第37話 鍛冶職人ムラミツ
うん、前書きで書くことないですね。
ではどぞ
「やっと、着いた……」
次の日はほぼ一日中走り続けた。
途中に休憩を取れるような大きな町もなく、その日はお約束とばかりに野宿をする羽目になった。街道の脇の木陰に馬車を止め、ジーンとジャックが3時間交代で番をしていたこともあり、エリカとフィアは安心して寝ることが出来た。
夜盗まがいの事をしていた若い男が2人、運悪くジャックが番の時に夜襲をかけてきたようで、返り討ちにあって木の幹にロープで巻き付けられていた。
翌朝、つまり今日だが、エリカとフィアが起きてきた時はさすがの2人も驚きを隠せなかった。顔中に打撲痕のある情けない姿の男が2人気を失った状態で木に縛り付けられているのだ。ジャックから夜盗だという説明を受けるとエリカは至極冷ややかな眼差しに変わり、フィアはエリカを起こす時のようなハイライトの消えた、感情のない表情で火球を作り出そうとしたので、全員で慌てて止めに入ったほどだ。
出発する時も、ロープは解かなかったが運が良ければ通りがかった人に見つけてもらえるだろう。一応街道から見える位置に縛りつけておいたので、餓死することはないだろう。猿ぐつわをしたわけでもないので気が付けば自力で助けを呼ぶことも出来るはずで、4人は一切の躊躇もなく夜盗の男2人を放って出発した。
そんなちょっとしたトラブルに見舞われたエリカたちであったが、その日は何のトラブルもなく、順調に行程を消化し、その日の夕方には目的地である鍛冶屋の家にたどり着くことが出来た。
平屋建ての一軒家で、母屋の他に幾つかの倉庫や何かの作業場と思われる建物が密集して建てられている。その全てを囲むように塀が建てられていて、正面の門をくぐるとそれまでの光景とは全く違う、まさしく別世界が広がっていた。
「なんていうか、情緒溢れる家ねぇ」
「俺たちもこの間来た時は似たような感想を持ったよ。どこか世俗離れした雰囲気があるからな」
「お待ちしておりました、ジーン様、ジャック様」
母屋までの長い石が敷かれた道を進みながら周りの庭などを興味深げに眺めていると、母屋の玄関の扉が開いて1人の女性が姿を現した。エリカたちとはまた文化圏の違う服装をしている、「黒髪」の女性、まだ少し幼さを残した彼女はジーンとジャックに向かって小さくお辞儀をすると静かに歩いてきた。
「あれ、俺としたことがこんな綺麗なお嬢さんがいることに気が付かなかったのか。ここの人かい?」
ジャックが、頭の上に疑問符を浮かべながら目を細めた。
確かに、エリカも出発前の話ではトウキの跡継ぎはいないようだ、という話を聞いていた。
「ああ、先日来ていただいた時は所用で外出しておりましたので。私はヒナ、第23代トウキである父ムラミツの娘でございます。あなた方のお話は父より聞いております。どうぞこちらへ」
長い黒髪は腰の下あたりまで伸ばされている。目の色も黒く、どこか不思議な雰囲気を醸し出している。
ヒナと名乗った女性は物静かな物腰でエリカたちを母屋の中へと誘い、応接間に案内した。
応接間にはすでに年老いた男性がいた。
エリカたちに気が付くとゆっくりと立ち上がり、ヒナの時同様に小さくお辞儀をすると男性の反対側の席を勧めた。
「先日はどうも、ジーン殿、ジャック殿」
「こちらこそ。ムラミツさん、と仰るのですね、先日はトウキという名称しかお教えして頂けませんでしたが」
ジーンが丁寧な物腰で一礼する。
ムラミツ、という名を聞くと男性は少し困ったような顔をして、ここまでエリカたちを案内してきたヒナに視線を向けた。
「あまり私の名を出すなと言ってあるだろう。トウキの名を継いだ以上、それまでの名は捨てねばならんことはお前が一番分かっているだろう?」
「ご、ごめんなさい、父様」
諌めるだけで、それ以上責める気はないようで、ムラミツはそれだけ言うと顔を元に戻した。それを待ってからヒナがムラミツの隣に座り、丁度エリカの真正面に座る形になった。
「それで、使えなくなった刀を鍛え直してほしい、という依頼でしたな。してその得物は?」
