第43話 止まらなかった狂気
ようやく、ようやく刀の銘を出すことが出来ました……。
ご協力いただいた方々には無上の感謝を。
また、今回送っていただいた案の中では、他の機会に出そうかと思った案も幾つかあるので、もしかしたら刀と限らず何かしらの場面で登場することがあるかもしれません。
いや、自分で案を考えるのが面倒とかじゃなくて、純粋にこんな作品にでも助言を下さる皆様に少しでも報いたいなぁと思った次第で、他意はない(はず)です。
ではでは、本編をどうぞ。
あっという間に3日が経った。
早朝訓練を終えて母屋に戻ると、既に朝食の用意が出来ていたのかジーンやジャックたちが席についていた。エリカはいつも彼らが寝ている時間からヒナと共に特訓をしている為、この時朝の挨拶をする。ジーンはしっかり返してくれるのだが、毎日毎日夜遅くまで起きていると思われるジャックは眠気眼でぼうっとしていることが多い。
今日もジャックはご飯の入ったお椀を手に持ったままうつらうつらしている。危うく頭から焼き魚の乗ったさらにダイブするところだったので、ジーンと2人がかりでそれを抑えた。
正確には直撃寸前だったジャックの額をジーンが抑え、零れ落ちたお茶碗をエリカがダイビングキャッチしたという寸法だ。食べ物は大切にするのがエリカの信条だ。焼き魚の救出(?)はジーンに委託してお米の救出に専念したのにはそういう理由がある。
「エリカ様、新刀の方ですが、午後には仕上がります」
食事を始める少し前に、ムラミツは箸を持ったままエリカにそう伝えた。
「ですので午前中はヒナをお借りします。最後の仕上げた2人でやると約束しておりましてな」
「全然構いませんよ。残念ながらここにいる間に刀姫一刀流はマスターできませんでしたけど」
「はっはっはっ、それも問題なくなってなってしまいました。騎士団の元にヒナが行けば、いくらでもお教えできます。この仕事を最後に鍛冶屋は引退しますので、私もお手伝いできますよ」
気さくにムラミツがそう言うと、ジャックが少し残念そうな顔をする。
「なんだ、鍛冶職人が来るなら是非とも俺の大剣を見てもらおうと思ったんだがな。造る得物は違えど鍛冶職人、使うこちらとしては何か興味深いものが見れればと思っていたんだが」
ジャックが心底残念そうな表情をしている。大方、自らの大剣をさらに強化する方法でも模索していたのだろう。
そんなジャックの心境を知ってか知らずか、ムラミツは笑みを浮かべてジャックに向かって口を開いた。
「そういう事なら、全くもって大丈夫ですよ。私は剣は門外漢ですが、強化の仕方には共通点もあると聞きます。引退はしても、お力にはなりますよ」
それを聞いたジャックは打って変わって嬉しそうな表情に変化した。百面相になりそうなほど表情が多彩だ。それを見ているジーンは相変わらず冷静な顔をしているが。
(ジーンさん、最近空気な気がします)
ご飯を口の中にかき込みながら、ジーンに視線を向けながらエリカはそんな若干メタな事を考えていた。
ムラミツとヒナは朝食を早々に切り上げると、工房へと向かった。
ヒナがいないので特訓ができないエリカは出来上がる頃合いまでジーンたちと雑談したり、ジャックの昨日のネタを掘り返してからかったりしながら時間を潰すことにした。
もはや黒歴史と化しているジャックの「武勇伝♪」はエリカたちの脳内に永久保存されているのは言うまでもなかった。
森の中を数人の影が素早く動き回っている。
黒装束に小回りが利く短い剣を腰に巻き付けて男たちは木々の間を軽快なステップで走り抜けていく。
「隊長、本国の応援を頼まなくて大丈夫ですか?」
一番後ろを行く男が、先頭の男に話しかけた。
隊長と呼ばれた男は後ろを振り返る事はなく、少しスピードを落として代わりに話しかけた男が隣に追いついて顔を向けた。
「さあな。少なくともあの女吸血鬼がいない今しかない。俺たちの存在を知られた以上、これ以上待っていたらアールドールンのドラゴンスレイヤーがやってくるぞ」
ドラゴンスレイヤーという言葉に後続の男たちが息を呑む。
龍だけではない、対人においても十二分すぎる実力を持つ騎士団だ。彼らの本国、ブラゴシュワイクにもそれはあるが、ドラゴンスレイヤーを保有する他の2ヶ国とは程度が低いのは周知の事実だ。
彼らが、それが最も分かっているのだ。
偉そうな貴族の2代目のボンボンがレジャー気分にやっている、というのがブラゴシュワイクの実情、口には出さないがとても戦えるような状態ではない。
