで道が閉ざされたわけじゃないと思いますよ。今度はヒナさんがムラミツさんの道を受け継ぐ番です。自分で考え、自分が信じる道を往って下さい」


「自分の信じる、道を……」


それだけ言うとエリカは立ち上がって工房から出ていこうとする。工房の扉の所で一度足を止めると、振り返らずにエリカは一言言い放った。


「昨日はああ言いましたが、ここに残ってもらっても結構です。ヒナさんが決めてください。明日出発前にムラミツさんのお墓の前で、答えを教えてください」


エリカはそう言うと、ヒナを残して工房を後にした。















「様子はどうだった?」


母屋に戻ると、全員が心配そうな顔でエリカを迎えた。あんなことがあったその夜だ、簡単に眠れるものでもなかった。ジャックに関して言えばヤケ酒に近い勢いで残されていた酒を飲み漁っていたようで顔が少し赤い。


「潰れてなければ良いんですけど……。明日、ムラミツさんのお墓の前で答えを聞くと言っておきました。あたしに出来るのはそれくらいですし……」


(偉そうなことを言うのは気が引けましたが……)


アレックスもエリカの顔を窺うように見上げてきている。アレックスはあの時現場にはいなかったが、そのことを悔やんでいるのだろう。彼は狼、もしかしたらムラミツと何らかの交渉が出来たかもしれないと考えているのだ。


「それくらいよね、私たちに出来る事は。それはそうと、あれ、まだ持ってる?」

「ええ……」


エリカは胸元から30センチほどの剣を取り出した。黒装束の男が放ち、ムラミツの胸を抉った剣だ。柄はなく、飛び出し用の専用武器であることが窺える。あの後エリカは剣を拾い上げ、血を拭い去って黒装束の男たちの墓前にでも突き立てようかと思っていたのだが、血を流してみてある事に気が付いたのだ。


「やっぱり、ブラゴシュワイク王家の家紋、よねぇ」


ナイフを机に置くと、フィアがそれをしげしげと見つめながらそう言った。


「彼らは王家直属の機関という事か。戻ったら公式に抗議できるか?」

「団長に頼んでみる。あの人なら陛下に掛け合ってくれると思う」


2本の水平な逆十字の間に鏃のような物が描かれた紋章、エリカはフィアに言われて初めて知ったのだが、この紋章はブラゴシュワイク王家のものなのだそうだ。それを知ってエリカはすぐにでもブラゴシュワイクに乗り込みたい衝動に駆られたのは言うまでもない。


だが、もちろんだがジーンたちに止められた。


ジャックが「そんなことしなくとも大会で貴族とか王族とか来るぜ?」とエリカの耳に囁いたので、慌ててフィアとジーンがジャックをつまみ出したが、エリカも黒い笑みを浮かべていたので一緒に放り出された。


(さすがにそれをやると他の人たちに迷惑がかかりますからね)


さすがに恩をあだで返すような事は出来ない。だが、何かしら物申したいのは事実だ。


「ともかく、帰りは急ぐわよ。ヒナの答えがどっちであろうと、説得している時間はないわ」


エリカも覚悟を決め、フィアの言葉に小さく頷いた。





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