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現世に転生したけどDNAをいじれるだけなので、ひっそり暮らします  作者: シチュー引き回しカレー道連れ 


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10/20

逃げても逃げても、見つかっていた

別荘を離れてから三日。


健太、エリシア、ガルヴァンの三人は、都内のビジネスホテルに身を潜めていた。

「……ここなら、しばらくは大丈夫だと思うんだけど」

健太は窓の外を見ながら呟いた。


新宿の雑踏。行き交う人々。ネオンの光。

『人混みに紛れれば、見つからない……はず』

「アルヴィン」

エリシアが心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫? 疲れてない?」

「うん、大丈夫」

健太は笑顔を作った。


でも、実際には疲れていた。

山を降りてから、ずっと移動を続けている。電車、バス、タクシー——乗り換えを繰り返して、ようやくここまで来た。


『でも、これで少しは……』

その時、ガルヴァンが部屋に入ってきた。

「アルヴィン様、エリシア様。食料を調達してきました」

「ありがとう、ガルヴァン」

コンビニの袋から、おにぎりやサンドイッチを取り出す。


三人で簡素な夕食を囲んだ。

「……なんか、修学旅行みたいだね」

健太がぽつりと言った。

エリシアがくすりと笑う。

「そうね。でも、もう少し楽しい方が良かったわ」

「同感だよ」

健太も笑った。


束の間の、平穏な時間。

『このまま、ずっとこうやって——』


——その願いは、翌日の昼には叶わないことがわかった。


翌日、午後一時。

健太は一人でホテルの近くのコンビニに向かっていた。

エリシアとガルヴァンは交代で休息を取っている。健太が「少し散歩したい」と言ったので、二人は渋々了承した。


『やっぱり、たまには一人になりたいよな……』

健太はコンビニで飲み物を買い、レジに向かった。


その時——

「いらっしゃいませ」

レジの店員が顔を上げた。

若い女性。黒髪のショートカット。整った顔立ち。


そして——

その瞳が、健太を見た瞬間、明らかに何かを認識した。

『……え?』

「……アルヴィン様?」

女性が、小さく呟いた。

健太は硬直した。


『なんで、この人が僕の名前を!?』

「やはり……間違いありません」

女性——いや、店員の姿をした誰か——が、微笑んだ。


「お久しぶりです。覚えておいででしょうか?」

「……誰?」


健太は警戒しながら尋ねた。

女性は少し悲しそうな表情を浮かべた。


「そうですよね。覚えていらっしゃらないでしょうね」

そう言って、女性は名札を外した。


「私、シャドウと申します」

『シャドウ……?』

「異世界では、暗殺者ギルドに所属しておりました」

シャドウが静かに言った。

「あなたに、呪いを解いていただきました」

『……呪い?』

健太は記憶を探った。


異世界。暗殺者。呪いで声が出なくなっていた女性——

『……ああ、そういえば』

「覚えていてくださいましたか?」

シャドウの瞳が、僅かに輝いた。


「嬉しいです」

「あ、いや、ごめん。正直あんまり——」

「構いません」

シャドウが遮った。

「覚えていなくても、私はあなたに感謝しています」

そう言って、シャドウは健太に近づいた。


レジカウンター越しに、至近距離。

『近い……!』

「アルヴィン様。お願いがあります」

「……何?」

「私と一緒に来てください」

またか、と健太は思った。

「……君も、新世界の使徒の?」

「はい」

シャドウは隠さずに答えた。


「セレスティア様、ヴァルキリア様と同じ組織です」

『やっぱり……』

「でも、ご安心ください。今日は拉致するつもりはありません」

「じゃあ、何?」

「ただ、お話を」

シャドウがレジから出てきた。


そして——

健太の手を取った。

『え、ちょ——』

「アルヴィン様。あなたは、本当に『ひっそり暮らしたい』のですか?」

シャドウの瞳が、真剣に健太を見つめる。

「……うん」

「なぜですか?」

「だって、僕は——」

健太は言いかけて、やめた。


『……また、同じことを言おうとしてる』

「あなたは、多くの命を救いました」

シャドウが続ける。


「私もその一人です」

「でも、それは——」

「『たいしたことない』と、おっしゃるのでしょう?」

シャドウが健太の言葉を先読みした。


「はい。でも、私にとっては、世界が変わるほどの出来事でした」

シャドウの手が、健太の手を強く握る。

「呪いで声を失い、暗殺者としての価値も失った私を、あなたは救ってくださった」

