第45話 人狼ムラミツ
ジーンが主体となる文章を書くのは、滅茶苦茶久しぶりな気がします。
でもすぐにエリカにバトンタッチするんですけどね。
では、どうぞ。
(敵は5人、1人は手負い、だが油断は出来んな)
駆け出したジーンは素早く敵の情報を集める。ムラミツがやったのであろう血まみれの死体を見て、何が起こっていたかは大体想像がついた。ムラミツはエリカが止める。その間、ジーンはこの厄介な黒装束5人を足止め、もしくは戦闘不能にしなければならない。
殺すつもりではない。気絶させれば十分だと思っている。
だが、相手はきっとこちらを殺すつもりでかかってくるだろう。そうなれば、こちらとしても手加減している余裕はなくなる。それでもジーンは殺さないで済むならそれに越したことはないと考え、何とかこれ以上犠牲が出ないような方法を模索する。
とりあえず、敵がバラバラになってしまうとさすがに一対五は不味い。幸いと言おうか、ムラミツによって地面に叩き付けられた隊長格の男を肩で支えているため1人はそこまで動けないだろう。そして残りの3人がそれを守る様に立っていることから、彼らが隊長を何が何でも守ろうとしていることが窺えた。
つまり、隊長を狙えば彼らは必死になってジーンを止めにかかり、ムラミツの方へ目を向ける余裕もなくなるだろう、とジーンは考えた。
(部下からの信頼が厚いのだろうな……)
誰だか知らないが、部下からはそれだけ慕われているという事なのだろう。そうでもなければ周りの男たちがそこまで必死になって守る理由が分からない。
その信頼につけ込んで戦う訳だからあまり良い気はしないが、今は少しでも時間を稼がなくてはならない。ジャックが来ればこれくらいの相手ならば無双できるのだろうし、エリカの掩護にも回れる。
今のムラミツはおそらく自分の周りにいる人物が誰なのかも認識できていないだろう。先ほどジーンが叫んだ時も、ムラミツはあからさまな警戒態勢を全く解かなかった。今のムラミツからしてみれば敵が2人増えたようにしか見えていないだろう。
(それが人狼の本能か……)
「うらあっ!!」
考え事を終わらせ、手負いの男を狙って大剣を振る。
案の定、3人の男が前に出て、手負いの男を後方へと移動させていく。素早くジーンが手負い狙いだと察知したのだろう。
だが、それで止まるジーンでもない。先頭の男の寸前で足を踏ん張ると身体を捻ってその脇をすり抜ける。一瞬背後に視線を向けると、自分とムラミツの間には背中を見せるエリカしかいないにも関わらずこちらに追いすがろうとする男の姿が映った。
(予想通り……!)
内心でニヤリとしつつ、敵の攻撃を大剣で振り払いながら牽制しつつ手負いの名も知らぬ隊長との距離を詰めていく。
「それ以上、行かせるか!」
どいつもこいつも同じ顔に見える。
顔も隠している為、見えるのは必至の思いで上司を守ろうとする部下の眼差しだけ。剣を素早く振って大剣を受け流すと小回りを利かせてジーンの首を取りに来る。
ジーンは流された剣のそれ相応に長い柄部分を使ってそれを受け止めるが、一歩間違えれば指が飛んでいた。模擬戦ではなく、これが実戦、殺し合いなのだ。
引いてくれたらそれで終わり。戦う必要などない、と言っても聞いてはくれない。その場にいる全ての敵を打ち倒すのが殺し合いなのだ。
男たちの目を見てそれを嫌と言うほどジーンは感じ取った。
(戦う相手が違うだろうが!)
人同士が戦ってどうする、と内心で悪態つきながら、男たちと決して間合いを取らずに肉薄し続ける。こちらも攻撃し続ける事になるが、相手にも他の事に目を向ける余裕をなくすことが出来る。
(俺たちの敵は、龍なんだろう!?)
それは、随分昔に聞いた言葉だ。
国のお偉い人たちが戦争を終わらせ、人同士が手を取り合うために言った事。
さっきまではそれで良いと思っていた。
だが、エリカの言葉を聞いて、本当にそれでいいのか、という考えが頭を過ぎった。確かにヒト同士の争いは少なくなった。それまで戦っていた隣国との交流も増えた。物流が増えて双方の国が豊かになったのも事実だ。
いつ来るとも知れぬ龍の襲来に備え、戦いが起こる事を前提に過ぎていく日々。
そんなものが平和と言えるのか?
