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俺とお嬢は仕方なく3月3日まで横須賀基地に逗留する事になったが、メイベル少尉に日系二世の将校を中心に親交を繋いでいく紹介を願ったところ快く基地司令官の快諾を経て、今後の身の振り方を確認していく事になった。その話の中で何人かは大田村商事を通して将来事業展開していける人間を発見する事が出来たのは、少なくない副産物だったと言えるだろう。
3月3日から4日にかけて日本列島には激震が走った。文字通り政府高官や政治家がGHQから公布された「新日本政府」に対する「国家反逆罪容疑」で全ての預金口座が押さえられ、預金口座の内容を新財務特別官に任命された人間によって査察されるという内容で右往左往者が続出したからだ。郵貯、銀行などの金融機関から預金情報が全て確定で日銀に情報があげられている為、突出した金額を持つ金融機関の口座は隠しようがない状態となっており、その持ち主、団体、企業などが軒並み金融査察の対象として浮かび上がることになった。「金融緊急措置令」の副作用がこういう具合にわが身に返って来ることを想像できなかった官僚は既に茫然自失となっていた。元軍部からの脅迫などもあり、眠れぬ夜が彼らの日常となった。
そうした騒然さなど知らぬかのように、3月4日夕方に横須賀基地から堺基地へ軍用プロペラ機で帰った俺とお嬢は、やはり俺だけ飛行機酔いをすることになった。根性で取り繕った俺とお嬢は早速ミッチェル准将とヘルメス中佐に挨拶して大田村に帰ることにした。
大田村へ帰り着く前のトラックの中でお嬢がぼそりと
「代表、お疲れさんでした。やっと代表の思ってたケジメを付ける事で来たんですね。でも代表はこれで日本で住めへんようになったんと違いますか?」
「知られたら事やね。ただ当分は大丈夫だと考えている。日本にある黒い根っこが軒並み引っこ抜かれる危機なんて未曽有の事だから普段偉そうにしている連中皆が泡食っている。火消しに大わらわという状態だろうからね。お嬢も黙っててね。」
「分かっとりま!生きるも死ぬも大将と同じ船に乗っ取りま!世界の海まで漕ぎ出す覚悟はとうに出来てますえ。京女を舐めたらあきまへんえ。」とキリッと鋭い目力の香奈子お嬢。
この何とも言えン威圧感がようやく日常に戻った実感として快く感じるのは、「俺マゾちゃうやろか」と思ったことはここだけの話としておいて、
「お嬢、ありがとな。お嬢が傍にいるだけで心強かった。あれだけ迫力ある人間と話し合うのは心力がすり減る様な気がして、ごっつう疲れたけど、お嬢が眼力で対抗してくれたから何とかなったような気がする。」
「まかしとき!何時でも大将の尻叩きさせてもらいま!」
いったい何処の相棒やねン!と突っ込みを入れたくなるよなお嬢はやっぱりいつもの平常運転だった。




