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第10話 目を付けられて口を滑らせれば、ね…






ジャックはエリカがフィアたちからの応援を受けている間、その様子をジッと見ていた。傍目には面白そうなものを見ているようにしか見えなかっただろうが、内心ジャックはエリカの戦闘能力に舌を巻き、どのように倒すべきか目まぐるしく思考を回転させていた。


(さてと、いったい腹に何を仕込んでいるのやら……)


殴った感触で、すぐにそれが少女の柔肌などではないことは分かった。


だが、鎖帷子くさりかたびらでもなければ、分厚い鉄板を入れているわけでもない。殴った感触も、今までジャックが感じたことのないものだった。


(魔法、か?)


だが、エリカは自分で「使ったことがない」と言っていたし、朝の段階の話だからおそらく嘘ではないだろう。フィアに教えてもらおうとしていたところからも、十中八九エリカは魔法を使っていない。それにジャックも魔法が発する違和感を感じ取ってはいない。


(まあ、ダメージが通っていないわけじゃあ、ないんだろうが……)


「……やってみれば分かるか」


ジャックは呟いて大剣を持つ手に力を入れた。















(ジャックさん、次はどう来るかな……)


エリカはフィアの声援に頷いてジャックに向き直ると、ジャックの目を見ながら考えた。


すでにジャックはエリカに対して素手の攻撃程度では効かないと気づいているだろう。戦う直前まであった身体の「遊び」が今のジャックからは微塵も感じられない。おそらく、本気の本気、と言ったところだろうか。寸止めをする気などとうに消え失せているだろう。


「嬢ちゃん、来いよ。時間がねえ」

「え? あ、そうか……」


エリカは5分間の時間制限があったことをすっかり忘れていた。チラリとヴァルトを見ると、小さく頷いて腕を胸の高さに持ってくると指を3本立てた。


「なら、お互い全力で」

「やっぱ本気だしてなかったのか。甘く見られたもんだなあ、俺も」


そう言うジャックの顔は心底嬉しそうだ。


エリカはこのヒトの身体で戦うのは初めてだが、良い相手に出会えたことに感謝した。なまじ中途半端な相手に戦うのとは違い、自らの限界を知ることが出来る。


少なくとも、今のエリカは以前の身体よりもはるかに反応速度は速い。身体が縮んで情報伝達が速くなったのかもしれない。


先ほども目に見えていない、死角からの攻撃を感じ取って反応してしまった。おそらく外野から見ていればかなり不自然な動きに見えていただろう。あとで質問攻めにされなければいいのだが。


(……考えるのは、あと!)


今は戦うことに集中する。


意識がジャックに集まったことにジャックも気が付いたのか、大剣を握る手に力が入ったのが分かった。


しばらくの間、お互い見つめ合うだけの時間が流れる。

10秒もなかったのだろうが、1分にも10分にも感じられる数秒であった。その数秒が過ぎた時、エリカは最初の同じように地面を蹴ってジャックに接近しようとする。


だが、その速度は最初の比ではない。


「は、速い!」


ジーンの驚愕の声が耳に届くのと、ジャックの目の前に着いたのと、どちらが先だったかは分からない。少なくともエリカは刀を振り始めたときに声を聞いたような気がした。


刀を振り抜こうとしてジャックが大剣で振り下ろされた刀を受け流し、受け流すために傾けた大剣を片手で軽々と振るうとがら空きのエリカの脇腹めがけて振ってきた。


しかし、それはわざとエリカが作った隙だった。そこに大剣が振るわれると、エリカは身を翻して大剣の軌跡をスルリと回避し、1回転するように反転すると反転する勢いで刀を横薙ぎに振るう。


「ひょうっ!」


軽い口調とは裏腹に鋭い動きで1歩後ずさり、最小限の動きで刀を回避すると大剣を持ち上げて勢いよく振り下ろした。


反転して着地を狙われたエリカはバランスを取れずにいた。そこを狙ってジャックは大剣を振り下ろしてきたため、エリカは体勢もままならず刀の背に手を当て、正面から大剣を受ける。


ガギッ!!