ジーンは戦いながら、頭の中は全く戦いの事を考えていなかった。
「ムラミツさん、聞こえて……ませんかっ!!」
話しかけようとしたら、いきなりムラミツはエリカに飛び掛かってきた。鋭く伸びた狼の爪でエリカを引き裂こうとしてくるが、エリカは素早く姫黒と黒羽を抜いて顔の前で十字を作るとムラミツの素手を受け止める。
刀の腹とムラミツの爪が擦れて甲高い音が響き、エリカの足が地面を後ろへと滑る。
いかにエリカが常人離れした力を持っているとはいえ、体格の差はどうしようもない。本来のムラミツとは違い、人狼と化したムラミツの体格は本来の3割増し、身長も高くなり、何よりその身から発するプレッシャーが物凄い。
「なんて様ですか、ムラミツさん……」
力負けしていた足にさらに力を込めてその場で踏みとどまる。だがムラミツは力任せに腕を振るおうとしている。彼が今、エリカをただの敵、もっと悪くすれば餌としか見ていないのは確かだ。その眼光には殺気以外感じられなかった。
エリカは腕の関節部分に黒鱗を発現させて腕が一定以上内側に曲がらないように補強する。それでもムラミツの力は壮絶で黒鱗の端が腕にめり込んで鋭い痛みがエリカの表情を歪ませる。
「生きるのを諦めるなんて、あたしが許さないと言いましたよね?」
身体を引いてムラミツの攻撃を自らの右に受け流す。刀を逆に持ち、峰打ちでムラミツの首筋にある程度加減をして刀を振るい、寸分の狂いなく首筋に命中させる。
通常の人間なら、気絶するには十分な威力があった。
だが、今のムラミツは通常の人間ではなかった。
「グルアアアアッ!!」
痛みに怒りが倍増したのだろう。
首筋を打った刀を振り払うと反対の腕で至近にいたエリカの胴をその鋭い爪で切り裂こうとする。エリカはそれを飛び退いて避けようとするが、ムラミツの異様に伸びた腕の攻撃範囲から逃れる事は叶わず、胴を引き裂かれる。黒鱗と爪が擦れる音がして一瞬だが火花も散らせ、切られた場所から肌が露出する。コンマ2秒判断が遅れていたら腹を深々と抉られてしまっていたかもしれない。
常時黒鱗を発現させるのは体力的に非常に疲れる。だからエリカが必要と認識した時に発現させるよう心がけていたのだが、今のは前もって発現させていなかったら危なかったかもしれない。無意識のうちに切られた腹の部分を撫でながら自分の黒鱗に感謝した。
「本当に自我がないのか疑うほどの冷静さですね、ムラミツさん」
こうやって話しているのがムラミツという「個」に届いているかは分からない。だが、何かのきっかけになればと思って話し続ける。
「できれば、あなたに鍛えてもらったこの刀で、あなたを傷つけたくない」
ムラミツが飛び掛かってくる。頭を下げて横に薙いできた太い腕を回避すると、その鳩尾を柄頭で突く。威力はそれほどないが、肉にめり込む嫌な音がしてムラミツの動きが鈍る。素早くもう片方の刀の背でムラミツを空中から地面に叩き付けると、その上に圧し掛かって首筋に刀を突きつけようとする。
だが、ムラミツは足でエリカを吹き飛ばすと跳ね上がる様に立ち上がってエリカが地面に着地、いや落着する前にエリカ目掛けて走り出した。それを視界の端に捉えて刀を地面に突き刺すとエリカは強引に自らの身体を地上へと引き戻し、着地の隙を作るという隙すらも許さず身体を横に滑るように移動させてムラミツの強烈な蹴りを回避する。
そして間髪入れずに蹴りだした足を回してエリカに回し蹴りをお見舞いしてくる。ほぼ溜めもなく出された追撃についエリカは刀の刃の方で攻撃を受け止めてしまうが、ムラミツはお構いなしに足に力を込めてエリカを蹴り飛ばす。
今度はバランスを立て直す間もなく地面を転がる羽目になり、数回空と地面を視界が往復した後ようやく自分の身体が止まった。
土のついた顔を上げてエリカがムラミツに目を向けると、若干足を気にしている様子のムラミツが視界に映った。
だが、エリカが視線を足に動かしていくと、わずかばかりに血が滲んでいる程度であった。毛むくじゃらで傷の全容は分からないが、それほど深いものではないのは確かだ。それどころか、遠見ではあるがすでに傷が塞がっているようにも見える。
信じられない治癒速度だ。打撲程度一瞬で直ってしまうだろう。
強烈な一撃が必要だ。腕を斬り飛ばすくらいの、致命傷になりかねないほどの一撃が。
(そんなもの、出来るはずがない……!)