ムラミツは話を切り出し、エリカが持ってきていた刀をムラミツに差し出した。刀を見た瞬間、ムラミツの表情が強張ったが、すぐに冷静さを取り戻してエリカが差し出した刀を受け取った。
するとムラミツは小さな小槌のようなものを取り出した。手に収まってしまうほど小さなものだが、ムラミツはその小槌の細い持ち手の棒で刀の目釘を器用に抜き取ると、鞘から刀を抜いた。
「これは……、随分と腐敗しておりますな。錆ではなく、魔力に中てられたのでしたな」
半ばで折れた刀をしばらく観察すると、柄の部分を軽く叩いた。するとただでさえグラグラだった刀身が支えを失ったかのように不安定なった。そして刀の根元、刃が覆われている部分を手で持って柄から刀身を取り出す。
ヒナが素早く白い布を机に広げると、その上にムラミツが静かに外した刀身を置き、それにならってエリカも刀身の折れた先端を布から取り出して折れた部分が符合するような位置に置いた。
そしてムラミツは刀の全体像を見て腕を組むと、大きく息を吐き、視線を刀身の端から端までゆっくりと移動させていく。その間、エリカたちは黙ってその様子を見つめるだけだ。
「……この刀、一体どこで?」
しばらくしてムラミツは顔を上げるとエリカに向かってそう尋ねた。
「え? ええと、確か武器庫か何かから持ってきた模擬剣が入っていた箱、でしたっけ?」
「ああ、確かそうだったはずだ。それがどうかしましたか?」
それを聞くと、ムラミツは随分と残念そうなため息をつき、ヒナもどこか表情が曇った。
「まあ、このご時世刀を使う方が皆無なのは致し方のない事、ヒトを斬る刀より龍を殺す大剣が求められておりますからな。しかし、それでも刀がそのような扱いを受けているのは残念な限りです」
「父様……」
ヒナがムラミツに寄り添おうとするが、ムラミツがそれを制した。ヒナに優しい笑みを浮かべて姿勢を正すと、エリカに向かって頭を下げた。
「不肖このムラミツ、トウキの名にかけて貴殿のこの刀、見事に鍛え直してみせましょう。して、何かご要望などはございましょうか?」
「あ、それなんですが……」
エリカはそこで出発前に尋ねられた袋を取り出した。そしてそれをムラミツの前に差し出すと、袋のひっくり返して中に入っていたものを机に出した。他でもないエリカの黒鱗だ。
「……これは?」
「詳しくは聞かないでください。ですが、それを素材に加えて刀を鍛え直してほしいのです。そして、最高の刀をもう一振り」
「2本と? ではもう1本は新しく御造りいたしましょう。長さはこちらの本来の長さと同じで?」
エリカは小さく頷く。
ヒナがエリカが出した黒鱗を不思議そうに見つめ、手に取って軽く小突いてみる。
「父様、これはその辺の鋼よりはるかに硬いです。こんな鉱物、初めて見ました……」
ヒナの驚いたような声を聞いて、ムラミツも黒鱗を手に取ってみる。そしてヒナのように手で叩く事もなく、その顔が驚愕の色に染まった。
「信じられん……。生まれてこの方、このようなものを見たのは初めてだ。しかし、これなら確かに最高の言葉が似合う刀も作れるやもしれませんな。全力を尽くさせてもらいます。そうですな、今日から始めるとなると……1週間ほど頂きますが、大丈夫でしょうか? この刀の修繕は数日もあれば十分ですが、新しい刀は今から全ての準備を開始します。それくらいの時間は覚悟して頂きたい」
「それでも、1週間? お1人で大丈夫なのですか?」
フィアが驚いて身を乗り出した。
刀剣問わず、製造には体力が不可欠だ。いくら2本のうち1本が修復とはいえ、1週間で、しかも1人でやるというのは、無茶なのではないか、とフィアは心配したのだ。
そんなフィアの心境を知ってか知らずか、ムラミツは穏やかな笑みを浮かべるとヒナの肩を叩いた。
「これでも、私の技術を受け継いだ私の娘です。新刀はヒナが御造りします。この子にも良い経験になるでしょう。このご時世、刀を作る機会にはなかなか恵まれませんからな、しかも、こんな不思議な鉱物を加えるという滅多にない事も出来るのです。老い先短い私がやるより、ヒナにやってもらった方がトウキの将来のためにも有益でしょう」
