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「国家反逆罪」容疑とはなんだ。私は敗戦後もお国の為に昼夜を問わずに紙幣を増刷し続けた。それが国に忠誠を示す一番の行為だと信じたからだ。ところが私には「国家反逆罪」容疑が掛かっていると言われた。冗談じゃない。どうしよう。
「あなたは造幣局の課長として昭和21年8月15日以降急激な紙幣増刷の命令を出していますね。それは誰からの指令だったのですか。またその指令書は保管してありますか。」と日本人のような顔をしたアメリカ兵が日本語で丁寧に質問してくる。彼が言うには嘘を吐かず知っている事を正直に話せば「国家反逆罪」については免罪するとのG2課長より方針説明があり、文書として示してあるとのことであった。但し嘘を吐いた場合は、その特典は取り消されるとのことなので正直に話さなければならないとの事であった。さらに新しい情報を提示できれば、その価値に応じて報奨なり、新政府での地位の保証やより高い地位についても考慮するという話であった。
だから私は新政府の官吏として知っているありとあらゆる情報をこの人に託そうと思った。こんなインフレの世の中を自分が作り出してしまった責任は取らなければならないから。増刷した紙幣のほとんど全てが戦争を主導した軍部やその一族、財閥に流れ込んだだけで、戦後何の責任も取らないまま膨大な紙幣を思いのままに使った結果がこのインフレであると聞かされた時、自分は何をやっていたんだと茫然とした。初めて「懺悔の夕べ」を聞いた時以上の衝撃だった。私も、日本帝国も懺悔の時がきたのだろう。
「どうする?このままでは我々が目論んだ日本帝国による占領日本の支配が出来なくなってしまう。間接統治が無くなるまで膨大な資金を隠匿して、政治家や教育で手足になる人材を確保しながら徐々に日本の基幹産業をはじめ法律を我々が求めるような形に持って行くという計画の根本から覆される事態が今起きている。このまま座して死ぬのを待つなんて冗談じゃない。今ある勢力を結集して一矢報いるまではこの国を好きにはさせない。いいか。」
10人ほどいる角刈りした青壮年の一団の中の一人が立ち上がって、最初は静かに話していたが徐々に感情を抑えきれなくなり、最後は怒りに満ちた言葉遣いとなって全員に向かい爆発させた。
するとこの集団の一番の年長者であると思われる白髪の混じった角刈りの男が
「落ち着け、ばかもん。戦場においては常に不測の事態が起こり得る。その時に冷静さを失っては全てを失うぞ。ワシらはこういう事もあろうかと最低限の資金は日銀の金の一部を確保してある。
ただ、その取引に関係している者がいるから早急に始末しなければ我々の跡をたどられかねない。
高城少佐、お前のところの特殊班を使って分からないようにしておけ。ここまで周到な策を打ち出して来る相手がマックバーガーだと言う事を皆も肝に銘じてこれからは行動を律せよ。例えこのメンバーの誰かが捕まっても一切の行動を控えるように。我々一人一人が最後の日本帝国の砦となって神州日本を護持していかなければならないことを忘れるな。」そう腹に響き渡る様な低い声で一括した。その一声で熱しかけていたその場の雰囲気が一変した。
「了解いたしました。御前様。」と一同が一斉に頭を下げた。




