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第2話 ジェネレーションギャップなのでしょうか……



「……ん、ここは……?」

「目が覚めた?」


少女が目を覚ますと、目の前にエメラルドグリーンの髪が現れ、心配そうに少女を覗き込む。


「えと、誰?」

「私はフィア、あなたは?」

「私はイ……あれ?」


自分の名前を言おうとして、口が上手く動かないことに気が付いた。普通の言葉は出てくるのに、なぜか自分の名前が出てこない。脳内では発音されているのに、実際には口に出せないのだ。自分の名前をどう発音して良いのか分からず、少女は言葉に詰まってしまう。


(そういえば、ヒトは私たちの名前を発音できないんだったっけ)


『友』もそうだったような気が少女はした。彼女たちが名前で呼んで、と頼んでも彼らは発音できずに彼らの間だけの名前を付けていたような気がする。


たしか……、


「エリ、カ……」

「エリカ? それがあなたの名前?」


少女は小さく頷く。

嘘を言ったような気がしていい気分はしないが、ある意味では名前であることに違いはない。ただ、それが『友』の間で決められた名前なだけである。それに、少女もこの名前を決して気に入っていないわけではない。少女の父親はあまり良い感情を持っていなかったようだが、彼もヒトが自分たちの名前を話すことができないことは知っているし、仕方のないことだと考えている。


「それで、エリカちゃん。あなた、何をしていたの?」

「なにを……? ええと、何のことですか?」


突然、目の前の女性が詰め寄ってくると、真剣な眼差しでエリカを見つめてきた。その目はエリカの表情から情報を引き出そうとしているようで、エリカの目の動き、口元などを観察している。


「知らない、とは言わせないわよ? あのゲオラ種の死骸の山はなんだったの?」

「ゲオラ種……?」


聞き覚えのない単語がフィアから聞かされる。記憶を引っ張り出して心当たりのありそうな物を探し出そうとして、昨夜の記憶がフラッシュバックした。


「っ!!」


エリカは『それ』を思い出して口元を押さえた。猛烈な吐き気が胃からこみ上げ、戻しそうになってしまう。

フィアがエリカの様子を見て慌ててその背中を優しく撫でてくる。幸い吐き出すものなど無く、胃液だけが口の中に広がって不快感に涙が出る。


「ごめんなさい、嫌な事を思い出させちゃったみたい」

「い、いえ、大丈夫で、す」


実際、昨夜に比べればまったくと言っていいほどである。

昨夜、腹を満たそうとエリカは森の中をブラブラと歩きながら、襲い掛かってくる猛獣を片端から素手で殺していた。ある程度数がたまったら食べようと思って死骸をまとめて置いておいたら、群れで行動する猛獣が血の臭いに誘われて大挙して押し寄せてきたのだ。エリカも夕飯がかかっていたので本気で応戦、その猛獣すら食事の列に加えることになったのだ。


ところが、いつものように死骸にかぶりついた途端、強烈な吐き気と不快感に襲われ、千切った生肉を吐き出してしまった。


前々から感づいてはいた。木の実がおいしく感じられた時点で味覚すらどうにかなってしまっていたのには気づいていたが、主食が吐くほど不味く感じられるとは、エリカは思いもしなかったのだ。それに気が付いた時には、大量の血の臭いに気圧されて食べる気は失せ、結局近くの木に腰かけて眠りにつくことにしたのだ。


今思えば、ヒトにとってみれば、その状況は尋常じゃない、異常な光景だったのかもしれない。


迂闊にも、寝ているところをヒトに見つかるとは、とエリカは心の中で己の不覚を責めた。


「落ち着いた?」

「すみません、みっともないないところを見せてしまいました……」

「良いのよ。それで、何があったのか、話してもらえる?」


エリカはそれを聞いて悩んでしまった。

まさか、本当のことを、エリカが食事のために皆殺しにしました、とは言えない。だが、丁度良い言い訳が思いつかない。


(さて、どうしたものか……、いっそのこと記憶がない、ということにしてしまおうか?)


そうと決まればエリカの対応は早かった。


「すみません、どうも記憶が曖昧で、思い出せないんです」

「そう……、とにかく、大きな怪我もなくてよかったわ」


フィアもそれ以上は聞かず、エリカの頭を撫でながら優しい笑みを浮かべた。


(怪我……、まあ、少し油断してかすり傷を貰ったような……)


ゲオラ種といったか、彼らとの戦闘ではほぼ常にエリカは自らの鱗を発現させていた。全方位から襲い掛かられてさすがに重みに耐えきれずに地面に押し付けられて噛まれまくった時は、被捕食者の気持ちが痛いほど分かった。


その時、草の茂みを分けて男が2人現れた。

1人は茶髪を短く切りそろえた青年、もう1人は赤い髪をした中年の男性、目ざといエリカはその口元の小じわにまで気づいてしまう。


「んお、気づいたようだな、嬢ちゃん」

「フィア、様子はどうなんだ」


中年の男が人懐っこい笑顔を見せてエリカの横になっている所に寄ってくる。どうも何か運動をしていたようで、汗をかいている。青年はフィアに話しかけて、エリカの状態を尋ねているのだが、どう見ても中年の男と青年は役割を間違っているような気がしてならなかった。