「父上、まだ教えてもらってない事が山のようにあります。それを全て教えていただけるまで、黄泉の世界になど私が行かせませんからね」
にこやかに、だが確固たる決意がヒナの言葉から感じ取れる。
決して屈強とは言えない細い腕をかざして、ヒナはエリカに向き合った。
「私が、全力を持って最高の刀を作り上げてみせます、……ええと」
「エリカです。よろしくお願いしますね」
「分かりました、エリカ様」
入っていた袋に黒鱗を戻して、それを手にヒナが応接間から出ていった。それを見計らってムラミツは折れた刀身を手に取るとそれを窓から差し込む太陽の光にかざす。通常なら美しく光るだろうところだが、やはり鈍く乱反射している。刀身の表面もかなり腐食が進んでいたようだ。
「正直、ここまで腐敗が進んでいるとなると、修繕、ではなく差し換えの方が適切かもしれませんな。折れてしまってはその後接合してもやはり強度的な不安が残ってしまいます。その場合は、新刀同然になりますが、先にご了承願いたい」
そう言うと、ムラミツは立ち上がり、それに反応してエリカたちも立ち上がった。
「刀を鍛え上げるまでは、我が家にお泊りください。部屋はヒナに案内させますので、ゆっくりしていってください。夕飯の時間になりましたら、お呼びいたします」
そのムラミツの台詞に合わせたかのように、ヒナが応接間に戻ってきた。
「どうぞ、こちらへ」
案内されたのは、母屋の一室だ。
畳が敷かれた八畳ほどの部屋で、壁は全て隣の部屋と襖で仕切られているだけで、廊下に面した襖を開ければ、広い庭が一望できるようになっていた。
「エリカ様とフィア様はこちらをお使いください。殿方は、2つ隣のお部屋です。何か御用があれば私をお呼びください」
「すまんな、部屋に加えて寝間着まで用意してもらって」
ジーンは今手に持っている寝間着を少し持ち上げてヒナに礼を言った。知る人が見れば、それが浴衣に似た形状の服だと分かるだろう。
「いえ、わざわざお越し頂きましたから。これくらい、なんてことはないですよ。それに、少し意外でもありましたから」
ヒナはそう言いながら視線をエリカに移動させた。
「意外?」
「刀を使うのが、私よりも年下の、あなたのような少女だとは思っていませんでしたから。もっと年季の言った老練な方かと」
(年季、は入ってますけどね)
子供扱いされるのはあまり好きではない。見た目はともかくこれでも三桁の歳だ。
「夕飯の用意までまだ少々時間があります。どうです、1戦やりませんか、エリカ様」
「はえ?」
ヒナは笑顔のまま、どこからともなく2本の木刀を取り出した。そしてそのうちの1本をエリカに手渡すと、そのまま廊下を横切って庭に出た。
エリカはどうするべきか悩んだが、そこで自分の戦い方に考えが及んだ。
エリカの戦い方は流派に沿ったものではない。ケンカ殺法に近いものだ。バーバラから多少の技術を学んだとはいえ、刀の正しい使い方を自分が行っているとは言えない。
少なくとも、今目の前で柔和な笑顔を浮かべて木刀を軽く振っているヒナは、エリカよりも刀の使い方に長けているだろう。刀を使って戦える人間は数少ない。ならばここで何かを学んでいくのもエリカにとっては今後のためになる。
「……良いですか?」
一応、ジーンたちには了承を取っておくことにした。すると3人とも笑顔で首を縦に振った。
それに小さく頷いて返すと、エリカも庭に躍り出て、ヒナと真正面から向かい合った。
「流派などは、あるのですか?」
「いや、まったくです」
戦う前の確認と言ったところだろうか。ヒナがそう尋ねてきたので、正直に答えると苦笑された。
「ふふ、では我が家の流派をお教えしましょう。何も考えずに戦うよりも、刀での戦い方を知っていた方が良いですよ。剣と刀は違うんですから」
ヒナは屈託のない笑みを崩さずにエリカにそう言った。
そして静かに両手で木刀を持つと、切っ先がエリカの喉元になる高さで構えを取った。
