特別教室に行ったら、転生者だけだった
特別教室。
それは、校舎の端にある、普段は使われていない音楽室だった。
僕は担任に連れられて、そこへ向かった。
『隔離か……まあ、仕方ないよね……』
ドアを開けると、そこには既に五人の転生者たちが座っていた。
影山静香、有栖川愛、月野るな(ルナ)、花園麗、神谷理香。
そして、倉田春菜も。
「佐藤、お前たち転校生も、当分ここで授業を受けろ。倉田もだ」
担任がそう言って、去っていった。
ドアが閉まる。
静寂。
僕たちだけが、この部屋に残された。
『転生者だけ……』
春菜が僕の隣に座った。
「アルヴィン、大丈夫?」
転生者だけなので「アルヴィン」。
「うん……まあ、覚悟はしてたから」
嘘だ。全然覚悟なんてできてない。
静香が静かに言った。
「アルヴィン様、昨日は申し訳ありませんでした」
「私も……」
麗が俯く。
「私たちのせいで、アルヴィン様が苦しむことになってしまって」
愛が眼鏡を外して、目を拭いた。
「本当に……ごめんなさい」
るな(ルナ)も、元気がない。
「るな、アルヴィン様を守るって言ったのに……逆に傷つけちゃった……」
理香は拳を握りしめて、壁を見つめていた。
「私は……組織の作戦を止められなかった。アルヴィン様、申し訳ありません」
僕は、彼女たちを見た。
全員、本当に申し訳なさそうにしている。
『彼女たちも……悪気があったわけじゃないんだ』
「みんな、顔を上げて」
僕は言った。
「確かに、昨日のことはショックだった。でも……みんなが僕のことを想ってくれてるのは、わかってる」
「アルヴィン様……」
「ただ、一つだけ約束してほしい」
僕は真剣な顔で続けた。
「もう、自分を傷つけないで。僕のためとか言って、自分を犠牲にしないで」
五人が顔を見合わせた。
「でも……」
静香が言いかけたが、僕は首を振った。
「僕は、誰かが傷つくのを見るのが嫌なんだ。たとえそれが、僕のためだとしても」
「……わかりました」
麗が頷いた。
「約束します。もう、自分を傷つけません」
他の四人も頷いた。
「ありがとう」
僕はホッとした。
春菜が微笑んだ。
「アルヴィン、成長したわね」
「え?」
「前は、自分の意見をはっきり言えなかったのに」
『そうかも……少しずつ、変わってきてるのかな』
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、田中裕子教頭と山本美咲保健教諭。
二人とも、穏健派の転生者だ。
「アルヴィン様、お話があります」
裕子が真剣な表情で言った。
裕子は、僕たちの前に立った。
「まず、昨日のことをお詫びします。私たちも、新世界の使徒があそこまで過激な行動に出るとは……」
「いえ、先生たちのせいじゃありません」
僕は首を振った。
「それより、これからどうなるんですか?」
裕子と美咲が顔を見合わせた。
「実は……学校側から、あなたに『自主退学』を勧める動きがあります」
「退学……」
やっぱり。
「ただ、私たちが全力で阻止しています。あなたには、普通の高校生活を送る権利がある」
美咲が優しく言った。
「でも、正直なところ……このままでは難しいかもしれません」
「報道陣は毎日来るでしょうし、生徒たちもあなたを特別視します。授業も、まともに受けられない」
『やっぱり、普通の高校生活は……もう無理なのか』
春菜が僕の手を握った。
「大丈夫。私たちがいる」
理香も頷いた。
「佐藤様、私たちは最後まであなたと共にいます」
その時、窓の外から声が聞こえた。
「佐藤くーん! いるんでしょ!」
窓の外に、大勢の生徒が集まっていた。
「治療してー!」
「私の花粉症も治して!」
「骨折してる友達がいるんだけど!」
『うわあ……』
裕子が窓を閉めた。
「これが、現実です。あなたの能力が知られた以上、こういう状況は避けられません」
「でも、全員を治療するわけには……」
「もちろんです。それをしたら、あなたは一生、治療に追われることになる」
美咲が続けた。
「だから、私たちは提案があります」
「提案?」
「あなたを、私たちの組織で保護します。安全な場所で、普通の生活を送れるように」
