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プロローグ:魔法が使えない世界に来ちゃいました

【死ぬ瞬間まで、俺は笑っていた


俺の名前はアルヴィン・クロイツ。

剣も使えない、魔法も使えない、ただ一つだけ異能を持った冒険者だった。


異能の名は——「生命再編」。


要するに、触れた生物の体を作り変えられる能力だ。

傷を治したり、病気を治したり、毒を中和したり。あと、魔物の体質を改変して弱体化させたり。


地味? ああ、地味だよ。

炎の魔法みたいに派手じゃない。剣士みたいにカッコよくもない。

でも、俺はこの力が気に入ってた。

誰かを助けられる力だから。


「アルヴィン! 後ろ!」


仲間の声が聞こえた。

振り返ると、巨大な魔獣——フェンリルの爪が、俺の胸を貫いていた。


「……あ」


痛みはなかった。

ただ、視界がぐらりと傾いて、地面に倒れた。

仲間たちが駆け寄ってくる。


「アルヴィン! しっかりしろ!」

「回復魔法! 誰か回復魔法を!」


ああ、無理だよ。

心臓をやられてる。助からない。

俺は笑った。


「悪い……な。ここまで……みたいだ」

「何言ってんだよ! お前がいないと、俺たち……!」


ごめん。

でも、みんなを守れて、よかった。

俺は目を閉じた。


そして——


【目覚めたら「魔力ゼロ」の世界でした


「——おぎゃあ!」


『は?』

気がついたら、俺は泣いていた。

いや、正確には「泣き声が勝手に出ていた」。


『何だこれ……体が動かない……視界もぼやけてる……』

混乱した。


死んだはずだ。確実に死んだ。フェンリルの一撃は致命傷だった。

なのに、意識がある。

しかも、体がやたらと小さい。


『……まさか』


転生?

