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第27話 一撃必倒!


は~い、今まで以上にエリカがやらかします


9月23日:誤字修正


騎士団内選抜試合3日目。


今日は準決勝の2試合のみが行われる。


そのため、午前中に試合はなく、最も観客の入りが多い昼食が終わって少しした頃、大体2時頃から試合が行われることになっている。


第1試合はエリカの試合。第2試合はジーン対ジャック。後者は血を見そうだという事で騎士たちの間でも注目度が高い。


とはいえ、エリカという入団1週間のダークホースもかなり注目されている。すでに観客の中には「エリカ」と書かれた横断幕を持った者たちまでいるほどだ。まるで娯楽の一部になったような気分である。たった数日でここまでになるとは、エリカは少しヒトという存在の情報網のきめ細やかさを甘く見ていたようだ。


「ええと、今日の相手は……」


部屋のベッドで横になりながら、今日の対戦相手の事に意識を回す。昨日の一件以来、食事時を除いていつも同じことが頭の中で反芻される。


「昨日から随分と落ち着かないようね」


寝転がっているとフィアが部屋に入ってきた。選抜試合で医療担当になっているフィアは仕事着と思われる白い団服を着ている。普段着ている物ではないようなので、支給されているものなのだろう。


フィアは部屋に入ってくるとエリカが横になっているベッドに腰かけてきた。


「フィアさんに怒鳴られたせいです」

「いい加減忘れてくれないかしら……」


さも痛いところを突かれたような顔をフィアがする。


だが、エリカが落ち着かない理由はもちろんそれではない。場を茶化すのと、フィアの疑問をかわす目的があったのだが、それ以上にエリカ自身がその思考から抜け出すためでもあった。


バーバラから言われた事実を受け入れるのは簡単だ。


だが、それ以上の怒りを抑えるのはそう易々と行くものではない。竜としての気性の荒さは一度沸点を超えるとなかなかそれ以下になってくれない。エリカ自身はそれほど気性が荒いとは思ってはいないのだが、ヒトと比べればはるかに荒いだろう。ナカマが殺されたりすれば、それこそ国を挙げて復讐に乗り出すような性格なのだ。ひっくり返せば仲間内の結びつきが非常に強いとも言えるのだが。


合理主義、とも言える龍の社会では、事実を受け入れなければ何事も話が進まない。事実を否定している暇があったらその対応策を練る、といった具合だ。


対応策が報復になるかは置いておくとして、とにかくエリカは鬱憤が溜まっている状態に近かった。


本人はそれを表に出さないように押さえ込んで普段の態度を纏っているが、心の中で渦巻くそれは何もしない時間、夜寝る時などに破壊衝動のようなものを伴ってエリカを突き動かそうとする。


「準決勝、という事は一応選抜は決まってるんでしたよね。だったらここいらで負けてもいいですか?」

「はあ、手を抜くと痛い目に……、合いそうにないわね、あなたなら。確かに前回までの試合だったら準決勝進出で、無条件で選抜決定。1位から4位まで決めるのは選抜された5人のうち、大将、副将、中堅、次鋒、先鋒の中で適材適所を行うためなの。残りの1人は大将か団長が試合での戦いぶりを見て決定する感じだったのよ。それが今回、バーバラさんの意向で準決勝まで勝ち残らなくても場合によっては選抜されるのよ。逆を返せば勝ち残っても選抜されないという可能性もあるわ」


フィア自身、あまり記憶が定かではないのか、自分に言い聞かせるように、一つ一つ間違っていないかを確認しつつエリカに説明をする。


「まあ、バーバラさんが試合見てないのは周知の事実、多分団長が判断することになるだろうけど……。だから、わざと負けるなんてしたらそれこそ後で怒るわよ、主に私とバーバラさんが」


そう言ってフィアは手の平に小さな火の玉を作り出した。それを見た瞬間エリカの表情が火の玉の熱とは真逆に凍りついた。


「分かってるわね?」

「は、はいいいぃぃぃ!!」


ベッドの隅で小さく縮こまるエリカに、さらにフィアは追い撃ちをかけていくことにした。


「モフモフ権とやらも、バーバラさんに頼み込んで廃止してもらおうかしら……」

「なあっ!? それだけは止めてください! 後生です!」

「その年でそういう事を言うもんじゃないわよ、エリカちゃん」


フィアにしがみ付くエリカは、まるで小動物のようにフィアには見えた。無いはずの尻尾を振って見えるのは、フィアの幻覚ではあるが事実に近いものとも言える。


「……分かりました。全力でやらせてもらいます」

「よろしい♪ やっぱり子供は素直じゃないと」

「子供じゃないです……」


エリカとしても、凍結と灼熱の地獄を味わう上にアレックスのモフモフ権を失うとなると、試合でわざと負けることは百害あって一利なしである。


仕方なく試合に集中することにするのだが、そうなるとこの鬱憤を試合で晴らしてしまいそうになって自分に抑えが利かない。


(良いですかね?)