だからこそブラゴシュワイクの軍部にはそれ相応以上の危機感がある。通常の軍隊が他国に比べて充実しているのには、対ドラゴンにおいてもそれなりに対応できるようにするためだ。
そして情報収集の分野でも充実を図った。その結果が彼らだ。
国家機関による獣人狩り、公式にはその行動を禁止され、解体されたはずの機関。
「あいつらが来たらいくら俺たちでもこの少人数ではどうしようもない。そして俺たちの存在が公になれば国際問題に発展することは目に見えている」
「しかし、確か現在一般人があの人狼の所に来ているようですが? 一般人に見られては……」
彼らはエリカたちの事を「トウキのところに刀を鍛えてもらいに来た一般人」程度にしか見ていなかった。正確には情報を集める前に人員の大半をバーバラに瞬殺されてしまったために、それを行う余裕がなくなってしまったのだ。
ジーンやジャックが大剣を背負っている事が多少気にはなっていたが、このご時世遠出するなら護身用の武器は必要不可欠だし、何より少女がいるだけで彼らからしてみれば危険度は大幅に下がった。
あの外見でまさか、ほぼ敵無しの実力を持ち、おまけにその正体が龍だとは考えも及ばないのも致し方のない事だろう。
ジャックが超筋肉系ではあるが、エリカとジーンの2人(一応確認しておくがジーンは18歳、見た目はまだ子供が残っている)を見て、その後にフィアを見れば、少々厳しいが家族にも見えなくはないだろう。
鎧を着込んでいるわけでもないので騎士団とは気づかれないし、昼間エリカがヒナと特訓している時は彼らはあまり動かない。昼間、日の当たる所を動くことはほぼない彼らにとって、数少ない情報収集のチャンスすら失っていたのだ。
「俺たちの目標はただ1人、人狼ムラミツだが、目撃された際には全ての目撃者を殺せ。いつも通り、鏖だ」
隊長格の男は黒装束に隠れて見えない口元を歪ませる。
男の言葉に後続も気合を入れ直す。仲間を多く殺されたために、彼らにとってこれは弔い合戦の意味合いもある。
「鏖だ」
男は小さく呟き、走る速度をさらに上げ、森の先にあるムラミツの屋敷を目指した。
「ヒナ、柄を取ってくれ」
工房の中で、ムラミツは今まさに鍛え上げた黒い刀を手に持って顔の前にかざしていた。
まだ柄を取り付けていないので、完成すれば柄に覆われる部分、茎を白い布で覆って掴んでいる。ほぼ全ての部分においてエリカが持ってきた黒鱗が使われている。
鍛える事が出来るほどの大きさに砕くのにも苦労し、熱してもなかなか柔らかくならない事にも苦労し、言ってみればとんだじゃじゃ馬だったとムラミツには思えた。
だが、苦労した分、ここまで仕上げたムラミツ、そしてヒナの満足は人並みではない。黒光りする刀がかまどの炎のオレンジ色の光を反射させて妖しく光っている。
ヒナが柄部分を持ってくると、それを手に取りムラミツは刀身と柄を合体させるために先日も使用した小さな木槌を取り出す。
柄の部分も黒を基調としたデザインで、柄に巻かれている細い紐は外縁が赤い紐で縁取られており、より黒を引き立てている。
その柄に刀身を差し込み、柄と刀身両方に開いている目釘穴に小さな棒を差し込んで木槌で中までしっかりと打ちこむ。
その間にヒナが鞘を取りに行き、漆がしっかりと塗られた黒い鞘を持ってきた。
「ついに、完成しましたね」
ヒナがムラミツから刀を受け取り、先ほどのムラミツがしたようにしげしげとその黒い刀身を見つめる。
ヒナの言葉にムラミツは満足げに頷き、耐熱用の分厚い手袋を外すと頭に巻いていた手ぬぐいを取って椅子に座り込んだ。
「今までにない、頑固な素材だったからな。苦労もそれ相応だったが、引退前最後に良い仕事が出来た」
大きく息を吐くと、ムラミツは天を仰ぐように天井を見つめた。
「銘は、どうします?」
これも、鍛冶職人として大切な事だ。
鞘に一度刀を収め、傍にある刀を置く台に乗せると、ヒナはムラミツの正面に椅子を持ってきてそれに座った。
「そうだな、お前が考えるか?」
「え、良いんですか?」
天井に向けていた顔をヒナに向けると、ムラミツは笑みを浮かべて小さく頷いた。
「私より、ヒナの方がネーミングセンスはある。銘を刻み込むの後にするとして、今のうちに決めてしまおう」
そう言うと、ヒナは少し考えるような仕草を見せて黙り込んだ。
もちろん、ムラミツも案は考えている。