「……」

「だから、今度は私があなたを——」


その時、コンビニのドアが開いた。

「アルヴィン!」

エリシアだった。

息を切らしている。

「どうしたの、エリシア?」

「追いかけてきたのよ! あなた、やっぱり一人で外に出るなんて——」

エリシアがシャドウを見た。


その瞬間、表情が変わった。

「……シャドウ」

「エリシア様。お久しぶりです」

シャドウが会釈した。

「まさか、もう見つかったの!?」

「偶然ですわ。このコンビニで働いていただけです」

『偶然……?』

健太は疑った。


でも、シャドウの表情は穏やかだった。

「アルヴィン様、また会いましょう」

シャドウはそう言って、健太の手を離した。

「次は、もっとゆっくりお話ししたいですわ」


そして——

シャドウは健太の耳元に顔を寄せた。

『近っ!?』

「あなたを、影から守っています」

そう囁いて、シャドウは離れた。

「では、失礼します」


シャドウはレジに戻り、何事もなかったかのように次の客を迎えた。

エリシアが健太の腕を掴む。

「アルヴィン、戻るわよ」

「う、うん……」

健太はエリシアに引っ張られて、コンビニを出た。

『……影から守る、って?』


ホテルに戻る途中、エリシアが言った。

「アルヴィン、もう一人では外に出ないで」

「ごめん……」

「シャドウは危険よ。暗殺者だったのよ?」

「でも、悪い人には見えなかったけど……」

「それが罠かもしれないでしょう!」

エリシアの声が震えていた。


健太は、エリシアの横顔を見た。

眼鏡の奥の瞳が、潤んでいる。

『……心配してくれてるんだ』

「ごめん、エリシア。もう勝手なことしない」

「……本当に?」

「うん」

エリシアは少し安心したように、小さく頷いた。

「わかった。信じるわ」

二人はホテルに戻った。


ガルヴァンに報告すると、彼は即座に言った。

「すぐに移動しましょう。ここも安全ではありません」

「でも、どこに?」

「別の場所を探します」

またか、と健太は思った。


『逃げても逃げても、見つかる……』


その日の夜。

三人は新しいホテルに移動した。

今度は池袋。繁華街のど真ん中。

『ここなら……』

しかし、その希望も翌日には砕かれた。


翌朝。


健太が一階のロビーに降りると——

フロントにいた受付の女性が、健太を見て微笑んだ。


「おはようございます、アルヴィン様」

健太は凍りついた。

『……嘘だろ』

「お忘れですか? 私、フローラと申します」


受付の女性——フローラ——が優雅に言った。


「異世界では、宮廷医師をしておりました」

『また……!?』

「あなたから、多くの医療技術を学ばせていただきました」

フローラが健太に近づく。


その仕草は、優雅で、母性的で——

『やばい、この人も美人だ……』

「お久しぶりです、先生」

「せ、先生……?」

「ええ。あなたは私の師匠ですから」

フローラが健太の手を取る。


『また手を!?』


「先生、お元気そうで何よりです」

フローラの手が、健太の手首に触れる。

まるで脈を測るように。


「……心拍数、少し高いですわね」

「そ、そりゃ驚いてるから……」

「ふふ、そうですわね」

フローラが微笑む。


「でも、健康そうで安心しました」

そう言って、フローラは健太の手を離した。

「先生。一つ、お願いがあります」

「……何?」

「定期的に、健康診断をさせてください」

「え?」

「あなたの体が心配なのです」

フローラの瞳が、真剣になった。


「転生後の体は、異世界の記憶を持つ脳との整合性に問題が出る場合があります」

『……そうなの?』

「ええ。ですから、私が定期的にチェックを——」

「そこまでだ」

ガルヴァンの声が響いた。


階段から降りてきたガルヴァンが、フローラを睨んでいる。

「フローラ。貴様、どの組織の者だ」

「まあ、ガルヴァン様。お久しぶりです」

フローラが会釈する。

「私は、どの組織にも属しておりませんわ」

「嘘を言うな」

「本当です。ただ、アルヴィン様の健康を心配しているだけ」

フローラが健太を見た。


「先生、また会いましょう」

そう言って、フローラはフロントに戻った。

ガルヴァンが健太の肩を掴む。


「アルヴィン様、すぐに荷物をまとめて——」

「わかってる」

健太は疲れた声で言った。

『……また、逃げるのか』

三人は急いで荷物をまとめ、ホテルを出た。


次は渋谷。

その次は品川。

その次は上野。


そして——

一週間後。

健太たちは、もう五回も移動していた。


そして、その度に——

見つかった。


カフェの店員。

書店の店員。

公園の清掃員。

駅の駅員。

レストランのウェイトレス。

全員、異世界からの転生者。

全員、健太に命を救われた人々。