少しくらい、自分のためだけに動いても。


「全力で、ほんの少し……」


小さく呟いたエリカの言葉はフィアにも聞こえなかった。


だが、少なくともフィアがとんでもない事の引き金を引いてしまったのは確かであった。















『さあ~て、今日もやってまいりました!! 今日は準決勝、今日勝った者同士が明日騎士団内でのトップを争って戦うことになります!!』


響き渡るテルミの威勢のいい声。


エリカは自分の刀を手に馴染ませながらぼんやりとその声を聞き流していた。その目は一点を見つめて離さず、それ以外は一切、合切視界に入れる気は無かった。


『まずはAブロック準決勝、騎士エリカ対騎士マルコフ!! 騎士エリカは昨日スピードでは騎士団屈指の騎士シルヴィアを打ち負かして準決勝に進出、対する騎士マルコフは騎士エリカには敵わないまでも21歳でその強靭な身体を生かしてここまで勝ち上がってきた騎士団内でも猛者で知られております。騎士エリカもその身体に似合わない力を持っています。さてさて、どんな白熱した試合をしてくれるのでしょうか!』


エリカは無意識に姿勢を低くした。この身体で、最も自分の戦い方の自然体となると感じた姿勢だ。


憂さ晴らしを騎士団の仲間相手に行うのは間違っているという自覚はある。だが、これ以上溜めておくととんでもないことになりそうな気がしてならない。


だから、今だけは、この一瞬だけ、本気を出すことにする。


殺す気など毛頭ない。だから大丈夫、と相手ではなく自分に言い聞かせるエリカは、目の前にいる対戦相手、赤毛でまだ若い騎士に自らの照準を合わせる。


「加減はできません。お互い良い試合をしましょう」


対戦相手が何かを言っている。


だが、今のエリカには右から入って左から抜けていってしまう。今だけはエリカは本能に従って動いている。わずかに残している理性で対戦相手、マルコフに小さく頷いてみせると、マルコフは愛想のいい笑顔を浮かべている。


――――――アア、イイ獲物ガイル。


本能が甘い誘惑をしている。この身体になって、それまでの常食だった生肉が一切美味く感じられなくなったにも関わらず、本能は目の前の「動く肉塊」に舌なめずりしている。


そんな考えを理性が押し込め、照準をマルコフの足元に合わせる。直撃させなければ死ぬこともないはずだ。


『では、両者向かい合って――――――』


マルコフが背負っていた巨大な斧のような武器を両手で持った。槍のように長い棒の先端に巨大な刃が取り付けられている。


エリカは全ての力を足に回し、初撃に全ての力と鬱憤を乗せる。


『始めっ!!!』


瞬間、エリカは地面を蹴り砕いた。


正確には、踏み込んだ衝撃で地面が抉れたのだ。そして、体感にしてコンマ5秒もないわずかな時間でエリカは今まで出したことのないほどの速度でマルコフの目の前にいた。


だが、マルコフはまだエリカを認識できていない。ただ目の前で起きた地面の抉れに驚いている表情だ。そしてエリカが目の前に来た驚愕の表情にマルコフがなる前に、エリカは全ての力をつぎ込んだ腕で刀を振るってマルコフの足先数十センチの所の地面に刀を突き刺した。


自分が何をしようとしているのか、それが何をもたらそうとしているのか、エリカの中にある理性は理解できていないだろう。分かるのは本能が龍だった頃の最も効率的な無力化方法に出たという事だけだ。



ゴッ



ただ突き刺しただけだ。


だが、刀を突き刺した場所を中心にしっかりと整地されていた地面はそれだけで砕け散った。


「えっ――――――」


目の前のマルコフが茫然としているのが視界の端の方に見えた。


砕けた地面が衝撃で浮かび上がる。そして衝撃波が全方位に向けて広がり、至近にいたマルコフはその衝撃波を正面から受けたために吹き飛んでコロシアムの端、壁に激突した。そして意識を失ったのか地面に力なく倒れ込んだ。


だが、エリカにその光景は見えなかった。自らが作り出した土煙が完全に視界を塞いでしまっていたからだ。だが、周囲から動揺した観客たちの声が聞こえてくるのだけは聞こえる。


――――――アア、モットダ。モット……。





ガリッ!



