プロローグ
始まるぞぅ!
長いこと、眠っていたような気がする。
昨日の夜、眠りにつき、今日の朝、目覚めただけなのに、なぜか『彼女』はそう感じた。
視界は狭く、あれだけ狭く感じていた我が家の天井が物凄く高く感じられる。
大きく体を伸ばそうとして身体の異変に気が付く。
『彼女』の身体は真っ白だった。
透き通るほど白く、細い手が視界に映る。
だが、それは『彼女』の見知った自分の身体ではなかった。
『彼女』の身体は黒かったはずだ。そう、漆黒という言葉が似合う、どこまでも深い黒だったはずだ。腕はたくましく、こんなか弱い、華奢な体つきではなかった。
そして何より、こんなに小さくなかったはずだ。
訳が分からない、混沌とした考えが『彼女』の意識を支配する。自らの身体に触れて、その柔らかい触感に愕然とする。
―――――――これではまるで…………、
―――――――いつも食べる餌のよう…………。
近くにある水飲み場に向かおうと立ち上がり、その視界の低さに驚かされる。『彼女』は我が家であるこの洞窟が狭く感じるほどの高さがあった。いつも首をもたげてなければ、この寝床には入らなかった。別段外で寝ていても構わなかったのだが、父がそれを許さなかった。
それはともかく、立って自らの足を見る。細く、透き通るような白い足がすらりと伸びている。だが、今の『彼女』には絶望しか与えない。
自分の身体なのに、自分の見知った身体じゃない。それがどれだけ『彼女』の心を引き裂いたかは、想像に難くない。
慣れない自らの身体でヨタヨタと歩き出すと、洞窟の出口に近い水飲み場に駆け寄る。山の頂上付近にあるこの洞窟にどうして水が湧いているのか考えたことはなかったが、さらさらと流れる水が今は『彼女』の唯一の頼みの綱だった。
どうか、悪い夢であってくれ……。
『彼女』は心の中で叫びながら、水飲み場の水を覗き込み、それが夢などではないことに気づく。
水に映ったのは、鋭い牙でも、固い鱗に覆われた顔でもなく、黒く長い髪を伸ばして、真っ白な肌を持った、少女だった。
それを見て、『彼女』はその場にうずくまった。
―――――――ありえない、ありえないあり得ない有り得ないアリエナイ…………。
だが、現実は何一つ変わらない。
『彼女』は『ヒト』になったのだ。
森の中を、細い道が通っている。
その部分だけきれいに木々が切り倒され、大きな馬車が通るのに差支えが無い程度の道が整備されている。
その中を、1台の馬車がゆっくりと進んでいる。
荷台は白い布で覆われており、2頭の馬がその馬車を曳いている。その馬車の前を数人の人影が歩いている。
茶色いマントをかぶり、その顔を窺い知ることはできないが、マントの上からでも、先頭を行く人影が巨大な武器をマントの下に背負っていることは一目瞭然であった。持ち手がマントを持ち上げて、前が少しはだけている為、その恰好はかろうじて見ることができる。
ガチャガチャと、金属の擦れる音が響き、彼らが鎧を着込んでいることが分かる。
そして、その鎧が赤を基調とする装飾を施されていることが、先頭を行く男から知ることが出来た。
「暑い……」
先頭を行く人影、声から男だと分かったが、まだ若い声がして、背後の人影がため息をついた。
「へばるんじゃねえぞ? まだここはエオリアブルグの領内だぞ」
年季の入った、中年の男がマントの中から言うと、先頭を行く青年が背中を丸めて足を止めた。
「行きは馬車だったのに、どうして帰りは歩かにゃならないんだよ……」
「仕方なかろうに。ここ最近、旅人が襲われる事件が相次いでいるからな、相手が相手だ、俺たちが休むわけにはいかんだろうが」
「それはそうなんだが……、このマントどうにかならないのか?」
釈然としない青年は自らが羽織るマントを指差して忌々しそうに言った。
中年の男が呆れた様子で腕を組むと、ため息混じりに口を開く。
「俺たちの格好じゃあ、目立ってしょうがないだろうが。行きは馬車に乗っていたから気にしないですんだが、森の中で真っ赤な鎧じゃあ、山賊に金持ちだって宣伝しているようなもんだぞ?」
「この森に山賊がいたのか……。食われるんじゃねえか?」
「例え話だよ。とにかく、森にいる『あいつら』に気づかれないためには、目立たないようにするしかねえ。見つかったら戦うしかないようにな」
『あいつら』と言う時、中年の声のトーンが一瞬下がった。
背中を情けなく曲げていた青年も一瞬纏う空気が張り詰め、自然と姿勢が正されていく。
「はあ、分かったよ……。さっさと城に帰って上手い飯が食いたいもんだ……」
青年は我が家を愛しんで空を見上げる。
森の木々の合間から見える空は雲1つなく澄み渡っていた。
プロローグでこんなことを言うのもなんですが、
終わる気がしないZE!
え? そういうもん?
良かった……。
ファンタジー物は1度書いてみたかったのですが、周りのみなさんとの文才の差から手を出そうとはしていなかったのですが、この度、無謀にも手を出してしまいました。
いつ終わるかも、続けることが出来るのかも、お先真っ暗な作者でありますが、生暖かく見守っていただけると幸いです。