金属が擦れ、軋む嫌な音が響いて、エリカの足が地面を擦りながら少し後退する。受けた衝撃で腕の関節が壊れるかと思ったが、腕全体を黒鱗で覆うことで腕を強化し、握った刀を落とされないようにするが、振り下ろす側とそれを受け止める側、どちらが有利かは明白だ。


「ぐっ」

「どうした、こんなもんじゃないだろう?」

「も、もちろんで、すよ!」


口を開けると腹に入れた力が抜けそうになり、言葉も絶え絶えになってしまう。エリカがそう言った瞬間、大剣に込められた力が一気に増し、さしものエリカも耐え切れなくなって刀の背に当てていた手の力を一瞬緩める。直角に拮抗していた力が刀を傾けたことで崩れて刀はエリカの左に流れていく。


そして大剣がエリカの足元を穿つよりも速く飛び退くと、大剣がさっきまでエリカのいた場所に突き刺さり、修練場の地面に大剣が思い切り突き刺さり、爆発のような音と共に地面がぜた。砕け散った土が宙を舞い、土煙となってエリカとジャックの視界を封じる。


(な、なんて力……、殺すつもりですか!)


内心であまりに後先を考えないジャックの馬鹿力に悪態つきながらも、土煙の中でエリカはジャックの姿を探す。


「どうした、背中ががら空きだぞ?」

「なっ!?」


突如、背後から声が聞こえ、反射的に姿勢を低くして前に飛び込むように移動すると、土煙の中から巨大な剣が姿を現してエリカがいた場所で空を斬った。


「何時の間に……っ!」


地面を転がりながら距離を取り、立ち上がって背後に振り返ると、追撃を仕掛けてくるジャックの姿が視界一杯に広がっていた。


「遅い、遅いぞ!!」


しゃがんだ状態のエリカには振り下ろされた大剣を刀で防ぐことはできない。


(し、仕方ない!)


何も持っていない手を振り上げて、振り下ろされる大剣を手甲で受け止める。


「んな!」


予想外の行動に大剣を振ったジャックの方が驚いた。

手甲の強度などたかが知れている。それで大剣を防ごうとしたのだ、到底手甲が耐えられるはずもない。手甲が砕ける音がして大剣は手甲が守っていたはずのエリカの腕を切断、


できなかった。


……ミシリ……


金属ではない、何かとても固い物が擦れる音。

エリカは腕に黒鱗を纏い、ジャックの渾身の一撃を左手だけで受け止めたのだ。あまりの驚きにジャックの動きも止まってしまう。


「嬢ちゃん、あんたいったい……」

「はあ!」


固まった瞬間を逃す手はなかった。


エリカは右手に握る刀を思い切り突き出すとジャックの肩口を抉る様に突き抜いた。肩のアーマーが接合部分を残して剥がされ、エリカの刀はジャックの肩すれすれを通過、エリカはそのまま刀の向きを変えるとジャックの首に刀を突き付けた。


「あたしの、勝ちです」


土煙が晴れ始めた頃、ジャックは大剣をエリカの横の地面に下ろし、エリカはジャックの首に刀を突き付けていた。エリカが少しでも力を入れて刀を引けば、ジャックの首は血の噴水を吹いて切断されるだろう。


「……俺の認識が甘かったな。嬢ちゃん、あんたはきっと人間相手ならほぼ確実に勝てるだろうな」


ジャックは負けた悔しさよりも、自分よりも強い相手と戦えたことに対する感動が勝っているようだ。悔しがるそぶりも見せずにただただ笑みを浮かべていた。


「……ありがとうございます」

「それと、最後のズル、ありゃあいったいなんだったんだ?」


ジャックは気になる事をそのままエリカにぶつけていった。刀を下して鞘に納めると、エリカは人差し指を口元に当てて小さく呟いた。


「秘密ってやつです」


ジャックはきょとんとした表情を一瞬見せたが、すぐに諦めたようにため息をつくと、大剣を背中に戻してエリカと共に歩き出した。


「どうやら、決着はついたようだな」


ヴァルトは口元に笑みを湛えながら、2人に近づいてきた。そこにジーンとフィアが走り込んできて、フィアはそのままエリカに抱き付いた。


「さっすがエリカちゃん! こんな筋肉ダルマに負けるわけないわよね!」

「むぎゅっ、フィアさ、あわわわっ」


突如抱き付かれて無防備な恰好をさらけ出していたエリカは勢いに押されて地面に押し倒された。押し倒したフィアはエリカの上で満面の笑みを浮かべている。


「ジャック、手加減は……、してないよな」

「あったりめえよ。純粋に嬢ちゃんは強いぜ?」

「ということは……」


男2人の話を聞いていたエリカは、そこで隣にいたヴァルトを見上げ、ヴァルトはエリカを見下ろしながら小さく頷いた。


「エリカ、君は合格だ。晴れて我らアクイラ騎士団の仲間となった」


ヴァルトの言葉に、エリカは少し頬をほころばせ、頷いた。


「おめでとう、エリカ」


フィアがエリカの上で拳を上げ、本人以上に喜び、ジーンとジャックが笑いながらその様子を見ていると、やや離れた場所にいたバーバラがアレックスを連れて近づいてきた。フィアが気づいてそそくさとエリカの上から退くとエリカの手を握って引き起こした。


