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嘘つきな春  作者: 柚月


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最終章 春暁

目が覚めたとき、部屋には光が差し込んでいた。


6時10分。アラームより3分早い。いつものことだった。


カーテンを開けると、空は青かった。


薄墨色の雲は、もうなかった。


結菜はしばらく、その空を見ていた。


事件が解決してから、数日が経った。


佐伯の起訴手続きは進んでいる。


歩美の件も、検察に送られた。


全部、終わった。


そう思うのに、歩美の顔が、ふとよぎった。


あの笑顔。15年間、ずっと見てきた笑顔。


心配してくれてると思っていた。


友達だと思っていた。


でも今は、不思議と、涙は出なかった。


ただ、静かに、胸の中に沈んでいく感じがした。


着替えて、鍵を持ってドアを閉める。


エレベーターを待つ間、窓の外を見た。


桜が、満開だった。



署に着くと、木崎がすでにデスクで資料を広げていた。


コーヒーが、音もなく置かれた。


ちょうどいい濃さだった。


「おはようございます」


「うん」


いつもと同じだった。


何も変わっていなかった。


それが、今日はありがたかった。


「佐伯の件、検察から連絡がありました」


木崎が資料を見ながら言った。


「起訴、確定です。歩美の送検も、完了しました」


「そう」


結菜はコーヒーを一口飲んだ。


「鈴原さん、喜んでくれてるかな」


木崎は少し間を置いた。


「そう思います」


結菜は窓の外を見た。


頭の中に、鈴原の部屋の付箋が浮かんだ。


——今度こそ、止める。——


止められたよ、鈴原さん。


あなたが繋いでくれた線が、全部に届いた。


一人で戦い続けてくれて、ありがとう。


結菜は静かに、目を閉じた。



「清瀬さん」


昼前に、木崎が声をかけてきた。


「少し、出ませんか」


「どこに」


「署の近くに、桜並木があります」


結菜は木崎を見た。


木崎は特別な顔をしていなかった。


ただ、いつもの真っ直ぐな目だった。


「……行こうか」



桜並木は、署から歩いて5分の場所にあった。


満開だった。


ピンク色の花びらが、風に乗って、ゆっくりと舞っていた。


2人で並んで、桜の下を歩いた。


特別なことは、何も起きなかった。


何も言わなくても、それでよかった。


結菜は歩きながら、空を見上げた。


15年間、春が怖かった。


桜を見るたびに、あの頃を思い出した。


温かい風が吹くたびに、胸が痛かった。


鈴原さんは、誰かを守るために戦い続けた。


西条先生は、誠実に生きていた。


美咲さんは、全部受け入れて隣に立ち続けた。


そして歩美は——歩美のことは、まだうまく整理できない。


でも、もう引きずらなくていい。


そう思えた。


花びらが、1枚、結菜の肩に落ちた。


払わずに、そのままにした。


「木崎」


「はい」


結菜は歩きながら、前を向いたまま言った。


「いつも隣にいてくれて、ありがとう」


木崎は少しの間、黙っていた。


桜の花びらが、2人の間を静かに舞った。


「……いてもいいなら、これからも」


その言葉は、静かだった。


宣言でも、告白でも、なかった。


ただ、真っ直ぐだった。


結菜は少し、口元が緩んだ。


「いてください」


それだけだった。


それだけで、十分だった。


2人は並んで、桜の下を歩き続けた。


花びらが、風に舞った。


空は青かった。


また、春が始まる。



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