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現世に転生したけどDNAをいじれるだけなので、ひっそり暮らします  作者: 伏木 亜耶


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7/20

警察署からの帰り道、またひっそり暮らしたくなった

警察署。


取調室のような部屋に通されて、僕は硬い椅子に座っていた。

向かいには、刑事らしき男性が二人。


「それで、佐藤くん。もう一度確認するけど、暴れていた生徒たちに、君は何をしたんだ?」


年配の刑事が、ノートを見ながら聞いてくる。

「……腕を掴んだだけです」

「掴んだだけで、薬物中毒の症状が治まる?」

「はい。僕が触った瞬間、偶然、症状が落ち着いたみたいで……」

『苦しい言い訳だな……』


若い方の刑事が、疑わしそうな目で僕を見ている。


「佐藤くん、君は何か特別な医療訓練を受けているのか?」

「いえ、普通の高校生です」

「ツボ押しとか、鍼灸とか?」

「習ったことないです」


二人の刑事は、顔を見合わせた。


『……追及されるかと思ったけど』


不思議なことに、それ以上は深く聞かれなかった。


「分かった。今日はもう帰っていい。ただし、また話を聞くことがあるかもしれないから、連絡先は控えさせてもらう」

「はい……」

『あれ? これで終わり?』


もっと根掘り葉掘り聞かれると思っていたのに。

取調室を出ると、廊下でエリシアが待っていた。


「お疲れ様。大丈夫だった?」

「うん……なんか、思ったより早く終わった」

「そう。私も同じ。あんまり追及されなかった」


エリシアも不思議そうな顔をしている。

僕たちは警察署のロビーを抜けて、出口に向かった。


その時――

ロビーの片隅で、制服姿の警察職員が、僕たちを見ていた。

50代くらいの男性。

彼は小声で、誰かに電話しているようだった。


「……ああ、そうだ。あれがそうか」


『え?』


一瞬、視線が合った。

職員は、何も言わず、ただ静かに僕を見つめていた。


その目には――

何か、知っているような。

いや、確信しているような――


「佐藤くん、どうしたの?」

エリシアが僕の袖を引いた。

『人前だから、日本名で呼んでるのか』

「あ、なんでもない」


僕は首を振って、警察署を後にした。


外はもう、真っ暗だった。

街灯が灯り、夜の街が静かに広がっている。


「……はあ」

大きく息を吐いた。

アドレナリンが、ようやく落ち着いてきた。


『終わった……のか?』

校庭での騒動。

数十人の生徒を治療。

黒覆面の襲撃。

そして、警察の事情聴取。


すべてが終わって――

『……やっぱり』

僕の心に、ある感情が湧き上がってきた。


『ひっそりと、暮らしたい』


覚悟を決めたはずだった。

「中途半端はやめる」と言ったはずだった。


でも――

今、冷静になって考えると。


『やっぱり無理だ……』


明日から、学校でどうなる?

ネットで動画が拡散されて、どうなる?

テレビに出て、取材されて、有名人になって――


『……嫌だ』

「アルヴィン」


エリシアが、心配そうに僕を見ていた。


「大丈夫? 顔色、悪いよ」

「……エリシア」


僕は、彼女の目を見た。


「やっぱり、ひっそりと暮らしたい」

「え?」

「さっきは覚悟決めたとか言ったけど……冷静に考えたら、やっぱり無理だ。目立ちたくない。普通に生きたい」


エリシアは、少し困ったような顔をした。

「でも、もう遅いんじゃない? あれだけ大勢に見られて、動画も撮られて……」

「分かってる。分かってるけど……」


僕は頭を抱えた。


「せめて、しばらくどこかに隠れたい。ほとぼりが冷めるまで……」

「アルヴィン……」

「母さんだけは気がかりなんだ」


僕は、スマホを取り出した。

母からのLINEが、何件も溜まっている。

『健太、ニュース見たわよ』

『学校で何があったの?』

『電話して』

『大丈夫?』

母は今、仕事で長期出張中だ。海外プロジェクトで、少なくとも2ヶ月は帰ってこない。

『母さんには、後で連絡する。とりあえず「大丈夫」って送っておこう』


「ねえ、エリシア」

「なに?」

「どこか……ひっそりと身を隠せる場所、ない?」

僕は、必死な表情で彼女を見た。


「せめて、1週間くらい。それくらいあれば、騒ぎも少しは落ち着くかもしれない」


エリシアは、少し考え込んだ。

「……一つ、心当たりはあるけど」

「本当!?」

「うん。私の知り合いが、山の中に別荘を持ってて。今は誰も使ってないから、そこなら……」

「行きたい! お願い!」

僕は、両手を合わせた。


エリシアは、苦笑した。

「本当に、隠れたいんだね」

「当たり前だよ。明日学校行ったら、絶対大騒ぎになる。マスコミも来るかもしれない。そんなの、耐えられない」

「……分かった。じゃあ、今から連絡してみる」

エリシアは、スマホを取り出して、誰かに電話をかけ始めた。


「もしもし、私。うん、久しぶり。ちょっとお願いがあるんだけど……」


僕は、夜空を見上げた。

星が、少しだけ見えた。

『異世界でも、こうやって逃げてたな』

役立たずと言われて。

期待されて。

裏切られて。


そして、逃げて――

『結局、僕は何も変わってない』

異世界でも、現世でも。

逃げることしかできない。


「アルヴィン」

エリシアが、電話を切った。

「OKだって。明日の朝、そこに行こう」

「ありがとう……」

「でもね」

エリシアは、真剣な顔で言った。

「いつまでも隠れていられるわけじゃないよ」

「……分かってる」

「あの黒覆面の集団も、あなたを狙ってる。隠れたところで、いずれ見つかる」

「それでも……」

僕は、拳を握りしめた。


「せめて、今は。少しだけでいいから、逃げたい」


エリシアは、ため息をついた。

「……仕方ないわね。じゃあ、明日の朝7時、駅前に集合。そこから車で行くから」

「うん」

「それと、アルヴィン」

「なに?」


「異世界でのあなたは、もっと強かったわよ」

エリシアは、少し寂しそうに笑った。


「『生命再編師』アルヴィンは、誰よりも勇敢で、誰よりも優しくて……私の憧れだった」

「……それは、エリシアの勘違いだよ」

「そうかな」

彼女は、僕の頭をぽんぽんと叩いた。


「じゃあ、また明日。今日はゆっくり休んで」

「うん。ありがとう」


エリシアは、手を振って、駅の方へ歩いていった。

僕は、反対方向――自宅へと歩き始めた。


『明日から、しばらく隠れよう』

『そして、ほとぼりが冷めたら……』

『……その後のことは、その時考えよう』

夜風が、冷たかった。

僕は、ポケットに手を突っ込んで、足早に家路を急いだ。


しかし――

僕は、まだ気づいていなかった。

警察署で見た、あの職員の視線の意味を。

「あれがそうか」という、あの言葉の意味を。


そして――

僕が「ひっそり隠れる」ことを、許さない存在が、すでに動き始めていることを。


この夜。

日本のある組織では、緊急会議が開かれていた。

「佐藤健太、確認完了」

「能力、ほぼ間違いなし」

「次のフェーズに移行」

「了解」

暗い会議室で、複数の人影が動いていた。


そして、その中心には――

一枚の写真。

校庭で、生徒たちを治療する僕の写真が、大きなスクリーンに映し出されていた。


「ようやく見つけた」

低い声が、静かに響いた。


「『生命再編師』を」

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