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2月17日のお昼時、俺は久しぶりに孤児たちの食堂にやって来た。夜の1/3ほどしか席は埋まっていないけれど、子供たちの体温が高いのか食堂内部の温度はホンワカした温度であり、食事時を喜ぶテンション高めの嬌声は、一足早い春がこの食堂に訪れていることを更に実感させた。これは俺にとっての小さな勝利だ。命がけでこの世界の歴史に介入した俺が目指した小さな一歩なのだ。
と感無量に浸っている俺のレバーを容赦なく打ち抜くのは誰だ!
「ボケッーとしとらんで、はよう話しなはれ!みんな腹空かして待っておりますぇ~。」
目力を増したお嬢の一言で、食堂内がシンと静まって皆の視線が俺に集まっていることに気づく。
「昼飯の前に皆に一言だけ言いたくてここに寄らせてもらった。今日からは今まで以上に胸を張って、皆はこの清水健吾の一の子分であると言ってもらえばいい。皆にしか出来ない新しい仕事を追加でできることになった。大田村、大田村商事だけでなく、日本国の未来を拓くための機会が皆の力によって手繰り寄せられることになる。この村で生きていく事に自信を持って良し!以上。」
子供も付き添いの大人も訳が分からずポカンとした表情をしていたが、とにかく俺が嬉しそうに喋るからまぁいいかという感じで「あはははは。」と笑いだして、騒然とした食事が始まった。
普段忙しくてなかなか言葉も交わす暇もなかったが、子供たちは近づくと代わる代わる俺に声を掛けて来る。触れようともして来る。俺が彼らを一生懸命に守ろうとしている事を理解して、信頼しているとのサインを出して来る。いいもんだ。すると
「代表は子供に対する演説はヘタですね!」とお嬢。
余計なお世話だと思いながら
「これからしばらくは、今まで以上に忙しくなる。お嬢にも負担がかかるし、単独指令もこなして貰わなければならなくなるが、大丈夫そうか?」
「これまでの世の中は女なんて男の添え物、刺身のつまみたいなものだったけど、やっと代表みたいなけったいな人物が世の中に出てきて、うちみたいなじゃじゃ馬をつこてくれるんどす。気張らなあきまへん!まかしといておくれやす。」
ごっつけったいな京都弁やなと思いながら、うなづく俺であった。
食堂を出て直ぐに役場に戻り、堺基地のラスカル少尉と連絡を取り、ベーカー大尉との面会の予約を取ってもらうことにした。
ベーカー大尉は月曜日であり忙しいにも関わらず午前中に時間を取ってくれることになった。
俺は香奈子嬢にこれから際どく難しい話が続くことになるが、一緒に付いて来るかと尋ねたら、黙って肝臓を打ち抜かれた。やめろ!お嬢のパンチはマジで効くから・・・。
昭和21年2月18日 今朝も霜柱が立っている。
まだまだ春は遠いようだ。