わずかな間ではあるが、ムラミツの人柄はよく理解できているつもりだ。殺さないよう細心の注意を払うとしても、エリカには「仲間」を斬る事は出来ない。
蹴られた衝撃で視界がぼやける。転がった際に頭を打ったのかもしれない。立ち上がろうにも上手く頭から命令が回ってくれない。物理的な損傷は防げても、黒鱗すら貫通する衝撃は逃しきれない。固い外側と違って内部はヒトのそれと大差ない。
エリカの様子が変だという事に気が付いたムラミツはこの機を逃すまいとエリカに向かって襲い掛かってくる。
が、エリカの寸前で白い横やりが入ってムラミツの身体がエリカの正面から真横に吹き飛ばされる。
「すまん、捕縛に時間がかかった」
「グッドタイミングです、ジーンさん」
白い横やりの正体はエリカ自身をも切り裂いた白い大剣だった。そしてそれを持つジーンが肩で息をしながらも笑みを見せてエリカに手を差し出した。エリカはジーンの手を掴んで立ち上がると、一瞬黒装束の男たちの方へと視線を向ける。全員が地面に伸びている中、負傷していたと思われる隊長格の男だけがその様子にうめき声を上げている。武器は全て破壊されているらしく、抵抗らしい抵抗も出来ず、ただその場にへたり込んでいる、といった様子だ。
「最近出番がなかったのでな。存分に暴れさせてもらった」
「あれ、死んでませんよね?」
どう考えても彼らは悪人なので同情はしないが、やりすぎ、と言われればその部類に入る事間違いなしだろう。何をやったか知らないが、相当その意味で「暴れた」ようだ。意識がないにも関わらず一部の男は股間を抑えて不気味に痙攣している。
「ま、まあ、大丈夫だろう。それよりも今はムラミツさんだ。あれを止めないと」
「……ですね」
心の中で黒装束の男たちのこれからの人生という意味での冥福を祈り、顔をムラミツに戻す。
相当強く吹き飛ばされたようで、呻き声を上げながらもがいている。
「く、くそっ、若造に4人が簡単にやられるとは……」
聞いてないのだから黙ってろ、と心の中で思いながらも、完全に無視してムラミツを見つめる。その目は未だに狂気を湛えている。
「これを止めるとなると、俺たちで大丈夫なの、か?」
「殺すとなれば話は別ですけど、それは当然ながらできませんし、話に応じるような意識は残ってなさそうです。後は……ヒナさんですかね」
「家族の声なら届くと?」
エリカは自身なさげに頷く。
「可能性はある、と信じたいです。それに彼女も人狼、会話出来るかもしれません」
そう言うと、ジーンはムラミツに一度視線を戻してから、意を決したように大きく息を吸い込んだ。
「なら、ジャックがさっさと叩き起こされて、フィアと共にやって来て、途中でヒナと合流して、ここに到着するまでの時間を稼げばいいんだな」
「目的も決めずに戦うのは危険です。とにかく、ヒナさんたちの到着まで何とかムラミツさんをここから動かさないようにしましょう」
なんて事をジーンと話し合っているのだが、本当に意識がないのか、と疑いたくなるほどムラミツは静かにエリカたちを見つめていた。逃げる様子も、襲い掛かってくる様子もなく、まるでこちらの話が終わるのを待っているかのようだ。
「あたしは右から。ジーンさんは」
「正面から突っ込んでムラミツさんの目を引き付ける」
エリカの言葉を先読みしてニヤリと笑うジーン。エリカは少し意外そうな顔をするが、すぐに真顔に戻って小さく頷く。
そしてほぼ同時にムラミツへと向けて駆け出す。ジーンは真っ直ぐムラミツへ、エリカは弧を描く様に緩やかなカーブをしてムラミツの横に回り込もうとする。
こちらが動き出したことでそれまで不気味な沈黙をしていたムラミツも動き出した。地面を蹴ってまずは正面から突っ込むジーンへと飛び掛かり、両手の爪による斬撃を繰り出す。ジーンは大剣を盾の代わりにして防ぐと、自分を軸に大剣を一回転させ、その勢いでムラミツを思い切り左から横殴りにする。
瞬時に腕で胴への直撃だけは防ぐがムラミツはそのままジーンの右、つまりエリカがいる方向へと飛ばされる。飛ばされると言っても何メートルも宙にあるわけではなく、すぐに地面に鋭い爪を喰い込ませて停止しようとする。
それでもエリカが攻撃するには十分すぎる隙が生まれた。
背後から思い切りその背中に斬りかかると、ムラミツは背中に目が付いているかのような動きでそれを回避するとエリカの足を掴んで放り投げる。
「うそぉっ!?」
「遊んでんのか、戦ってんのか分からなくなるな……ッ!!」
宙を舞うエリカに一瞬視線を持っていかれたジーンをムラミツが強襲する。強烈な掌底をジーンの腹に打ちこむと巨大な鉄槌に直撃されたかのような衝撃をジーンに与えてジーンを吹き飛ばす。
