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昭和21年2月5日 朝は土の地面を踏む度にガザッガザッと音を立てて霜柱を潰して歩くのがこの時期の風物である。
今日は虎之助と秘書に収まった目力お嬢こと香奈子お嬢を連れての堺基地への食糧輸送トラックを走らせている。予定として俺と虎之助が大阪市内へ、香奈子お嬢は堺基地のジョンソン神父の所でアメリカの新聞を読んで情報収集を行うこととなっているが・・・。
「代表、私より弱い代表が瓦礫の市中へ向かっても用件が用件ですので危険すぎます。私としては許可する事は出来ません。」
と目一杯の眼力を込めて俺と虎之助を睨みつける香奈子お嬢。
直接お嬢の眼力圧を受けない虎之助はどこ吹く風と視線を逸らしているが、まともに受けるには強すぎる俺には
「多少の危険があるかもしれないからこそ、お嬢は連れていけない。嫁入り前の大事な体が傷ついてしまったら、それこそ一大事になってしまうじゃないか。」と反論するものの
「大丈夫、今日はザックが非番なので私の荷物持ちとして名乗りを上げているから見かけは十分護衛犬として役に立つわ。」
誰もが恐れるアメリカ兵を顎で使うあなたがこのメンバーの中では最強なのですね。ムムム。と思いながら、
「分かりました、お嬢の発言が正当であると認めます。本日の秘書兼護衛としてよろしくお願いいたします。」と折れる以外に道は無い俺。虎之助、てめえ笑うな!
結局、大田村商事のトラックに俺と虎之助、お嬢の3人が乗り込んで先頭となり、話を聞きつけて集まって来たお嬢親衛隊ザック他4名が2台のジープに乗ってお嬢を護衛するという要人警護なみの車列になってしまった。
お嬢言わく
「これで代表の警備は万全になりました。」とのこと。
どう見ても進駐軍の注文を受けた業者にしか見えないのだが・・・。
我々が車列を組んで走っていくと、どの車も道路わきにスピードを落として優先的に通過させてくれる。まるでサイレンを鳴らした救急車かパトカーのような扱いである。ちょっと気持ち良かったのは自分の胸の中に仕舞っておこう。きっとこういうのが権力の味なのだろう。その慣れは事故を呼ぶ!心の標語その一。
終戦から半年も経ってしまったが瓦礫の取り除き作業は遅々として進まない。もっとも、その瓦礫の中にボロボロのブリキや板で掘っ立て小屋にして住んでいる人も目立ってきた。
虎之助に持たせた古い地図を基に目的地を決めていくが、周りが変わりすぎていてなかなか決められなかったが、隣の地所にいたと思われるバラック小屋の住人に確認した上で、目的の地所に大田村商事の看板を打ち込んだ。
そうやって、地図上の目的地に次々と看板を打ち込んでいったが、中には廃材を組み合わせた小屋が建っている場所もあり、その住人の由来を聞いてみるとその土地の遠い親戚であるとうそぶいている為、正式にその地の管理を任された受任者である書類を目の前に示して退去勧告と大田村商事の看板を立てた後一週間の猶予を与えるから立ち退くように告げた。予定では仕事がなければ大田村に来れば住む所と仕事を世話するはずであったが、ここにバラック小屋を建てた経緯を聞いていく内に、いかにも後ろ暗そうな態度とずるそうな顔つきが、こいつはあかん奴やと判断して最後通告のような強硬発言を繰り出すことになった次第である。
「若僧、もう一遍ゆうてみんかぁ~。」と大声を張り上げて、掴みかかろうとしようとした時に、すごい目つきの美女と山のような体格をしたアメリカ兵が俺の後ろに来ていたため、脱兎のごとき速さで逃げて行ってしまった。
「正に虎の威を借るキツネやな~。」とつぶやき、今日の昼はうどんにしよと決める俺がいた。




