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さて、午前中最後の目的地に着いた時に問題が発生した。広々とした土地が有刺鉄線を張り巡らせた木の杭で囲まれており、その真ん中に目的地の太田商事管理地があったからだ。
「ここ間違いなくお嬢の家があった所だよ。8月14日の空襲でお嬢の父ちゃんや母ちゃんが死んじまったってお嬢はここに来て悲しそうにしてた。だからこの場所は良く知っているンだ。」と虎之助が怒った声で俺に何とかできるか見上げてきた。虎之助の言っていたお嬢とはもちろん目の怖い香奈子お嬢様では無く、可憐な篠原姉妹の姉である篠原美鈴のことである。
トラックの中で香奈子お嬢と打ち合わせをしてから、虎之助と二人で有刺鉄線の途切れた土地の開口部にある簡易小屋みたいな建物に向かうことにした。
「ドアホー!もたもたするんじゃねぇ~!サッサと瓦礫運び出さんか~!日暮れちまったら、おまんまくえねぇ~ぞ!」と威勢のいい怒号が飛んでいる。テキヤか愚連隊か。怖そーな兄ちゃん達が一杯おる。前世だったら決して目を合わせなかった部類の人たち。ところが今は、予科練に入る時に特攻隊になって敵艦に向かって刺し違える覚悟をした叔父さんの意思が残っているのか、人間死ぬ時は何してても死ぬという気持ちがあり、震えることがなくて有難かった。むしろ小学生を卒業してない位の年頃である虎之助が逃げ出すことなく俺に付いてきたことの方が驚きであった。
不審げな顔で俺に近づいて来る30~40代の男が
「ここは大東亜浪州会の市場縄張りじゃけんが、まだ一般人には解放しとらんけん、ウロウロすな!」
威嚇するような勢いでしゃべる。
「こちらの代表者の方とお話しさせていただきたい。私はGHQの施設代行を請け負っている者ですが。」
と少し離れた所にいる2台のジープが止まっていて、アメリカ兵が乗っている車の方向を振り返って見せると、驚いた鬼瓦そっくりに顔つきが変わった男は、
「ちょっと待ったらんけ!いま、親父呼んでくるけん!」と踵を返して小屋に向かって駆け入った。
「親父!カチコミじゃ~!」と小屋の中から聞こえて来た。
お前、また戦争始めるつもりか、ボケ~!と心の中で毒づきながら小屋の中から聞こえるガタガタという物音が何やら物騒で、今日の仕事はこれで終わりやなと覚悟を決めたのであった。
ひとところ騒ぎが静まって、親分を中心に見事な飛行編隊形をして小屋から押し出して来る様は、昔懐かしい時代劇の悪役が登場してくるシーンそっくりによみがえっていて、思わず咳払いで笑いをごまかしてしまった。
「そこの兄さん!進駐軍がわしのショバに何の用じゃ。」
2mほど距離を開けた所から旧日本軍の外套を着こんだ親分は声を抑えて俺に恫喝する。
「この地所の一部がGHQ所轄の建物を建てる予定地になっております。地権者の同意は済んでおりますので、本日は視察に参った次第です。当局からの手配での早々の整地作業ご苦労様です。使えない役人ばかりしか残っていないと思っておりましたが、中には気が利く人間もいて、新生日本も安泰と言えますね。」
取り敢えず、相手の前言をさらっと流しておいて、丸く収めようと穏やかな役人調の感じで俺が話していくと、
「ドアホ!何ぬかしとるねん。われ、いてまうぞ。」「ケツの青いガキはとっとと帰ってション便して寝ぇ~。」などのヤジが後ろから飛んでくる騒然とした雰囲気に変わった。