全員、健太のことを「アルヴィン様」と呼んだ。

健太はホテルのベッドに倒れ込んだ。

「……もう、無理」

エリシアが心配そうに覗き込む。

「アルヴィン……」

「なんで、こんなに見つかるの?」

健太の声が、弱々しい。

「まるで、監視されてるみたいだ」

ガルヴァンが窓の外を見ながら言った。


「おそらく、そうです」

「……え?」


「転生者のネットワーク。異世界からの記憶を持つ者たちは、互いに情報を共有しています」

ガルヴァンが振り返った。


「新世界の使徒は、そのネットワークを利用しているのでしょう」

「じゃあ、逃げても無駄ってこと?」

「……おそらく」

健太は天井を見つめた。


『ひっそり暮らしたい……』


その願いは、もう叶わないのかもしれない。


その時、部屋の電話が鳴った。

三人が顔を見合わせる。

ガルヴァンが慎重に受話器を取った。

「……はい」

電話の向こうから、女性の声が聞こえた。

「ガルヴァン様、お久しぶりですわ」

ガルヴァンの表情が険しくなった。

「……セレスティア」

健太とエリシアが驚いて立ち上がった。


「どうやって、この番号を——」

「簡単ですわ。私たち、どこにでもいますから」

セレスティアの声が、優雅に響く。

「アルヴィン様はいらっしゃいますか?」

「……何の用だ」

「お話ししたいだけですわ。代わっていただけませんか?」

ガルヴァンは受話器を健太に渡した。


健太は恐る恐る受話器を取る。

「……もしもし」

「アルヴィン様、お疲れ様です」

セレスティアの声が、甘く囁く。

「一週間、楽しくお過ごしでしたか?」

「……楽しくなんかない」

「そうでしょうね。逃げ続けるのは、疲れるでしょう」

セレスティアが笑った。


「だから、提案があります」

「……何?」

「逃げるのを、やめませんか?」

健太は黙った。

セレスティアが続ける。


「あなたがどこに行っても、私たちは見つけます。日本中、いえ、世界中どこへ行っても」

「……」

「ならば、こちらから会いに来た方が、楽だと思いませんか?」

「会いに来る……?」

「ええ。明後日の午後三時。新宿の——」


セレスティアが場所を告げた。


「そこで、お待ちしています」

「断ったら?」

「構いませんわ。でも、あなたの逃亡生活は続きます」

セレスティアの声が、少し冷たくなった。


「いつまで、エリシア様やガルヴァン様に迷惑をかけ続けるおつもりですか?」

『……っ』

「それに、あなたを慕う人々も、心配していますわ。シャドウも、フローラも——みんな、あなたに会いたがっている」

「……」

「だから、一度、ちゃんとお話ししましょう。ね?」

健太は深呼吸した。


「……わかった。行く」

「まあ、本当に?」


セレスティアが嬉しそうに言った。

「ありがとうございます、アルヴィン様」

「でも、条件がある」

「何でしょう?」

「エリシアとガルヴァンも一緒に行く」

「構いませんわ」

「それと——」

健太は言った。


「話だけ。協力するとは約束しない」

「わかっていますわ。無理強いはしません」

セレスティアが優雅に笑った。


「では、明後日、お待ちしております」


電話が切れた。

健太は受話器を置き、二人を見た。

「……行ってくる」

「アルヴィン!」

エリシアが叫んだ。

「危険よ! 罠かもしれない!」

「わかってる。でも——」

健太は窓の外を見た。

「このまま逃げ続けるのも、限界だ」

「……」

「それに」

健太は二人を見た。

「君たちに、これ以上迷惑かけたくない」

エリシアの瞳が、潤んだ。

「迷惑だなんて……私は、アルヴィンを守りたいだけ……」

「ありがとう、エリシア」

健太は微笑んだ。


「でも、一度、ちゃんと話してみる」

ガルヴァンが言った。

「では、私たちも同行します」

「……うん。頼む」

三人は顔を見合わせた。


明後日——

新世界の使徒との、正式な対面。

健太は、深く息を吐いた。

『……ひっそり暮らしたかったのに』

でも、もう後戻りはできない。


その夜。

別の場所で、セレスティアは電話を切り、微笑んだ。


「どうでした?」

ヴァルキリアが尋ねる。

「完璧ですわ」

セレスティアがワイングラスを傾ける。

「アルヴィン様、来てくださるそうよ」

「本当ですか!?」

ヴァルキリアの瞳が輝いた。

「ええ。明後日、会える」

セレスティアが窓の外を見た。


「シャドウ、フローラ、そして——他の皆も呼びなさい」

「はい」

「アルヴィン様に、私たちの想いを伝えましょう」

セレスティアの瞳が、妖しく光った。


「そして——新しい世界への第一歩を」

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