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6/13

覚悟を決めた日、正体がバレた

校庭は地獄だった。


暴れる生徒。

倒れる教師。

悲鳴と怒号。


そして、静かに佇む黒覆面の集団。


僕は、校舎の影で立ち尽くしていた。

『逃げるか……戦うか……』

でも、もう分かっている。


『逃げられない』


この状況で、僕だけが逃げたら――

何人死ぬだろうか。


『……ダメだ』


異世界では「役立たず」と言われた。

現代でも「目立ちたくない」と逃げ続けた。


でも――

『もう、限界だ』

僕は、校舎の影から一歩踏み出した。


「ウアアアアアッ!」


目の前で、2年生の男子生徒が暴れている。

近くにいた女子生徒に飛びかかろうとしている。


『まずは、目の前から』

僕は走り出した。

男子生徒の腕を掴む。


『スキャン開始――合成カンナビノイド。金曜日の男と同じだ。CB1受容体の過剰活性化。前頭葉機能の低下……』


『DRD2遺伝子の発現抑制、CNR1遺伝子のシグナル遮断、GABA受容体の活性化……』


0.8秒。


「……あれ?」

男子生徒の目が、正常に戻った。

「俺……なにを……」

「大丈夫。もう平気だから、校舎に避難して」

「あ、はい……」

男子生徒はふらふらと、校舎の方へ歩いていった。


次。

「キャアアアアッ!」

女子生徒が、髪を振り乱して暴れている。

彼女に触れる。


『スキャン――これは……メタンフェタミン? いや、違う。構造が少し違う……新型の合成覚醒剤か』


『ドーパミントランスポーターの阻害、ノルアドレナリンの過剰放出……SLC6A3遺伝子ドーパミントランスポーターの一時的な過剰発現で代謝を促進。モノアミン酸化酵素の活性化……』


1.1秒。


「……え?」

女子生徒も、正気に戻った。


次。次。次。

僕は校庭を駆け回った。

暴れる生徒に次々と触れ、治療していく。


『これは……MDMA系の化合物』

『これは……合成カチノン』

『これは……新型フェンタニル類似物質』

『なんだ……なんなんだ、この種類の多さは……』


まるで、実験でもしているかのように――


それぞれの生徒に、異なる薬物が投与されている。


『誰が……何のために……』


5人、10人、15人。

僕は必死に治療を続けた。

しかし、校庭にはまだ数十人の暴れる生徒がいる。

『間に合わない……!』


その時――

「佐藤くん! 後ろ!」

誰かの叫び声。


『え?』

振り返る暇もなく――

「危ない!」


誰かが、僕に体当たりしてきた。

僕は地面に倒れ込んだ。


同時に――


ガキィィィンッ!

金属音。

さっきまで僕がいた場所に、ナイフが振り下ろされていた。

「な……」

黒覆面だ。


3人の黒覆面が、ナイフを持って僕を囲んでいる。

『気づかなかった……生徒の治療に集中しすぎて……』

「佐藤くん、大丈夫!?」


僕に体当たりしてきたのは――

「倉田さん……!」

さっき、体育倉庫の裏で会った、眼鏡の女子生徒だ。

「下がって!」

倉田さんは、僕の前に立ちはだかった。


黒覆面の一人が、ナイフを振りかざして襲いかかる。

しかし――

「せいっ!」

倉田さんの正拳突きが、黒覆面の手首を直撃した。


ナイフが宙を舞う。

「やあっ!」

回し蹴り。

黒覆面が吹き飛ぶ。


「えいっ!」

肘打ち。

別の黒覆面が倒れる。


わずか3秒。

3人の黒覆面が、全員地面に転がっていた。

『……え?』

「大丈夫、佐藤くん?」

倉田さんは、何事もなかったかのように僕に手を差し伸べた。


「あ……うん……」


僕は彼女の手を取って、立ち上がった。

「倉田さん、今の……」

「空手。小さい頃から習ってたの」

彼女はにっこりと笑った。


しかし、その笑顔は――どこか、さっきまでと違う。

「もう、さっき自己紹介したばっかりなのに」

倉田さんは、眼鏡を外した。


その瞳は――

鋭い。

まるで、訓練された兵士のような目だ。


「せっかく青春ドラマみたいな展開にしようかと思ってたのに! 正体バレるの早すぎ!」

彼女は少し不満そうに頬を膨らませた。

「え……?」

「もっとこう、『普通の女子高生として仲良くなって、だんだん信頼関係を築いて、そして最後の最後で実は私も転生者でした!』って、感動的に明かしたかったのに!」


『なに言ってるんだ、この人……』


「まあ、いいわ。この世界では助けることができてよかった!」

『この世界……?』

「佐藤君……いえ」

倉田さんは、僕の目を真っ直ぐ見つめた。


「アルヴィン」


その瞬間――

僕の全身が、凍りついた。


「……なんで」

「なんで、その名前を知ってるのか?」


倉田さん――いや、彼女は一体――

「簡単よ。だって私も――あなたと同じ。異世界からの転生者」


倉田さんは、静かに言った。

「私の異世界での名前は――エリシア。聖騎士団の副団長だった」

『嘘だろ……』

「10年前、あなたが突然消えた。最初は行方不明になったのかと思ったけど……後で分かったの。あなたは死んで、この世界に転生したんだって」

「……」


「私もその5年後、異世界で戦死した。そして――あなたと同じように、この世界に赤ん坊として転生した。前世の記憶を持ったまま」


彼女は少し寂しそうに笑った。

「生まれ変わってから15年。ようやくあなたを見つけた」

「待って……どういうこと……」


僕の頭が混乱する。

倉田さん――エリシア?

聖騎士団?

異世界の記憶?

5年後に死んだ?

年齢だって変わらないだろ?