「この間はごめんなさいね、長旅で疲れてろくな挨拶も出来なくて」

「い、いえ」


柔らかい笑顔とは裏腹に、バーバラの目つきは笑っていない。


「改めて自己紹介させてもらうわ。私はバーバラ・ファタル、この子は相棒のアレックスよ」


バーバラは寄り添うように足元で直立不動だったアレックスに視線を送る。それに沿ってエリカもアレックスに目を向けると、ばっちり目が合った。

アレックスは何故か睨むようにこちらを見ているが、エリカの興味はその目つきよりもアレックスの身体に向かった。


そして……



モフッ



アレックスの頭を撫でると、何とも言えない撫で心地がエリカの手を包んだ。

固すぎることもなく、柔らかすぎることもないほど良い毛並が最高の触り心地を演出している。



モフモフ……



「エ、エリカちゃん?」


フィアが恍惚な笑みを浮かべるエリカに恐る恐る聞いてくるが、エリカは返事もせずにアレックスの首に手を持っていく。


「ふふ、エリカはアレックスが気に入ったみたいね」


バーバラが妙に嬉しそうな笑い声を上げたのにアレックスが反応して、アレックスはエリカから離れようとする。


だが、エリカは首に手を回してアレックスの逃亡を妨害する。


<や、やめんか!>

「あ、やっぱり喋れたんですね」


我慢できなくなったアレックスが傍から見ればただ鳴いているだけの声で叫んだのに対して、エリカはアレックスの耳元で小さく、誰にも聞こえないほど小さい声でポツリと口を開いた。


エリカが自分の言葉を理解していることに驚いたのかアレックスの身体が一瞬硬直した。


<そなた、何者だ?>


当然のような質問がアレックスから聞こえてくるが、あいにくエリカに答える気はなかった。今はそれよりも大事な事があるのだから。


「うりゃ♪」


モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフッ!


何とも子供っぽい声を上げると、エリカは大きなアレックスの身体に抱き付いて頬をスリスリし始める。


<ななっ!? くっ、やめろと言っているだろう!>

「聞こえませ~ん♪」


あまりの触り心地の良さに、完全にエリカは我を忘れてしまった。


黒鱗に覆われていたエリカの身体は柔らかさを微塵にも感じたことなど無かったし、今の身体になってこんなに肌触りの良い物に出会ったのは初めてだった。


「エリカ、アレックスが嫌がっているのだけれど……」


バーバラが苦笑しながら近寄ってきたので、ようやくそこでエリカはアレックスを解放した。解放されたアレックスは心底疲れたのかぐったりとしてバーバラのマントの中に逃げ込んでしまった。


「バーバラさん、アレックス、また貸してもらってもよろしいですか?」


未だに自分の世界から抜け出さないエリカは手をワキワキさせ、妖しい目でマントの中のアレックスを見つめる。その視線に何かを感じたのかアレックスは一瞬飛び跳ねるような動作をした後、バーバラの反応を気にして顔を見上げた。


「使い潰さないでね?」


おそらく、アレックスは必死に止めてくれ、と懇願していただろう。

だが、彼の思いはバーバラの無情な了承で見事に打ち砕かれた。


返事を貰ったエリカは嬉しそうに頬を綻ばせて大きくお辞儀をすると、礼を言い、なんとその場でバーバラのマントの中に飛び込もうとしたので、さすがにやりすぎだという事でフィアの強烈な一撃を頭に受ける結果となった。















その夜、エリカは部屋のベランダから夜空を眺めていた。


戦闘試験の後、その後の事務処理を行うと言ってヴァルトは宿舎に戻り、バーバラはさすがにアレックスを心配したのかいつの間にかアレックスを連れてどこかに行ってしまっていた。