「俺はジャックだ。よろしくな、そんであいつはジーン。俺たちのリーダーだ」

「ジャックさんに、ジーンさん、ですね」


物凄く暑苦しそうな雰囲気を醸し出しているジャックが手を差し出してくる。


「呼び捨てで構わないぜ? どうも敬語を使われるのは苦手なんでな」

「はあ……、初対面のヒトにそういうのはちょっと……」


ニカッと笑うジャックにエリカも手を差し伸べ、握手をする。

隣にいたフィアが「ん?」と首を傾げたが、すぐに表情を元に戻す。


おそらく、この場の会話を文字化していたら、彼女の疑念は解消されていただろう。

エリカが「人」ではなく「ヒト」と言ったことに気が付いただろうが、残念ながらフィアの疑念が解き明かされることはなかった。


エリカは記憶を掘り返してヒトの挨拶を仕方などを発掘して、粗相がないように対応しようと試みる。

この場合は、素直にジャックの手を握り返すことにした。がっしりとした、温かみのある手にエリカの細い手が覆われ、ジャックは笑顔でその手をブンブンと振った。


「細っこいな。そんなんじゃあ簡単に折れちまうぞ?」

「心配ご無用です」


ジャックがエリカの腕の細さに驚いているので、エリカはそう言い返した。

折れることはありえない、というよりは、よっぽどのドジをしない限り怪我すらしない。そういう身体のつくりになっているのだから。


「エリカと言います。この度は拾っていただいて感謝します」

「んあ? ああ、昨夜の事か。そんで、あれは嬢ちゃんがやったのか?」

「ジャック、エリカちゃんは起きたばかりなのよ。それにそれに関しては何も覚えていないそうよ」


フィアが言いよどむエリカにフォローを入れると、ジャックが残念そうに引き下がった。「本当だったら是非手合せしてえなあ」などと小声で言っているようだが、エリカは聞かなかったことにする。なぜか、そうしなければならない気がしてならない。


そこへフィアと話していた青年、ジーンがやってきて、握手を求めてきた。


「ジーンだ。よろしくな」

「よろしくです、ジーンさん」

「敬語抜きでいいぞ。この歳で敬語を言われると妙な気分だ」


握手に応じて、手を差し出すと、優しく握られる。近くの木に立てかけられている大剣からして、おそらく剣士なのだろうが、そうとは思えないほど優しい雰囲気の青年だ。正直ジャックの方がよっぽどたくましいという印象を受ける。


「さてと、エリカ、お前はどこの出身だ?」

「はえ?」


全くもって予想していなかった質問に、エリカは間抜けな声を出してしまう。

だが、よくよく考えれば、見ず知らずの、おまけに血の海の中で寝ていたエリカを親切にも助けてくれたこと自体、珍しい事なのかもしれない。そんな異常な状況下にいたエリカをそう簡単に信用するはずもないのだろう。


「その髪、この辺じゃ見かけない黒髪だ。おまけにその目。エリカ、お前はどこの人間だ?」


言われて改めて自分の髪を手で掴んで目の前に持ってくる。


(そういえば、『友』にも黒髪はいなかったな……、私の本質のせいかな、目も紅いのは多分そうなんだろうし)


エリカは、以前の身体は黒かった。というより黒い鱗に覆われていた。そして紅い眼が2つ、その中で浮かび上がっているような感じだと、『友』は話してくれていた。自分の姿を見つめるようなことはしたことが無かったから、ほとんど意識していなかったのだが、どうやらヒトにとってこの髪と眼は珍しいようだ。


それはともかくとして、名前以上に困ったことになってしまった。

まさか本当のことを言えるはずもない。いや、それ以前に言ったところで信じてもらえるとは思えない。


何しろ、


(龍だもんな~)


まるで他人事のように、エリカは心の中で小さくため息をついた。


「言えないのか?」


ジーンは黙り込んでいるエリカに小さく訪ねてきた。決して、こちらに不快感を抱いているわけではなく、フィアに言われたように、記憶の有無を気にしているようだ。こちらの顔を覗き込むように見るその顔には、心配の色が見える。


「たはは、そうみたいです……」


そう、言うしかなかった。

相手の同情に乗っかるようで気が乗らないが、仕方がない。


「そうか……、それでエリカ、行くあてはあるのか?」

「一応、『友』の場所に行こうかなあ、と考えているのですが……」

「『友』?」


3人が揃って首をかしげる。

エリカはどうにか説明しようと頭の中から言葉を引っ張り出そうとするのだが、どうしても彼らをどう呼んで良いのか分からない。


「こう、動物と仲良くしよう、みたいな人たちなんですけど」

「アバウトすぎるわよ……」


フィアが呆れる。

おそらく、内心ではそんなどこの馬の骨とも分からない者を『友』と呼ばない方が良いとか考えているのだろう。


「ここからどれくらいの場所にいるんだ」

「ええと、森の南にいるとはずなんですが……」

「森の? この森の中に住んでいるのか!?」


いきなり、ジーンがエリカに詰め寄ってきた。その目は明らかに驚きと怒りを湛えている。


「そいつらは、まさか竜人族じゃないか?」


後ろでジャックが呟いた言葉にエリカは人差し指を立てた。


「そ、そうです。確かそんな感じの人たちだった気がします」


そう言った瞬間、ジャックが「マジか」という表情をして、フィアは「あちゃあ」という風にため息をついて、目の前のジーンは口をわなわなと震わせながらエリカの両肩に手を置いた。