いや、待て。転生なんて、おとぎ話の中の話だろ。

でも、状況を見るに、それ以外に説明がつかない。


「よしよし、元気な男の子ねぇ」


優しい女性の声。

視界に、若い女性の顔が映った。多分、母親。


『……マジで転生したのか』


そして、もう一つ気づいた。

『……魔力が、ない?』

俺の世界では、大気中に魔力が満ちていた。呼吸するだけで魔力を感じられたし、魔法を使うのも当たり前だった。

でも、ここには魔力が一切ない。

まるで、魔法という概念そのものが存在しない世界のようだ。


『……どこに転生したんだ、俺』


不安が込み上げてきた。

そのとき、脳内に声が響いた。


『異世界からの転生者・アルヴィンに告ぐ』

『!?』

『この世界には魔力が存在しない。そのため、あなたの異能「生命再編」は、この世界の法則に適応する形で再構成される』


『……どういうことだ?』


『新たな能力名——「DNA操作」』


『生物の遺伝情報を操作し、細胞レベルで肉体を作り変える能力。魔力を使わず、生物が本来持つ再生能力を最大限に引き出すことが可能』

『……つまり、「生命再編」の魔力なしバージョンってこと?』


『その認識で正しい。ただし、効果範囲は限定的。また、この世界の住人には「異能」という概念が存在しないため、能力の使用は慎重に』

『待て、それってどういう……』

『健闘を祈る』

『おい! ちょっと待て!』


声は消えた。


俺は——新しい名前は「佐藤健太」というらしい——途方に暮れた。

『……魔法のない世界で、地味な能力だけ持って転生とか、罰ゲームか?』


【 魔法がない世界は、思ったより不便だった


それから数年。

俺はこの世界について、少しずつ理解していった。

まず、ここは「日本」という国らしい。


魔法はない。魔物もいない。ダンジョンもない。

代わりに、「科学」というものが発達していた。


魔法の代わりに「電気」を使う。

魔道具の代わりに「機械」を使う。

空を飛ぶのに魔法陣はいらない。「飛行機」というものに乗ればいい。


『……なるほど、魔力がない代わりに、別の方法で文明を発展させたのか』

感心した。

そして、俺の能力「DNA操作」についても理解が深まった。


この世界では、生物は「DNA」という設計図を持っているらしい。

デオキシリボ核酸——二重螺旋構造をした、アデニン、チミン、グアニン、シトシンという四種類の塩基配列で構成される遺伝情報の本体。


俺の能力は、その塩基配列を読み取り、さらには遺伝子の発現スイッチを操作できる。

つまり、細胞が持つ遺伝子の中から「今、この遺伝子を働かせろ」と命令できるわけだ。


『……要するに、前世と同じことができるってことか』


前世では魔力で生命力を直接操作していたが、この世界では遺伝子という「生命の設計図」を操作する形に変わっただけ。

結果的にできることは同じ。


細胞の再生速度を上げたり、免疫力を強化したり、傷を治したり。

ただし、魔力を使わない分、即効性は落ちる。


前世では一瞬で傷を治せたが、この世界では数分かかる。細胞分裂には物理的な時間が必要だからだ。


『地味だな……でも、まあいいか』


俺は別に、英雄になりたいわけじゃない。

前世では、仲間を守るために戦って死んだ。

今世は、もっと穏やかに生きたい。


『ひっそりと、目立たず、平和に暮らす。それでいい』

そう心に決めた。


【でも、困ってる人を見ると放っておけない性分なんだよね


高校二年の春。

俺——佐藤健太は、ごく普通の高校生として生活していた。

成績は中の上。運動も中の上。友達も数人いる。


目立たず、騒がれず、平和な日々。


『うん、いい感じだ』


そう思っていたある日。

学校帰り、公園の茂みから小さな鳴き声が聞こえた。


「……にゃあ……」

『ん?』


覗き込むと、野良猫が倒れていた。

後ろ足が折れている。呼吸も浅い。


『……車に轢かれたか』


前世の俺なら、迷わず助けていた。

でも、今は違う。

目立ちたくない。関わりたくない。


『……見なかったことにしよう』


そう思って、立ち去ろうとした。

「にゃあ……」

猫が、俺を見ていた。


その目は、まるで「助けて」と言っているようだった。

『……ああ、もう!』

俺は舌打ちして、しゃがみ込んだ。


「仕方ねえな……ちょっとだけだぞ」

手を猫の体に当てる。


意識を集中すると、体内構造が"視えた"。

まるでレントゲンとCTスキャンを同時に見ているような感覚。骨格、筋肉、内臓、血管、神経。そして細胞一つ一つが認識できる。


『……状態を確認するか』


損傷箇所リスト:


右後肢大腿骨——完全骨折。骨片が周辺組織を損傷。

肝臓——裂傷あり。腹腔内出血進行中。約50mlの出血を確認。

肺——軽度の挫傷。呼吸機能30%低下。

全身——ショック状態。血圧低下、体温低下。


『……これは、かなりマズいな』


放っておけば、あと数時間で確実に死ぬ。

でも、治せる。


『よし、やるか』

俺はDNA操作を発動した。


まず、最優先事項——出血の停止。

『肝臓の裂傷部位周辺の血小板を活性化。血液凝固因子——フィブリノーゲンとトロンビンの産生を局所的に促進。さらに血管内皮細胞の増殖因子VEGFを活性化して、損傷血管の修復を開始』


猫の体内で、遺伝子のスイッチが次々と入っていく。

通常なら数日かかる血液凝固プロセスが、数十秒で完了する。


『出血、停止確認。次、骨折』


骨折部位に意識を集中。

『骨芽細胞——骨を作る細胞の増殖を促進。骨形成タンパク質BMP-2とBMP-7の発現を最大化。さらにコラーゲン合成酵素を活性化して、骨基質の形成を加速』

ミシミシと音を立てて、折れた骨が繋がっていく。


通常なら数週間かかる骨癒合が、わずか一分で完了。


『骨折、治癒完了。次、内臓損傷』


肝臓の裂傷部位。

『肝細胞の再生を促進。肝細胞増殖因子HGFとインターロイキン-6を活性化。DNA複製関連遺伝子——サイクリンDとCDKを発現させて、細胞分裂サイクルを加速』

肝臓が、目に見えて修復されていく。

裂傷が塞がり、新しい組織が形成される。


『内臓損傷、修復完了。最後、ショック状態の回復』


全身の細胞に命令を送る。

『副腎からアドレナリンとコルチゾールの分泌を促進。血管平滑筋を収縮させて血圧を上昇。さらにミトコンドリアのATP合成酵素を活性化して、全身のエネルギー産生を促進』


猫の体温が上がり始める。

呼吸が深くなる。

心拍数が安定する。


三分後。


「にゃー!」

猫が元気に立ち上がった。

尻尾をピンと立てて、俺の周りをくるくる回る。

『……よし、成功』

俺は猫の頭を撫でた。


「元気でな」

そして、その場を去った。

『これくらいなら、バレないだろ』


【翌日、学校で噂になった(嫌な予感しかしない)


「ねえ、聞いた? 公園で奇跡が起きたんだって!」

「何それ?」

「瀕死だった野良猫が、突然元気になったらしいよ!」

『……え』


教室の会話が耳に入った。


「マジで? どういうこと?」

「わかんない。でも、近所の人が目撃したんだって。夕方には死にかけてたのに、夜には走り回ってたって」

「神様の奇跡かな?」


『……いや、俺です』


心の中で訂正する。


『バレてないよな……? 誰も見てなかったし……』

でも、胸騒ぎがした。

前世でも、こうやって小さな親切が積み重なって、いつの間にか「英雄」なんて呼ばれるようになった。


『……今度こそ、ひっそり暮らすんだ。絶対に目立たない』


俺はそう心に誓った。

だが、この日を境に、俺の周りで"奇妙な出来事"が次々と起こり始める。


そして、俺の「ひっそり暮らす」計画は、音を立てて崩れていくのだった。

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