エリカはジーンたちと共に食堂で入団記念の宴に付き合った。

先日初めて会った騎士団の人々も、エリカの突然の入団に始めこそ驚いた表情を見せたが、すぐにそれは拍手に変わり、その時食堂にいた全ての騎士がエリカの入団を心の底から喜んでくれた。


「ヒトとは、不思議なものです」


フィアはすでに床に就いている。どうやら騒ぎすぎたのと酒を飲みすぎたのが原因で食堂で夢の世界に旅立ってしまった。エリカともう1人の女性騎士と共にこの部屋まで運び、ベッドに投げ込むとすぐに丸まって静かな寝息を立て始めた。


「あたしたちなら、1年経ってもよそ者など信用しないのに……」


龍は警戒心が強い。それはエリカとて例外ではない。


だが、騎士団の人々はすぐにエリカを受け入れてくれた。竜人族の者でも、初めてエリカやエリカの父親と顔を合わせた時はエリカたちに武器を向けた。恰好が問題だったのかもしれないが。


同族であれば、警戒心は緩いのだろうか?


エリカは内心で首を傾げる。

だが、ヒト同士でも国が違えば、かなりの警戒心を持つという。ならば素性も知れぬエリカがすぐに信用された理由が分からない。


エリカとして見れば、これ以上にありがたいことはないし、感謝もしている。

しかし、どうしても話が上手すぎる気がしてならないのだ。500年も生きていると、相手を疑ってかかる癖が付いてしまう。簡単に相手を信用できない自分にエリカはため息をついた。


「やはり、ここのヒトが特別なのでしょうか……」


誰に聞くでもなく、ただ呟く。

夜空は雲1つなく晴れ渡っており、端の欠けた月が辺りを照らしている。


「ここで特別なのは、あなたじゃない?」

「っ!?」


期待していなかった返事が返ってきて、振り返ると室内にバーバラがいた。もちろん、その隣にはアレックスがちょこんと座っている。


「こんばんは、エリカ」

「……部屋のドアには鍵がかかっていたと思うのですが?」


昼とは明らかに違う空気を纏うバーバラに、エリカは警戒心むき出しで言う。あいにく、寝る直前だったので刀はベッドの傍だ。今のエリカは丸腰、相手は腰に剣を帯びている上に、アレックスを勘定に入れると2人だ。分が悪い。


殺気を遠慮なくバーバラにブチかましているのだが、バーバラは怯む様子もなく、むしろそれを感じ取って笑みを深めている。それがエリカには理解できない。


(戦いに来たわけではない……?)


最初の気配は間違いなく戦う時のそれかと思えた。だが、いざエリカが戦闘態勢になるとバーバラはその気配を霧散させてしまった。アレックスも大人しく座っているだけだ。


するとバーバラは頭に指を当てて考え込む仕草をし始めた。


「その殺気、やはり身に覚えがあるわ。でも、あなたみたいな少女から受けたものじゃない……。まるで、ドラゴンのよう……」

「っ!」


ドラゴンという単語に反応してつい身構えてしまった。すると、それを待っていたかのようにバーバラはエリカに向き直ると口を開いた。


「覚えてない? もうだいぶ前の事だから私だって忘れかけていたけれど……」

「え……」


バーバラは穏やかな表情で笑みを浮かべている。その顔をエリカは目を細めて見つめていると、記憶の中のとある1人の輪郭とそれが一致した気がした。


「……パフィオベディルム、殿?」


無意識のうちに呟くと、バーバラが満面の笑みを浮かべた。エリカがすでに遅すぎるのだが自分の口を押えて後ずさりする。


<パフィオ……、なんだそれは?>


今まで黙っていたアレックスがバーバラを見上げると、バーバラはエリカから目を逸らさずにそれにこたえる。


「私の古い名前よ。300年くらい前の」

<なんと! ではやはりそなたは……>


「エリカ……」

「…………」


駄目だ。言わないで。それを言われたら自分はここに居られなくなってしまう。


「私はあなたに会ったことがある、300年前に」


いけない。それ以上は。


だが、バーバラは1歩前に出るとエリカに決定的な打撃を与える言葉を口にした。


「あなた、ドラゴンね?」


刹那、エリカの意識は真っ白になってしまった。





ばれちゃいましたね♪


さてさて、どうなっちゃうんでしょうか!?


そしてバーバラの正体とは……近々公開予定! です


一応言っておきますが、バーバラは良い人ですから。


感想などお待ちしております!!



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