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嘘つきな春  作者: 柚月


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第5章 痕跡

「……歩美」


結菜は資料を持つ手が、わずかに震えているのに気づいた。


「清瀬さん、この人物を知っていますか」


知っている。15年間、友人だと思っていた。

大学時代のことも知っている数少ない存在。

ずっと、心配してくれていると思っていた。


「……同じ大学の、同級生だ」


木崎が静かに息を吸った。


「メッセージの内容を、確認しますか」


結菜は一度だけ、深く息を吸った。


「……読む」





鈴原と歩美のやり取りは、3ヶ月前から始まっていた。


最初の送信者は、鈴原だった。


――――――――――


鈴原「長谷川さん、突然失礼します。ライターの鈴原隆太と申します。佐伯涼さんの取材をしていて、あなたのことを知りました」


歩美「……何のご用でしょうか」


鈴原「大学時代のことです。佐伯さんを動かしたのが、あなただということが取材でわかりました。清瀬結菜さんに何があったか、あなたは最初から知っていましたよね」


歩美「何のことかわかりません」


鈴原「とぼけなくていい。証拠があります。当時あなたが佐伯さんに送ったメッセージのコピーを持っています」


歩美「……どこでそれを」


鈴原「それは直接お会いしたときに。清瀬さんに謝ってほしい。それだけです。警察に持っていく前に、あなた自身の口で」


歩美「私は何もしていません」


鈴原「清瀬さんへの件は、時効です。逮捕はできない。でも、あなたが何をしたか、世間に知らせることはできる。あなたの実家のこと、ご存知ですよ。社会的な制裁を与えることは、十分できます」


歩美「……脅しですか」


鈴原「違います。けじめをつけてほしいだけです。謝るなら、私も考えます」


歩美「……少し待ってください。会って話しましょう」


――――――――――


結菜は画面から目を離せなかった。


鈴原は取材で佐伯を調べていた。


佐伯を調べていくうちに、歩美の存在を知った。


そして——結菜のことも、知っていた。


「続きがあります」


木崎が静かに言った。


――――――――――


鈴原「佐伯さんには、別途お話ししています。清瀬さんへの件は時効ですが、その後も同様の犯罪を繰り返していたことが取材でわかっています。そちらは時効ではない」


歩美「それは佐伯が勝手にやったことです。私には関係ない」


鈴原「清瀬さんへの件だけは、あなたが関わっている。そこだけは、けじめをつけてほしい」


歩美「……私が謝る必要はありません」


鈴原「そうですか。では、記事にします」


歩美「待って。会いましょう。話しましょう」


鈴原「……わかりました」


――――――――――


そこでメッセージは途切れていた。


その日付は、鈴原が殺された3日前だった。



結菜は資料をテーブルに置いた。


会議室が、静かだった。


木崎は何も言わなかった。ただ、結菜を見ていた。


「……鈴原さんは」


声が、かすれた。


「佐伯を取材していて、歩美に辿り着いた」


「そのようです」


「佐伯は……私への件だけじゃなかった。他にも被害者がいた」


「はい」木崎は静かに言った。

「取材資料の中に、複数の被害者への取材記録が残っていました」


結菜は目を閉じた。


佐伯涼は、結菜を最初の被害者として、その後も繰り返していた。


怖がる姿が、ひれ伏す姿が——あの男にとっての快楽だった。


結菜が声を上げられなかった15年間、佐伯は誰かを傷つけ続けていた。


それは結菜のせいじゃない。


わかっていた。


でも、胸が痛かった。


「清瀬さん」


木崎が、静かに遮った。


「あなたのせいじゃないです」


結菜は目を開けた。


木崎は真っ直ぐ結菜を見ていた。


「声を上げられなかったのは、あなたが弱かったからじゃない。

追い詰められていたからです。悪いのは佐伯と、唆した長谷川歩美だけです」


結菜は少しの間、木崎を見ていた。


「……そうだね」


声が、思ったより静かに出た。


「でも、今度は私が動く番だ」


木崎は頷いた。





さらにクラウドストレージのフォルダを開くと、もう一つのファイルが出てきた。


メッセージは、大学時代のものだった。


15年前。結菜がまだ大学にいた頃。


――――――――――


歩美「涼くん、結菜のこと好きなんでしょ?」


佐伯「……まあ」


歩美「あの子ね、先生と付き合ってるみたいだよ。こっそり見ちゃった」


佐伯「は?マジで?」


歩美「涼くんのこと、眼中にないみたい。かわいそう」


佐伯「……あいつ、俺のこと馬鹿にしてんのか」


歩美「どうする?このまま黙って見てるの?涼くんなら、もっとうまくやれると思うけど」


――――――――――


結菜は画面を見つめた。


歩美が、佐伯の怒りに火をつけた。


「もっとうまくやれる」


——その言葉が何を意味していたのか……そして実行した。


歩美は、最初から知っていた。


いや、仕組んでいた。


「……全部、歩美だった」


声が、自分のものに聞こえなかった。


「最初から、全部」


木崎は何も言わなかった。


結菜は椅子の背に、ゆっくりともたれた。


心配してくれていると思っていた。


友人だと思っていた。


その人間が、15年前に全部仕組んで、ずっと笑顔で連絡をくれていた。


スマートフォンに、歩美からのメッセージが届いていた。


「結菜、最近どう?なんか元気なさそうで心配してるよ。会えたら嬉しいな。」


結菜は画面を見つめた。


今この瞬間も、歩美は心配する親友を演じている。


15年間、ずっと。


結菜は返信しなかった。


スマートフォンを、静かに裏返した。





「木崎」


「はい」


「このメッセージだけじゃ、令状は取れない」


「……そうですね」


木崎は静かに言った。


「状況証拠としては十分ですが、歩美が教唆犯だと断定するには、もう一手必要です」


「佐伯を、もう一度呼べますか」


木崎は少し間を置いた。


「歩美のメッセージを、見せますか」


「見せる」結菜は立ち上がった。「崩す」


木崎は頷いた。


「……わかりました。手配します」


結菜は窓の外を見た。


夜が来ていた。


桜の蕾が、街灯に照らされて、白く浮かんでいた。


もうすぐ、咲く。


でも今夜はまだ、戦いの途中だった。


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