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3月4日のとある屋敷の中では
「我が財閥においてはどのような事態になっても対応できるだけのことはやっておったが、まさかここまでマックバーガーが踏み込んで来るとは予想だにしなかった。上条よ、お前はどう見る。」
と真っ白な角刈りをした和服の老人が向かいに座る目つきの鋭い眼鏡を掛けた青年に問いかけていた。
最高級の革張りのソファに浅く座った上条青年は
「恐らく戦後すぐに換金した戦時公債分は返納する必要があるかと思われます。換金の経緯も我々の責任をもって正直に話をして、御当主様に一切の責任が追及されないように取り計らいます。ただ事業資金の関係で早急な手当てが必要になってくるとは思いますのである程度の事業の切り分けがせざるを得ない状況だと判断しております。」と端正な顔を曇らせながら話した。
「まったく、GHQの頭はなかなかの切れ者だと噂は聞いていたが、それ以上だったようだ。ホントに忌々しい話だ。あれらは財閥の解体自身も狙っているという話だし、よっぽど巧妙にやらないと本当に分断されてしまうから厄介な事極まりない状況だな。」
「当主様のおっしゃる通り厄介な問題ですが、この経済的混乱が続いている状況では財閥解体は一気に社会不安に繋がる恐れがあるから一年ほどは時間が取れると思いますので、ご安心していただける必ず良い方法を考え出しておきます。」
「うむ、ところで末っ子の弥三郎はまだ大阪から戻って来る気はないのか?このご時世だ。あっちにいても色々と不便だろうし、五陵銀行本体のかじ取りもそろそろ覚えてもらわんと、わしもいつまでも元気でいられるとは思わんからの。」
「はい、私どもの方からも弥三郎様には機会のある毎に戻っていただけないかとお伺いは立てているところですが、何やら大層面白いお人がいらっしゃるとのことで、当分大阪から離れる気はないと。ただ、銀行の方向性の話については現場から是非参加したいとの言葉はいただいております。」
「歳の離れた末っ子だと、ちと甘やかし過ぎたかのう。困ったものだが。」と苦虫を嚙んだような渋い表情の当主に、
「いえいえ、それが案外この時世にあった貸付方法をご提案いただいたり、有力な方々の五陵銀行の評判が関西の方で上がってきたりしていますので、なかなかの商才を磨いていらっしゃるように見受けます。」
「ほおー。何事にも辛口との評判を取る上条が褒めるくらい、弥三郎は大阪で伸びているのか?」
「間違いなく、将来の五陵銀行を背負って立つ資質を磨かれていると私は確信しております。GHQの目指す日本がどの様なものであるのかを目を閉じて話をよく聞いてみると、その光景が浮かび上がって来るくらい明瞭に話されるのです。しかもその背景にはしっかりとした理由が構築されている。このことに私自身が震えました。
敗戦の混乱が続く中、私自身も日本の未来を全く見通せないこの時期に、弥三郎様はしっかりとした見通しを持って五陵銀行の生き残る道を見つけようとしている。到底私の才の及ぶところではありません。」と上条は力強く当主の五陵弥左衛門に応答した。
普段とは違う上条の激賞は五陵財閥当主である五陵弥左衛門の弱った心を力強く応援する結果となった。そう、GHQによる財務特別検査は五陵銀行の根幹を揺るがすほどの破壊力を持っていたからである。近いうちに敗戦直後からの大量預金流入について取り調べを受けることは明確であり、「国家反逆罪」の名目がある限り迂闊な資金移動は我が身だけでなく、一族の存続そのものに対する影響を持つまでになっていたのだ。