「っ!!」


龍の本能が良からぬ事を吹き込もうとしていた。エリカは自らの舌を噛んだ激痛で理性を取り戻す。


「……これだから、困りものです……」


エリカは再確認させられた。


騎士団という仲間であろうと、やはり彼らはヒトなのだ。本能からしてみればただの餌なのだ。理性が負ければ、何か本能を突き動かすようなことがあれば、バーバラの故郷にしたように、ここでそれを起こす事も無きにしも非ずなのだ。


だが、おかげで溜まっていた鬱憤はだいぶ抜けてくれたようだ。


エリカは土煙が晴れる前に自分が吹き飛ばしたマルコフの元へと走り出した。


(死んで、ませんよね?)


それは今さらだ、という声がどこからともなく聞こえた気がした。















何かが違うと、ジーンは感じていた。


Bブロックの試合はエリカの試合が終わった後しばらくしてから行われる予定だったので、ジャックと共に観客席からエリカの試合を見ることにしていたジーンは、目の前でマルコフをジッと見つめるエリカにそんな感覚を抱かされていた。


「なあ、ジャック……」

「分かってる。嬢ちゃん、なんか様子が変だな」


ジャックも分かっていたようだ。いつもの愛想のいい笑顔も消えて、真剣な表情でエリカを見つめていた。周りの観客は何も気が付いていない。テルミにしても、声を張り上げることに集中していてエリカのただならぬ空気に気が付いていない様子だ。


マルコフは何か感じているのだろうか、通常試合前に向かいあう距離よりもかなり離れてエリカと向き合っている。


すると、エリカがすうっと姿勢を低くした。わずかだが、腰を落とし、構えを取っている。


「飛び出す気か?」

「分からん。何かやる気なのは確かだが……」


テルミが試合の開始合図を出そうと手を振り上げている。その瞬間、ジーンとジャックはそれに気が付いた。


エリカの足元の地面が砕けている。足に相当の力を入れていることは明らかだ。それも、地面が砕けるほどの、常人レベルではない力を入れている。


それに気づいて再びエリカの顔に目を戻した時、ジーンは見てしまった。


エリカの目を。


ヒトではない、何かの目を。


敵でも、仲間でもない、獲物を見るその目を、見てしまった。


黒い髪の隙間から見えるそれは遠くから見ているだけでも怖気が走るほどのものだった。だから、エリカが何かとんでもない事をするのではないかと思った。


すぐにでもエリカに駆け寄って止めるべきだったのだろう。しかし、ジーンの身体は意志と相反して近寄ろうとすることを拒否している。






そして、何かが起こった。





何かが起こったのは確かだ。


テルミの合図と同時にエリカの姿が掻き消えたと思ったら、マルコフがいた位置で巨大な爆発のようなものが起こって土煙がコロシアム全体に立ち込めたのだ。その中で何かが硬い物にぶつかるような音がして、地面に落ちた音がそれに続いた。


エリカのスピードは、今までのゲイリーやシルヴィアとの試合で見せたそれと比べ物にならないほどの速さだった。まだ、それまでのエリカの動きは予測が出来た。


だが、今、目の前で、ジーンには何が起こったのか理解が追いつかなかった。ゆっくり考えればエリカがマルコフを強襲したことは分かった。だが、表現を直訳しても良いぐらい、「一瞬にして」動いたのだ。途中経過をすっ飛ばしたようなものだ。


「ジャック」

「ああ」


何かただ事ではない事が起こったような気がした。


ジーンはジャックと共にコロシアムの観客席から飛び降りると土煙の中に飛び込んだ。立ち上る土煙はなかなか消えず、ジーンとジャックは手探り状態で前へと進んだ。


と、何かに足を取られてつまずきそうになった。バランスを崩す前にジャックがジーンの襟首を掴んで転ぶのを防ぐ。


「すまん」

「大丈夫だ。それよりも、修練場に転ぶような段差は無かったはずなんだがなぁ……」


ジャックに言われてジーンは足元に目を向けた。


修練場は、騎士が問題なく練習できるようにしっかりと整地されている。だが、今現実にジーンは何かに足を取られた。見れば地面が大きく抉れて巨大なクレーターのようになっている。クレーターと言っても、半円のクレーターというのが正しいだろう。


「十中八九嬢ちゃんの仕業だな。さて当のご本人は何処だ?」


『な、なにが起こったのでしょうか!? 突如巨大な爆発が起きてコロシアム全体を覆い包んでいます! と、騎士エリカが騎士マルコフを抱えて現れました、って大丈夫ですか!?』