だが、できればヒナに名付け親になって欲しいという思いがあった。これから、どう生きてもヒナの方が自分より長生きするのは明らか、ヒナのためにもこういう経験が多いに越したことはない。今まではほぼヒナはムラミツの鍛冶を見ているだけという事が多く、造っても刀鍛冶に関しては鬼が付くほど厳しいムラミツにことごとく落第点を押され、とてもじゃないが銘を決めるなんて作業をした事がない。
それでも、ムラミツはヒナがいつか自分が刀を鍛えた時、世に送り出すに相応しい銘を付けようと日々紙に良い銘をしたためている事を知っている。
子供らしい、と言えばそうとも取れるが、父親としてここいらで娘の背を押してやりたかったのだ。
「……そうですね、黒いから『暗』、『闇』……、いやここは素直に『黒』で行くのがいいかな?」
真剣に考えるその表情はまさしく鍛冶職人のそれ。
今回は仕上げにしか携わってはいないが、既にムラミツからしてみれば皆伝しても良いほどの実力を持っている。だからこそ今回、最も繊細さが求められる仕上げを全て任せてみたのだ。
その結果は今ヒナが置いた刀に現れている。
素晴らしい、という一言では言い尽くせないだけの刀に仕上がった。親子合作にして最高の一振り、その銘をヒナが付けるとなれば、たとえ公にはならずともトウキの一族には受け継がれる。
それもヒナが結婚して子を成せば、の話になってしまうが。
「…………姫黒なんてどうでしょう?」
「姫黒、響きも良いな。シンプルだが、姫黒と黒羽、良い名だ。先代が鍛えた刀のように主人を守って、人を生かすために振られるとよいな」
「ええ……」
ヒナは棚から小さなナイフを取り出した。角ばった刀で、先端がかなり尖っているそれを手に刀を持ち上げ、鞘から引き抜く。
「おいおい、ここでやらなくてもいいだろう? せっかく今目釘を入れたところだぞ?」
「こういう事に早い遅いはないんです、父様」
(気が逸るか。まあ、当然と言えば当然か)
銘は、茎に入れる事になっている。つまり、先ほどムラミツが入れた目釘を再び外し、鞘から刀身を取り出さなければならない。
とはいえ、今のヒナにそれくらいの労力は使ったのうちに入らないだろう。ムラミツはここ1週間で2本も刀を鍛えて心身共に疲れ切っているのだが、ヒナは今日まではエリカの特訓、ほぼ1日中仕事をしていたムラミツに比べれば疲れは少ないだろう。
そして何より、一心不乱に目釘を抜いて刀身に銘を刻んでいくヒナの横顔を見て、止めようなんて気も失せてしまった。
(ヒナの造る刀も見てみたいものだ)
ここではもう刀を造る事は出来ないだろう。
だが、首都に行っても鍛冶屋はある。むしろここよりも設備の整った場所もあるだろう。そこで働くことが出来れば、ヒナもいずれ刀鍛冶として生計を立てる事が出来るようなる。
龍の鱗も貫くことが出来る刀を、黒鱗のようなイレギュラー無しで鍛え上げる事が出来るようになるのも、決して遠い話ではないと、ムラミツは直感で感じ取っている。
(にも関わらず、ドラゴンのために刀を鍛える、か。皮肉だな)
自然と笑みが零れてしまった。
正体を知っていると言っても、実際にその姿を見たわけではない。それでもエリカを龍だと信じている自分が不思議だった。エリカにはそれだけの存在感、オーラのような物があったのかもしれない。少なくとも、ヒトよりは自分たちに近い、それが。
「姫…………黒…………と」
しばらくして、顔を上げたヒナは満足げに刀身をムラミツに見せた。
ムラミツが身を乗り出して刀身に刻まれた「姫黒」の文字を覗き込む。刻まれたとはとても思えない、まるで書いたかのような美しい形をした文字を見てムラミツは満足そうに数度小さく頷き、ヒナに視線を戻した。
「良い仕事をしたな」
「ふふ、いつも練習してるから」
嬉しそうに満面の笑みを返すヒナは刀身を引っ込めるとさっきの作業の反対を行い始める。
工房の中には、かまどの中で木材が立てるパチパチッという音と、ヒナが木槌で目釘を叩く乾いた音だけが響き渡る。
「ヒナ」
「はい?」
ムラミツの呼びかけに、ヒナは視線を移さずに返事をした。意識はまだ目釘の方に向いているようだ。
「首都に行ったら、どうする?」
その言葉で、ヒナは木槌を打つ手を止めて顔を上げた。ヒナがムラミツに顔を向けると、先ほどとは打って変わって真剣な表情をしたムラミツが座っていた。
ヒナは木槌を下して小さく息を吐く。
