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第2話:本日の会合ですが気をつけて下さい


今年度で創業300周年を迎える『時雨-SHIGURE-』は周年セレモニーに向けて大規模なプロジェクトが動き出した。

13代目として、代々受け継がれてきた時雨の伝統工芸の職人としても、ジュエリーのデザインナー兼職人としても私の今まで培った職人技を披露する場でもある。

おばあ様に認めてもらうためにも必ず、このプロジェクトを成功させなくてはいけない。


午後に周年セレモニー実行委員会の会議が終わり、プロジェクトメンバーの社員たちが次々に会議室を後にする中、隣の席で控えていた冬茉が立ち上がる。


「社長、本日の会食まで時間があります。

いかがなさいますか?」



席から立ち上がった冬茉がまだ座っている私の隣に立って、私に問いかける。


「会合の場所ってどこだったけ?」


私は座ったまま、ノートパソコンを閉じて、冬茉を見上げると思ったより高い位置だったことに私は驚いた。

”冬茉ってこんなに身長高かった?”


「本日の会合は懐石料理 久隆(くりゅう)です。

会社からですと車で15分ほどで到着できます。」


「そういえば、冬茉って身長何センチだっけ?」


突然、話が変わったことに驚いた冬茉が少し固まった。


「…身長ですか?

今年の健康診断で測ったときは182㎝だったと思いますが…


突然なんですか。」


眼鏡越しからでもわかるくらい目を細める冬茉に私は気にもせず「そうか、180超えたんだね」と言って立ち上がった。


「でた、陽緖莉さんの突然、話しが変わる現象。」


「それで会食場所まで車で15分だっけ?」


私が歩き始めると一歩後ろを歩いて冬茉がついてくる。


「でた、次は話しが戻る現象。

もう、慣れましたけど回答に困るのでやめてほしいっていいましたよね。」


少し不機嫌そうな冬茉の声が後ろから聞こえる。

私は立ち止まって、冬茉の方に向く。


「だって、気になるんだもん。

しょうがないでしょ」


私は笑いながら冬茉に言うと、はぁ、とため息をついて、冬茉は額に手を当てた。


「これぞ、陽緖莉さんですね」


「わかればよろしい!」


私は前を向き直って、歩き始める。


「工房へ行きますか?」


「うん、会食まで2時間もあるし、仕上げたいのやろうと思って」


そう私が言うと冬茉が「わかりました。お手伝いします。」といって会社のビルに入っている工房階に向かった。




うちの会社は5階建ての自社ビルで階層ごとに部門が分かれている。

1階はジュエリーショップ 時雨-SHIGURE-

2階は工房・倉庫

3階は営業・企画・広報などの部門

4回は会議室と休憩ルーム

5階は社長室・応対室・事務課

にわかれている。



周年セレモニーでお披露目する、簪や櫛、新作のジュエリーを完成させるため空いた時間には、自社ビルの中にある工房に赴き、他の職人たちと一緒に作品の制作を行っていた。




工房階につくと、他の職人たちとすれ違っていく。


「社長、お疲れ様です。

本日も制作ですか?」


職人部屋に入ると檜や白樺などの木のにおいと鉄のにおいが混ざりあう香りがした。

今、話しかけてきたのは職人たちのリーダー室沢 隆秀(むろさわ たかひで)

私の親戚のおじさんで時雨家の伝統製法を伝承されている一人でもある。


繊細な技も難なくこなし、簪や櫛はもちろん、ジュエリーの輝きも曲線も天下一品。隆秀の手がけた作品を求めてオーダーメイドする顧客も少なくない。


そして、隆秀叔父さんと私はとても仲がいい。


「むさじーぃ、敬語はやめてっていつも言ってるのに。」


私が腕を組みながらいつもの愛称で呼ぶと隆秀はぶっと吹いて、私の唇に人差し指を立てた。


「しー!!