「あ、あの、ジーンさ、ん?」

「フィア、確かお前の部屋、2人部屋だったな」


エリカの問いを無視して、ジーンはフィアに尋ねる。


「え、ええ。だけど、まさかあなた、その子を連れて行く気?」

「当たり前だ。あんな連中、危なすぎるだろうが。それにエリカはそこしか行くあてがないと今言っていたしな」

「そりゃまあ、俺たちからしてみればあいつらは危ない部類に入るだろうが……」


どうも、エリカの知らない場所でどんどん話が進んでいく。


だが、分かることは、どうも彼らは竜人族にあまり良い感情を抱いていないことだ。エリカにしてみれば、他種族の数少ない話し相手だったので、そのような反応をされると少し残念なのだが、彼らとエリカは別種、彼らの道理はエリカたちの道理という訳にはいかないのだ。


だから、エリカは黙って3人の会話を見ていることにした。

どちらにしろ、人里で拾ってもらおうと考えていたのだ、それが彼らに変わっただけのことだ。それに彼らの方が社交的なような気がエリカはした。


「そんなわけでエリカ、俺たちと一緒に国に来ないか?」

「国? ここの近くだとヴィルヘルム王国ですか?」


エリカが唯一知っている国の名前を呟くと、ジーンが苦笑しながら首を振った。


「何年前の国の話をしてるんだ。俺たちはアールドールン王国に仕えてるんだ」

「あーるどーるん? 聞き慣れないですね」


そう言うと、再び心底驚いたような表情をされる。どうもエリカの常識は彼ら3人とはかなり遅れているようだ。彼女のヒトの知識は竜人族からのみ入手しているのだが、彼ら自身が他のヒトたちと交流を持っていないため、必然的に彼らの情報も遅れてしまうのだ。


「相当隔絶された所に住んでいたのね。この辺の森はアールドールンの領内よ?」

「え、龍樹林じゃないんですか」

「……今時そう呼ぶ奴がいるとは驚きだな、ジーン」

「……ああ」


どうも、情報が符合しない。

これ以上はエリカも墓穴を掘りかねないので、黙ることにした。

さすがにこれほど、というより龍樹林が通用しないとなると、自分の知識を疑わなければならない。


「なんかすいません」

「い、いや、エリカちゃんが悪いわけじゃないんだけどね」


フィアが慌てて取り持ってくるが、さすがにショックが大きくてその声もエリカの耳には遠すぎて届かない。


「と、ともかく、私たちと一緒に来ない? あなたぐらいの子なら、ジーンと近いから皆喜ぶわ」

「ジーンさんと? ジーンさん、何歳ですか?」

「18歳だが」


返答に困る返事だ。

エリカは冗談ではなく3桁の人生を歩んでいる。もとより龍種は長命で有名であり、その血には傷を癒す力があるそうで、エリカも何度か竜人族の友を助けるために血を分けた記憶がある。物理的な傷ならば大概のものは治せるらしいが、エリカ自身はその恩恵を預かっていないのでどれほどのものかは分からない。


(この身体は、ヒトだとそれくらいなのかな)


自分の身体をしげしげと見つめ、あることに気が付く。

そして、それを理解してなんと今さらな事だろう、と泣きたくなってしまった。


「……フィアさん」

「なに?」

「私、いつからこの恰好でした?」


今、エリカはフィアにかけられたのであろう布を纏っている、のだが、少なくともエリカは3人のように服を着ていた記憶がない。


とどのつまり……


答えはすでにエリカの脳内にはある。だが、聞かずにはいられなかった。

もとより前のエリカにはその概念が無かった。だから、この姿になっても普通に気にすらしなかった。だが、今になって気が付いた、気が付いてしまった。


エリカが言っていることを理解したフィアが、同情の眼差しを送り、それをジーンが訳が分からないという顔で見ている。ジャックは分かっているのだろうが、言えば首が飛ぶのが分かっているようで何も言わないでいる。


「あなたを拾った時からよ」

「…………orz」















男2人に見られる前にフィアが2人に強烈な一撃を入れて見られないようにしてくれた、と聞いたエリカはそれ以降フィアに絶対の信頼を寄せたそうな……。





どうも、作者のハモニカです。


手探り状態で恐る恐る書いていますが、やはり難しいですね……。


表現などに関しては、「こうした方が良い!」と思った方はお教えください。


なるべく柔らかい物腰ですと、メンタル最弱の私でも読む勇気が出るというかなんというか……。


誤字脱字、ご意見、ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m



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