テルミの拡声器を使った声が響き、2人は慌ててテルミの姿を探した。


ようやく土煙が晴れるとテルミの近くにいるエリカの姿が目に入った。エリカはマルコフを背負ってテルミに何事か話している。そして2人がそこに駆け寄ると驚いたような顔をしてジーンとジャックを見た。


「な、なんでジーンさんたちがここにいるんですか? まだ試合じゃないですよね?」

「試合なら嬢ちゃんのおかげで大幅に遅れそうだな。という訳でちょっくら付き合え」

「はあ? ってジャックさん何軽々とあたしを担ぎあげているんですか!?」


返事を返す間もなくエリカはジャックの太い腕に掴まれて肩に担がれてしまった。エリカはジーンに助けを求めるような表情をするが、あいにくジーンも今はジャックと同意見であるがためにその視線はあえて無視することにした。


ジーンはマルコフの状態を少し見て、大事に至っていないことを確認するとテルミに後の事は任せてジャックの後を追う様にコロシアムから走って出ることにした。















「……さて、どういうつもりか話してもらおうか」


端を切ったのはジーンだった。


ジャックに拉致まがいに連れてこられたエリカは訳も分からず何故か物凄いプレッシャーをジーンとジャックから受けていた。


「な、何のことでしょうか?」


図星、と言われれば、それは間違っていない。完全に先ほどの戦いの事だろう。


短期決戦などという考えがあったわけではない。一撃で、相手を行動不能にする技をやっただけなのだ。竜だった時は、主に爪か尾を地面に突き刺していた。地面を掘り返すように突き刺してそれを思い切り相手にぶつけるというものだ。1対多数や、広範囲に相手が散らばっている時に使うものだが、至近で喰らえば即死する猛獣もいるだろう。


もちろん、エリカにマルコフを殺す気などなかった。だから、本来ならばもう少し距離を取って最も威力の出る場所にマルコフがいるようにするところを、足元、ほぼ真下に食らわしたのだ。威力が最大になってマルコフを襲う直前の、風圧をマルコフにブチかましたのだ。攻撃事態はこれ以上なく派手な上に、コロシアムの内壁をかなり破壊したようだが、マルコフ自身に入った攻撃は少ない。風圧で瓦礫よりも速くコロシアムの壁に当たったのは事実だが。


「いくらなんでも、やりすぎだろう」

「そう言われると否定できませんが、考えなしにやってるわけではないので」

「そう言う問題じゃない。あんな攻撃、一歩間違えれば死んでいたぞ」


ジャックが詰め寄ってきた。いつもの笑顔ではなく、少し怒気を含んだ顔だ。


「お前は一体、何者なんだ」

「っ……」


答える事の出来ない問いをされてしまった。だが、この状態で逃げる手段が見つからない。


「あの目、まるで猛獣みたいだ。あんな目を見たのは俺も初めてだった」


やりすぎた、と言われても致し方が無い。もとよりエリカもそう言われることを覚悟していた。至極個人的な問題を対戦相手にブチかましたのだ、諌められるどころかヒトが言うところの士道不覚悟とでもいうべき状態だろう。


「それで、エリカ、どうやったんだ?」










「…………はい?」


だから、てっきりエリカ自身の正体とか、そういう事について聞かれるものだと思っていた。それに対する言い訳を必死に考えていたエリカは、ジーンの質問に間の抜けた言葉を口から漏らしてしまった。


「だから、あんな大技、どこで身に着けたんだ? そんな細い身体で、細い武器で、あんな真似をだ。正直大剣でもあんな巨大な攻撃範囲と攻撃力は出せないぞ」

「うむ、嬢ちゃん、その技は正直俺たちが考えたこともないものだ。酷く野性的、とも言えるな。その場の状況に合わせた攻撃、見事とも言える。だが、ちょっと規模がデカすぎたな」


どうやら、この2人はそういう事に興味があるわけではないようだ。それに気が付くとエリカは今まで強張っていた自分が馬鹿らしくなってしまった。


そして2人を言いくるむべく口を開こうとした時、ジーンとジャックの背後に1人の影が現れた。


「は~い、そこまでよお2人さん。エリカ、団長がお呼びよ」


バーバラが腕を組んで立っていた。


足元のアレックスもどこか表情が硬いように思える。


(一難去ってもう一難ですか……)




ジーンとジャックの所は、もう聞かないでください。


あんのバトルマニア共は目の前に不審な事があってもエリカの技に目がいくんですから……。


さてさて、次回、エリカの正体が?! みたいな回になる予定。


ご感想などお待ちしております。



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