会社でそう呼ぶのやめてって、言ったよね!」


すごく焦っている隆秀。会社だとクールで強面、だけど教えるのも仕事も丁寧な頼れる上司だ。

プライベートの隆秀は陽気で面白いおじさんというオンとオフのギャップが激しい。

隆秀自身、会社の人たちにはオフの姿をあまり見られたくないと話していた。

そのため、私の呼ぶ愛称は隆秀からしたら会社では絶対に出してほしくないベスト3にランクインするのだ。


周りで作業をしている、他の職人たちがクスクス笑ってこちらの様子を伺っている。

私と隆秀のやり取りは他の社員からしたら「コントをしている」ように見えるらしく、職人たちの間では風物詩として他の部署にも広まりつつある。

私と伯父さんの印象は、少し近寄りがたい雰囲気があるみたいだけど、私たちのやり取りを目撃した社員はそれ以降、普通に話しかけてくれるようになった。


「だって、敬語は絶対にやめてって言ってるのに敬語で話しかけるんだもん。」


私がほっぺを膨らませて隆秀に言うと隆秀はごめんポーズをする。


「悪かった、職人部屋にいるときは敬語禁止だったな。」


「わかればよろしい。

ホントに隆秀さんからの敬語は何年経っても慣れないなぁ」



そう言いながら作業台に座ると冬茉が完成まじかの指輪と作業用のエプロンを持ってくる。


「こちらがあと磨き作業のみとなります。」


冬茉が作業机に磨き用セットを速やかに並べる。


「ありがとう」

エプロンを受け取り、装着すると私は作業に取り掛かった。








「終わったーぁ」


完成した指輪をケースに入れて私は伸びをした。



横から冬茉が用意された急須と湯呑を片手に現れる。


「お疲れ様です。

緑茶をお持ちしました。

おやつにミニ大福もどうぞ」


そう言って、急須から注がれた緑茶の入った湯呑と一口サイズの大福が乗ったお皿が休憩机に置かれる。


「ありがとう、冬茉!