『保護……』
静香が口を開いた。
「それは、アルヴィン様を隔離するということですか?」
「隔離というか……守るということです」
裕子が答えた。
「新世界の使徒は、今後もアルヴィン様を利用しようとするでしょう。私たちは、それを阻止したい」
理香が立ち上がった。
「それは、新世界の使徒から引き離すということか」
「……そうです」
「断る」
理香がきっぱりと言った。
「私たちは、佐藤様を守るために存在している。あなたたちの庇護など、必要ない」
裕子が溜息をついた。
「ヴァルキリア、あなたたちのやり方では、アルヴィン様が苦しむだけです」
「それは……」
理香が言葉に詰まった。
確かに、昨日のことで僕は苦しんだ。
でも、だからといって穏健派に任せるのも……
「待ってください」
僕は立ち上がった。
「僕のことを、僕抜きで決めないでください」
全員が僕を見た。
「僕は……まだ、どうするか決めてません。でも、一つだけはっきりしてることがあります」
僕は深呼吸した。
「僕は、逃げたくない」
「アルヴィン……」
春菜が驚いた顔をした。
「確かに、昨日のことはショックだった。でも、だからって隠れて生きるのは……もう、嫌なんだ」
『異世界では、ずっと隠れて生きてた。引きこもって、人と関わらないようにして』
『でも、この世界では……少しだけ、違う生き方をしてみたい』
「僕は、学校に残ります。みんなと一緒に」
裕子が困ったような顔をした。
「でも、アルヴィン様……報道陣や、治療を求める人々が……」
「それは……何とか対処します。はっきり断ります」
僕は自分でも驚くほど、強い口調で言った。
「僕は、誰でも彼でも治療するわけじゃない。本当に必要な時だけ、助けます」
静香が微笑んだ。
「アルヴィン様……強くなられましたね」
麗も嬉しそうだ。
「はい。異世界の時とは、違います」
愛が拍手した。
「素晴らしい決断です、アルヴィン様!」
るな(ルナ)が飛びついてきた。
「アルヴィン様、かっこいい!」
『ちょ、近い近い!』
理香が僕の肩に手を置いた。
「アルヴィン様、私はあなたについていきます。どんな決断をしても」
春菜が僕の手を握った。
「私も。最後まで、一緒にいる」
裕子と美咲は、少し考え込んでいた。
「……わかりました」
裕子が頷いた。
「あなたの意思を尊重します。ただ、何かあったらすぐに連絡してください」
「はい」
美咲が付け加えた。
「私たちは、いつでもあなたの味方です。アルヴィン様」
二人が部屋を出ていった。
残されたのは、僕と春菜、そして五人の転生者たち。
「さて……」
僕は窓の外を見た。
まだ、大勢の生徒が集まっている。
「まずは、あの人たちに説明しないとね」
「アルヴィン、本当に大丈夫?」
春菜が心配そうに聞く。
「大丈夫……たぶん」
僕は窓を開けた。
「みんな、聞いて!」
生徒たちが静まり返った。
「僕は、誰でも治療するわけじゃありません。命に関わる時だけ、助けます」
「えー!」
「花粉症は!?」
「ニキビは!?」
『ニキビって……』
「それは、病院に行ってください。僕は医者じゃないんです」
「でも、動画見たよ! すぐ治してたじゃん!」
「あれは……特別な状況だったんです」
僕は続けた。
「僕も、普通の高校生です。普通に授業を受けたいし、普通に友達と過ごしたい」
「だから、お願いです。普通に接してください」
生徒たちは、少し戸惑っているようだった。
でも、一人の女子生徒が言った。
「わかった。じゃあ、佐藤くんとは普通に友達でいる」
「うん、俺も」
「私も、別に治療してほしいわけじゃないし」
少しずつ、生徒たちが散っていった。
『よし……第一歩だ』
春菜が微笑んだ。
「アルヴィン、すごいじゃない」
「まあ、これからどうなるかわからないけど……」
その時、特別教室のドアが勢いよく開いた。
「アルヴィン様!」
入ってきたのは、セレスティアだった。
『え、なんでここに!?』
セレスティアは息を切らしていた。
「大変です……新世界の使徒の本部が……」
「本部が?」
「襲撃されました。あちらの組織に」
『え!?』
裕子たちが、新世界の使徒を攻撃した?