太い木に直撃する寸前で地面に落ち、転がって木に当たったジーンは苦悶の表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。起き上がった時にようやく宙を舞っていたエリカが地面に戻ってきて、ジーンの傍に着地した。
「時間稼ぎなんて出来そうにないんだが……」
苦笑いしながらジーンが大剣を構えなおす。
「いえ、ムラミツさん自身が時間を稼いでいます」
ジーンの言葉にそう返したエリカに、ジーンは首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「先ほどの技、本来であれば刀で刺突してくる技、つまり刀姫一刀流の技なんです。完全に自我を喪失しているのなら、人であった頃の技術など使えるはずはないと思うんです。ならば、ムラミツさんの自我はまだ完全には喪失していないと考えるのが妥当です」
超人的な人狼の身体能力、というだけでは説明がつかない動きをかなりしている。それも、ここ1週間で随分と見慣れた動き方を今のムラミツはしている。
「やろうと思えば、すぐにでもムラミツさんはここを離脱することも出来るはずです。それをしないのは、あたしたち同様に時間を稼いでいるということです。あえて肉体に対してあたしたちを敵と判断させ、この場から離脱しないように仕向けているんです」
「そんな器用な真似が出来るものなのか?」
「実際は違うかもしれません。ですが、ムラミツさんの意志があるという事は確かです。あたしたちがやるべきことは、敵がいなくなってしまうのを防ぐこと、つまりあたしとジーンさんがやられることがなければいいんです。そうすれば、ヒナさんたちが来るまで時間を稼げま……来ますよ!」
今度は話が終わるのを待ってはくれなかった。地面すれすれを、顎が擦れるような位置まで身体を傾け、エリカたちの足元へ滑り込んでくる。飛び上がってそれを回避すると、背後にあった木にムラミツの腕がぶつかり根元から木を真っ二つにした。
(威力ヤバすぎるだろう!?)
倒れてくる木を避けながらジーンはムラミツの一発の重さに冷や汗を流した。
当のムラミツはと言うと、なぎ倒した木を幹に手をかけ、指がめり込むほど力を入れると10メートルはくだらない倒木を片手で持ち上げるとジーンに向かって投げつけた。距離はそれほど離れていない。縦に回避しても、横に回避しても当たってしまう位置だ。
「ちぃっ」
大きく大剣を振りかぶり、全力で飛んでくる倒木目掛けて振り下ろす。
「せいっ!!」
ど真ん中から倒木がバターのように斬られると、直撃コースを逸れて2つに分かれた倒木がジーンの左右へと落ちていく。そうしてできた真正面の空間に、ムラミツが飛び出してきた。ジーンは大剣を振り下ろした直後でまだ反撃、防御がすぐに行える状態にない。それをムラミツは読んでいたのだ。
(だが……)
「脇がお留守ですよ、ムラミツさん!」
先ほどとは役割が逆になった。
横合いからエリカが飛び出すと今まさにジーンにその爪を突き立てようとしていたムラミツに飛ぶ斬撃をお見舞いする。済んでの所で身体を逸らしてそれを回避するとムラミツは素早くエリカとジーン双方から距離を取る。
「飛ばせるようになったのか」
ジーンがホッとしたような表情をすると、エリカは小さく頷いた。
「結局、何事も実践、いや実戦あるのみですね。こんな形の実戦は嫌でしたが」
刀を振り抜いた状態のエリカは嬉しさ半分悲しさ半分という口調、表情でジーンにそう言った。
「ヒナさんの『屠龍』には遠く及びませんが、牽制くらいにはなります」
本来あれは居合、つまり抜くと同時に斬り、それと同時に鞘に納めるという人間離れした技だ。それにより第二撃、第三撃を連続して放つことが出来る、とヒナには教わった。だが、まだエリカは振り抜いた状態で止まってしまう。わずか1週間、正確には4日ほどでここまでやっているのだから、さすがにこれ以上を望むのは厳しい。
ジーンの横に立ってエリカは刀を右手に持つ黒羽をムラミツに向ける。
「何が何でも、止めますよ」
「父、様……?」
掠れた声が、その場に響いた。
よくある終わり方でした。
まあ、この後の展開は想像しやすいというか、なんというか……。
実は、ようやく予定していた龍旅と言う物語の半ばを過ぎました。
ええ、この辺りが丁度ターニングポイント、折り返し地点なんですよ。とはいっても、この後は超展開が予想されるので話数的にはそこまで伸ばさない予定なのですがね。
しかし、後先考えずに即興で物語を書いているのは皆さんご存知の通り……。何度か見直してから投稿するように心がけているんですが、やっぱり人間、万能じゃないですから。
そういう訳ですので、間違いがありましたら今後とも一報入れてもらえるとありがたいです。
誤字報告も好きですが、感想はもっと好きです。
ではでは、また次回。