「説明は後で。今は――」

彼女は、校庭を見渡した。

まだ、数十人の生徒が暴れている。


そして、黒覆面の集団は――

じっと、僕たちを見つめている。


「あいつら、あなたを狙ってる」

「……なんで?」

「多分、あなたの能力が欲しいんでしょうね」


エリシア――倉田さんは、構えを取った。

空手の構え。左手を前に、右拳を腰に。


「私が黒覆面を引き受ける。あなたは、生徒たちを助けて」

「でも……」

「大丈夫。私、この世界でも空手を続けてたから。あいつらくらい、どうってことない」

彼女は自信満々に笑った。

「それに――あなたを守るのが、私の使命だったから」

『使命……?』


言葉の意味を問い詰める暇はなかった。

黒覆面の集団が、一斉に動き出した。

10人以上の黒覆面が、僕たちに向かって走ってくる。

「行って!」

エリシアが叫んだ。


僕は頷いて、再び走り出した。

暴れる生徒たちの元へ。

一人、また一人と、触れて治療していく。


『合成カンナビノイド――治療』

『新型覚醒剤――治療』

『MDMA類似物質――治療』

『LSD系幻覚剤――治療』


背後では、エリシアが黒覆面と戦っている音が聞こえる。

「せいっ!」

「やあっ!」

拳の打撃音。

蹴りの風切り音。

倒れる音。


『すごい……本当に、一人で……』

しかし、敵の数が多すぎる。

いくらエリシアでも、10人以上を相手にするのは厳しい。

『急がないと……』

20人、25人、30人。


治療した生徒の数が増えていく。

残りは――あと10人。


「ウアアアアッ!」

最後の一人、3年生の男子生徒に触れる。


『スキャン――これは……複合汚染? 複数の薬物が同時に……厄介だ』

『まずメタンフェタミンの代謝促進、次にカンナビノイド受容体の遮断、さらにセロトニン系の正常化……』


2.3秒。

「……はあ、はあ……」


男子生徒が、正気に戻った。

『全員……助けた!』

振り返ると――


エリシアが、5人の黒覆面に囲まれていた。

彼女の額から、血が流れている。

「くっ……」

さすがに、疲労の色が見える。

『まずい……!』

僕は彼女の元へ走り出した。


しかし――

「動くな」

冷たい声。

首筋に、何かが当たった。

ナイフだ。


「……」

振り返ると、黒覆面の一人が、僕の首にナイフを当てていた。

「そこの女、動くな。動けば、こいつを殺す」

エリシアが、動きを止めた。

「……卑怯者」

「卑怯? 戦いに卑怯も何もない」

黒覆面は、低い声で笑った。


「佐藤健太。いや――『生命再編師ライフリコンパイラー』アルヴィン」

『……この呼び名』

異世界での、僕の二つ名だ。


「お前の能力、我々に譲ってもらおう」

「……断る」

「断る?」

ナイフが、僕の首筋に食い込んだ。

血が一筋、流れる。

「お前に選択権はない。大人しく従え」


その時――

校門の方から、サイレンの音が聞こえてきた。

パトカーだ。

複数台。


「チッ……」

黒覆面が舌打ちした。

「撤退だ!」

黒覆面たちが、一斉に車に乗り込み始める。


僕の首にナイフを当てていた黒覆面も――

「次は、逃がさない」

そう言い残して、走り去った。

黒い車が、タイヤを軋ませて校門から飛び出していく。

「待ちなさい!」

警察官が追いかけるが、間に合わない。

車は、あっという間に見えなくなった。


「佐藤くん!」

エリシアが駆け寄ってきた。

「大丈夫!? 首……」

「浅い傷だから、平気」

『ていうか、自分で治せるし』

僕は首に触れて、一瞬で傷を治した。


「……本当に、何でも治せるのね」

エリシアは、感心したように言った。

「ねえ、アルヴィン――いえ、佐藤くん」

「……なに?」

「これから、大変なことになるわよ」

彼女は、校舎を見上げた。


窓から、多くの生徒たちが僕たちを見ている。

「あなたが数十人の生徒を治した。みんな、見てた」

『……ああ』

「もう、隠しきれない」

エリシアは、僕の目を見た。

「覚悟、できてる?」


僕は――

空を見上げた。

夕焼けが、真っ赤に染まっていた。

『覚悟……か』

もう、逃げられない。


「ひっそり暮らす」なんて、無理だ。

『なら――』

「……やるしかない」

僕は、静かに答えた。


「どうせバレたなら、中途半端はやめる」


エリシアが、微笑んだ。

「その言葉、待ってたわ」

校庭に、警察と救急隊が入ってくる。

教師たちが、生徒たちを誘導している。


そして――

スマホを構えた生徒たちが、僕を撮影している。

『もう、全部撮られてる』

今夜には、ネットに拡散されるだろう。


「数十人を一瞬で治した高校生」

「奇跡の治療師」

「謎の能力者」


でも――

『もう、いいや』

隠すのは、疲れた。

逃げるのも、疲れた。


なら――

『正面から、向き合おう』

僕は、校舎に向かって歩き出した。

エリシアが、隣を歩く。


「佐藤くん……いえ、アルヴィン」

「なに?」

「これから、あなたは有名人になる。世界中から注目される」

「……分かってる」

「でも、私がいるから。あなたを守る」

彼女は、力強く言った。


「異世界でも、今世でも。私の使命は変わらない」

『使命……』

その言葉の意味を、僕はまだ理解していなかった。


しかし、それを知るのは――

もう少し先の話。


今は――

『まず、警察の事情聴取だな』

僕は、深く息を吸った。

長い夜になりそうだ。

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一人くらい黒服捕まえられただろ…… いや、攻撃に使えないのか? ……使えても撮られるよりはマシか?
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