会食の前は緑茶と大福よね」


冬茉は隆秀や他の職人たちに緑茶と大福を休憩机に並べて、職人たちと一緒に休憩時間を満喫した。




職人たちと休憩時間を楽しみ、会食の時間が近づいてきたため冬茉とともに会社を後にした。



運転手が運転する車の後部座席に冬茉とともに乗り込み、流れる景色を眺めていると冬茉が話始めた。


「陽緖莉さん、これから会合予定の宮原さんには気をつけてくださいね。」


「そうね、宮原商事とは代々、時雨家と取引してるから穏便にしてるけど

現社長の宮原 和明(みやはら かずあき)は毎回会うたびに口説かれるのよね」


「やめてほしいんだけどな」と私は付け加えた。


「嫌なことはちゃんとお断りしないとダメですよ」


それを聞いていた冬茉が優しく私にいう。


「うん、断ることはできるんだけど

今後の取引とかに響いたりしないかな」


「大丈夫です。何かあれば僕がなんとかします。」


冬茉は胸をポンっと叩いた。


「今日は冬茉もいるから安心ね」



ほどなくして、会合場所の懐石料理屋に到着した。


入口でお店の人が出迎えに来ており、ドアマンのエスコートで車を降りると店内へ案内された。


看板には-懐石料理 久隆(くりゅう)の文字が。

このお店はよく使う行きつけのお店だ。


「時雨様、ようこそおいでくださいました。

お部屋にご案内いたします。」


入口に入るとお店の女将が丁寧にお辞儀をし、個室へと案内される。



「本日は椿の間となっております。

さぁ、どうぞ。

お履き物はこちらでお脱ぎください。」


女将がそういうと障子が開かれ、中に案内される。

ヒールを脱ぎ、個室に入ると10畳ほどの大きさでテーブルは掘りごたつになっている。

入口と反対側はお店、自慢の日本庭園が写し出されていた。

手早く、お茶の準備を済ませた女将が立ち上がる。


「お連れ様がそろいましたら、お食事の準備をいたします。

ごゆるりと」



そう言ってふすまが閉められた。


一緒に入ってきた冬茉と周年プロジェクトの資料を用意と話すことの最終確認をしていると和明が個室に入ってきた。


和明とあいさつを交わし、会食をしながら周年プロジェクトのプレゼンを行う。

隣に座った冬茉が資料などを準備しながら、私や和明に渡していく。

和明は見た目はイケメンだ。

前髪はコンマヘアに韓国マッシュショートをかっちりしすぎず、自然な感じにセットられ、切れ長の瞳にバランスのいい鼻筋。

鍛えているであろう肉体がスーツの上からでもわかるほど魅力的な体型。

外見偏差値は上位にランクインする和明は数多の女性から引っ張りだこだ。

ミステリアスな雰囲気がありつつも仕事には熱心で実際に代表に就任してから宮原商事は右肩上がりだ。


今回のプロジェクトにも意欲的に参加してくれると返事ももらった。


悪い人ではないし、女性からもモテるんだろうけど…


どうしても私は苦手だ。


「最近、陽緖莉さんに恋人はできましたか?」


和明が日本酒をおちょこでたしなみながら私に聞く。


「今は周年プロジェクトに全力を注ぎこんでいるので、恋人なんか作っている暇がありません。」


私がそういうと私にもう一つのおちょこを渡してくる和明。


それを見ていた秘書の冬茉が割って入る。


「宮原様、申し訳ありません。

社長は日本酒がお好きではありません。

代わりに僕がご一緒いたしましょう」


冬茉がそう言っておちょこを受け取ろうとすると、おちょこが目の前から消えた。


「陽緖莉さんと飲めないなら意味がない。

秘書君は黙ってて。」


そう言われた冬茉が「はい、申し訳ありません」と少し後ろに下がった。



「この後、2人で飲みなおしましょう。

もっと、陽緖莉さんのことを俺は知りたい。

どうかな?」


妖艶な笑みを浮かべる和明に陽緖莉は身震いをした。

容姿端麗で仕事もできる和明だが、プライベートになると下心は丸見えなのが受け付けない。


「お誘いいただいたのに申し訳ありません。

お断りいたします。」


「ははは、さすが陽緖莉さんだ。

いつも、きっぱりお断りするんだよなぁ」



和明は苦笑いをしながら先程、一旦下げたおちょこに日本酒の入った徳利からお酒を注ぐ。


「このあと、陽緒莉さんが好きそうなカクテルの有名なバーに行こうと思ったんだけど仕方ないね

ここで飲み直すしかないから君も付き合ってくれるでしょ?」


微笑みながら日本酒の入ったおちょこを再度、私の前に差し出した。


”この人のこうゆうところが苦手なのよ

1回断ってるんだから断りにくいじゃない”



「しょうがないから付き合ってあげるわ」


私がそう言っておちょこを受け取ると和明が笑った。


「陽緒莉さんが飲みやすいように純米大吟醸の甘口にしておいたよ」


和明と乾杯をして一口嗜む。


あまり日本酒を飲んだことがないがこの日本酒は飲みやすい。

口当たりも柔らかく、お酒の風味も強くない。

かと言ってあっさりした呑みあたりで深みのある味わいだ。


「どう?

この日本酒、飲みやすいでしょ」


にっこり微笑みながら私を見つめる和明。

彼を褒めるのは嫌だが、女性慣れしているだけある。


「とても飲みやすい日本酒ですね」



「そうでしょ」と言いながら徳利を私に向ける和明。

”次を飲め”と言うことね。


私はおちょこに入っている日本酒を一気に飲み干し空になったおちょこを両手で差し出した。


「でも私、日本酒はあまり好きじゃないわ

これが最後でお願いします。」


私は満面の営業スマイルで「次はいらない、もう帰る」の意味を込めて和明に言い放った。



「それは残念だ

今度、会合するときはイタリアンのお店にしよう

飲みやすいお酒も多いし、料理も美味しいところ知ってるんだ」


和明はそう言いながらおちょこ並々に日本酒を注いだ。


「考えておきますね」


私はそう言うとおちょこに入っている日本酒を一気に飲み干した。



「本日はもう遅いですし、これで失礼させて頂きます。

冬茉帰るわよ」



私が立ち上がると隣で控えていた冬茉が立ち上がった。


和明も立ち上がると私にお辞儀をした。



「本日はありがとうございました。

今回のプロジェクトも素晴らしい企画でした。

今後とも宮原商事との取り引きをお願いします。」



個室の出入り口にきた和明が丁寧にお礼の言葉を述べる。


「こちらこそ、本日はお時間を頂きありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。」


私も感謝の言葉を述べ、お辞儀をした瞬間、酔いが回ったのか前に倒れ込んでしまった。


転ぶ!

と思ったときには誰かに支えられていた。


「お酒が回ってしまいましたか?

陽緒莉さんから飛び込んでくるのは初めてですね」


冬茉かと思ったがこの声は違う。


「和明さん、申し訳ありません。」


私は咄嗟に離れようとしたが腰に手を回されて和明に引き寄せられる。



今まで和明に隙をみせてこなかったのにしくじってしまった。


「日本酒が弱いと聞きましたがホントだったとは…


「知ってて、飲ませたの?

最低ね」


私は和明から離れるため、鍛えあげられた胸板を両手で押す。

だが、腰に回っている左腕がさらに私を引き寄せて離れない。


空いている右手でカールのかかった私の髪をひと束手に取ると和明が口付けた。


「君と出会って、何度触れたいと思ったことか…

やっと願いが叶った。」



「ちょっと、和明さん

いい加減にしてください!」



全然、離してくれない和明に困っていると冬茉が割って入ってきた。


「宮原様、お取り込み中に申し訳ありません。

さすがに度がすぎます。」



いつもの声のトーンよりかなり低い声で冬茉が和明に伝える。



冬茉に引き寄せられて彼の元に収まるとなんだか安心した。


「本日はこれにて失礼致します。」



冬茉が和明にそう言うと私の腰に手を回し、エスコートしながら会席料理屋をあとにした。






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