「何をする、とか何がやりたい、なんてことはまだ決まってないよ。今までそんな事考えた事もなかったから。でも、これからは一杯考えられる。そういう事を考えても良い所に行くんだしね」
「ここにいるよりも、厳しい現実に直面することも、覚悟は出来ているな?」
「昨日、私と父様をあの人たちにお任せする、と言ったのは父様ではないですか。今さらそれは愚問と言う奴ですよ。自由に生きる事は、困難に立ち向かい、それを乗り越える事、なんですから」
「……あいつの言葉か」
自分の唯一の理解者であり、同じ刀鍛冶を志した同志、そして世界で唯一ムラミツが愛した女性でありヒナの母親。
彼女の行く手も、困難しかなかったはずだ。ムラミツと出会ってからはなお一層増した。
人狼と心通わすなど、世間からしてみれば自殺行為、気が狂ったと見られてもおかしくはなかった。事実彼女の両親は彼女を監禁してまでもムラミツとの交際を絶とうとした。
一度は殺し屋を雇ってムラミツを殺そうとしたこともある。その時の情報が洩れて暗殺機関などに狙われる羽目になったという事実もある。
とはいえ、その程度ではムラミツの恋路は邪魔できなかった。
ある夜、密かに彼女の家に忍び込んだムラミツは彼女を連れて街を出た。世間では人狼に娘を誘拐されたという同情を両親は集め、何とかムラミツから彼女を取り戻そうと躍起になっていただろう。
だが、当の本人に戻る気が無いのだから、2人が追手に引っかかるはずもなかった。
そして、この屋敷にたどり着き、最初はムラミツの父親にも反対されたが、遂にはムラミツたちの言葉に負けて結婚を認めた。
トウキの一族としては、やはり最初は抵抗もあった。
だが、ムラミツたちの仲睦まじい様子を見て、子供まで成したとあってはその考えも変えるしかなかった。一族の後継者として正式にその子、ヒナを認め、今までムラミツが教え伝えられてきたことを全てヒナに受け継がせることにした。
とはいえ、獣人の家系が長続きする保証はない。同族の異性に出会える可能性は低い。残念ながら、ムラミツの両親は血が繋がっている。
だから、できればヒナには血の繋がらない男性と付き合ってもらいたいという思いがムラミツにはある。
もし、騎士団の人たちがエリカたちが言う様に本当に良い人ばかりならば、ここにいるよりは明らかに出会いは増える。
「ヒナ、乗り越えて、立派に生きろよ」
だから、そう願わずにはいられなかった。
優しくヒナの頬を撫でると、ヒナが少し不思議そうな表情をしている。
それもそうだろう、彼女は2人で行けるもの、と信じているのだから。
(私も、そうであって欲しかった)
「父様……?」
「行け、ヒナ」
奴らが来る。
工房の奥の方へとヒナを押し込み、部屋と部屋を区切る襖を閉めたと同時に、工房の扉が蹴破られた。黒ずくめの男が飛び込んできてムラミツに剣を突きつけようとして来るが、全てを予期していたムラミツにはそれを回避することなど児戯に等しかった。
剣を持つ手を叩いて逸らし、男の首筋に強烈なチョップを入れると椅子目掛けて投げ飛ばした。椅子が壊れる大きな音がして男は工房の床に倒れ伏した。するとさらに扉から複数の男たちが飛び込んできて、ムラミツを素早く取り囲んだ。
「人狼ムラミツだな。貴様の命、貰い受ける」
隊長と思われる男が一歩踏み出しながらそう言うと、剣を持ちなおしてムラミツとの距離をジリジリと詰めてくる。
「ほほう、私を殺すか」
ムラミツは、今までに見せた事のない、底意地の悪そうな笑みを見せた。そして一度大きく息を吸うと、ムラミツは身体を一気に狼へと変化させていった。
メキメキッと言う音がして腕が、足が、頭が、胴が、毛に覆われ、太ももの筋肉が異様に太くなる。鼻が突き出して、鋭い牙が口の端から覗く。
獣の目がギョロッと自分を取り囲む黒装束の男たちを見渡すと、ムラミツは大きく口元を歪ませ、口を開けると腹から力を入れて叫んだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
それは、狼の叫び声に他ならなかった。
ぎゃ~、誰か私にギャグ分を分けて下されぇ~……
シリアスには疲れたよぅ……
時々入るボケというか、その程度が必死の私の抵抗、番外編なんかやっても結局はストーリーに関連する話しか書けないし……
……よし、わかりました。今度番外編を書く機会があれば本編何ぞ関係のない、ぶっ壊れたものを書こう……
書く機会があれば……