「カイザー様が……リーダーが、捕まりました」
セレスティアが悔しそうに唇を噛んだ。
「お願いです、アルヴィン様。カイザー様を助けてください」
「待って、カイザーって……」
「新世界の使徒のリーダーです。あなたも、異世界で面識があるはず」
『異世界で……?』
僕は必死に記憶を探った。
でも、思い出せない。
「ごめん、覚えてない……」
セレスティアが悲しそうな顔をした。
「そうですか……やはり、あなたは覚えていないのですね」
彼女が続ける。
「でも、カイザー様は、あなたのことをずっと……」
その時、窓ガラスが割れた。
『!?』
黒いスーツの男たちが、窓から飛び込んできた。
「佐藤健太、確保する!」
理香が僕を庇った。
「佐藤様、下がって!」
春菜も構えた。
「アルヴィン、私の後ろに!」
静香、愛、るな(ルナ)、麗も戦闘態勢。
黒スーツの男たちと、転生者たちの戦いが始まった。
教室が一瞬で戦場になった。
理香が男の一人を投げ飛ばす。
春菜が空手で別の男を蹴り飛ばす。
静香は素早い動きで男たちの急所を突く。
愛は……なぜかテーザー銃を持っていた。
『いつの間に!?』
るな(ルナ)は身軽に動き回り、男たちを翻弄する。
麗は優雅に、しかし確実に男たちを無力化していく。
『みんな、強い……!』
でも、男たちの数が多すぎる。
窓から次々と入ってくる。
「アルヴィン様、こちらへ!」
セレスティアが僕の手を引いた。
「ちょ、ちょっと!」
「ここは危険です。私が守ります!」
セレスティアは僕を連れて、教室の外へ。
廊下を走る。
「待って、みんなは!?」
「大丈夫です。彼女たちは強い。それより、あなたを安全な場所へ」
『でも……』
階段を下りていく。
その時、下から足音が聞こえた。
また黒スーツの男たちだ。
「くっ……」
セレスティアが僕を庇った。
「アルヴィン様、私の後ろに」
男たちが迫ってくる。
セレスティアが構えた瞬間、男たちが倒れた。
「!?」
後ろから、裕子と美咲が現れた。
「セレスティア、アルヴィン様を離しなさい」
裕子が冷たい声で言った。
「ユスティア……!」
セレスティアが睨む。
「これは、あなたたちの仕業ですか!?」
「仕業? 何のことです?」
美咲がとぼける。
「カイザー様を捕まえたのは、あなたたちでしょう!?」
「証拠は?」
裕子が冷静に返した。
二人の間に、火花が散る。
僕は……どうすればいいんだ。
『新世界の使徒と、穏健派が、本格的に対立してる……』
『そして、その中心に僕がいる……』
その時、校内放送が流れた。
「佐藤健太くん、至急、校長室へ来てください」
校長の声だ。
「繰り返します。佐藤健太くん、至急校長室へ」
セレスティア、裕子、美咲が、僕を見た。
「行かないで、アルヴィン様」
セレスティアが言った。
「罠です」
「いえ、行くべきです」
裕子が反論した。
「学校側の判断を聞く必要があります」
僕は……考えた。
『校長室……何があるんだろう』
でも、逃げていても仕方ない。
「行きます」
「アルヴィン様!?」
「大丈夫。校長先生なら、普通の人だから」
僕は階段を上がり始めた。
セレスティアたちが後を追ってくる。
「せめて、私たちも一緒に」
「いえ、僕一人で行きます」
僕は振り返って、彼女たちを見た。
「信じてください。僕を」
三人は、少し驚いたような顔をした。
それから、頷いた。
「……わかりました。でも、何かあったらすぐに」
「はい」
僕は一人で、校長室へ向かった。
校長室の前。
深呼吸をして、ノックした。
「失礼します」
中に入ると、校長が机に座っていた。
そして、その隣に……見知らぬ男性が立っていた。
30代くらい。黒いスーツ。鋭い目つき。
「佐藤健太くんですね。初めまして」
男性が名刺を差し出した。
「私は、内閣府の者です」
『内閣府!?』
「あなたの能力について、政府としても非常に関心があります」
男性が続ける。
「つきましては、あなたに協力をお願いしたい」
「協力……?」
「はい。国家レベルでの医療支援、難病患者の治療、そして……」
男性が真剣な顔で言った。
「転生者問題の解決です」
『転生者問題……』
「政府は、転生者の存在を把握しています。そして、二つの組織が対立していることも」
『把握してるんだ……』
「あなたは、両方の組織から慕われている。つまり、仲介役になれる」
「仲介役……」
「そうです。あなたの力で、転生者たちをまとめてほしい」
男性が一歩近づいた。
「そして、日本のために、いえ、人類のために、あなたの能力を使ってほしい」
僕は……言葉が出なかった。
『政府まで……僕に期待してるの?』
校長が申し訳なさそうに言った。
「佐藤くん、すまない。突然のことで」
「いえ……」
内閣府の男性が続ける。
「返事は、今すぐでなくて構いません。ただ、考えておいてください」
男性が名刺を置いて、部屋を出ていった。
残されたのは、僕と校長だけ。
校長が溜息をついた。
「佐藤くん、君の周りで起きていること……私には、正直理解できない」
「すみません……」
「謝ることはない。ただ……」
校長が真剣な顔で言った。
「学校としては、君を守りたい。でも、限界がある」
「……はい」
「もし、君が望むなら、転校の手配もする。安全な場所への」
『転校……』
「でも、それは君が決めることだ。よく考えてくれ」
僕は頷いた。
校長室を出ると、廊下には春菜が待っていた。
「アルヴィン! 大丈夫!?」
「うん……大丈夫」
春菜が僕を抱きしめた。
「心配したのよ……一人で行くなんて……」
『あ、温かい……』
でも、今はそれどころじゃない。
「エリシア、聞いて」
僕は、内閣府の人との話を伝えた。
春菜は驚いた顔をした。
「政府が……動き出したのね」
「うん。どうすればいいと思う?」
「それは……アルヴィンが決めることよ」
春菜が僕の目を見た。
「でも、一つだけ言える。あなたは、もう普通の高校生じゃない」
「……わかってる」
『わかってるけど……認めたくなかった』
でも、もう現実から目を逸らせない。
僕は、特別な存在になってしまった。
そして、多くの人が、僕に期待している。
『僕は……どうする?』
その答えは、まだ見つからなかった。