「まずはあなたの今の実力を計らせてもらいます。若輩ではありますが、どうぞよろしく」
「こちらこそ、お願いします」
庭の中央で、2人は静かに向き合った。
良く考えれば、こんなに静かな場所で戦うのは生まれて初めてだ。聞こえるのは風が流れる音くらいなものだ。
庭に面した縁側にはジーンたちが座ってエリカたちの戦いを眺めようとしていた。それを視界の端に捉えながら、エリカはヒナの一挙一動に意識を集中させる。
「刀姫一刀流、ご賞味を」
「トウキ……?」
ムラミツの刀匠として代々受け継がれている名、トウキと同じ名の流派だと聞いて、エリカは顔をしかめた。すると、そのような顔をされることを想定していたようで、表情を崩さずに少し横に滑りながら口を開いた。
「私たちの祖先、初代トウキは女性だったのです。自ら刀を造り、また名のある剣豪でもありました。彼女が作り出した流派が刀姫一刀流、力で劣る女性でも男性と互角以上に戦える事を目指したのです。刀鍛冶としての彼女は、流派の名を皆伝した鍛冶職人に受け継がせ、父様まで受け継がれました。刀鍛冶としてのトウキと、刀姫一刀流は一蓮托生なのです。どちらかがなくなればもう片方もなくなってしまう、脆いものでもあるのですが……」
少しばかり、淋しそうな表情をヒナが浮かべた。
だが、姿勢はピクリとも動じない。切っ先はエリカに向けられて微動だにせず、ヒナはすぐに表情を元に戻してエリカを見据える。
エリカは、話している最中も隙あらばヒナに飛び掛かろうと考えていた。
不意打ちは卑怯だ、と言う者もいるだろうが、世の中全て正々堂々やって済むものではない。時には邪道が正道に勝つことだって決して珍しい事ではない。
しかし、ヒナは自分が話している最中ですら、一切の隙を見せなかった。ヒナはまだ成人するかしないか、という歳に見えるが実力はかなりのもののようだ。ジャックや、ジーンとはまた違う威圧感にエリカは息を呑んだ。
ジャックやジーンの威圧感が刺々しいモノと表現するなら、ヒナのそれは全てを包み込んでしまいそうな穏やかな威圧感と言えよう。
決してこちらに敵意をむき出しにしている訳ではない。にも関わらず、エリカは動けば自分がやられてしまうような感覚に襲われた。一点に強烈な殺気を集中させるのが普通なのだが、ヒナは自分の周囲一帯に自分の意識を張り巡らせているようなものなのだ。
飛び込めば、返り討ちに合う自分が簡単に想像できてしまうのだ。
(強い、なんてものじゃない……下手をすればジーンさん、いやジャックさんよりも……)
だが、いつまでもただ向かい合っているだけじゃ話が進まない。
意を決してエリカは一歩前へ踏み出す。
一瞬、ヒナの持つ木刀がピクリと動くが、ヒナの反応はそれだけだった。エリカが動くのを待っている、いや誘っているかのような感覚を覚えるが、この際自ら飛び込まなければ何も起こらない。
「行きます!」
エリカは腹から声を出して、一気にヒナ目掛けて走り出した。
侍同士の戦いって、刀は消耗品なんだそうです。
刀同士で打ちあっても刃こぼれするし、相手を切っても骨の所で刃こぼれするし、2、3回斬ればもう使い物にならなくなってしまうそうです。
戦場では落ちている刀を再利用するのは日常茶飯事だったというのですから、名刀担いで戦場行く人なんていないでしょうね。
戦場から生きて帰っても持っていった刀と違う刀を持って帰るなんてこともきっとたくさんあったんでしょうな。
ともなれば、名刀は戦場を知らない刀。
人を殺す武器が戦場に出ないで済む、なんか矛盾していて、不思議です。
使ってなんぼ、なんて考えちゃいますけど、それなら現在名刀とか国宝なんて残ってないですよね。
日本人、昔の日本人にとって、刀は武士の魂とも呼ばれ、特別な存在だったことも、それだけの価値があるものだと、作者は勝手に考えています。
ではでは、また次回お会いしましょう。
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