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「その話はいったいどこから出たものか。それにそんな考えがあるとは私は初めて聞きくことができたが、その話そのものは大変興味深いし、世界の強国となったソビエトを研究する上で必要なことはよく理解できる。なるほど独裁者か。」
「恐らく、労働者が生産し、公平に分配するという共産思想にとびきり危険な落とし穴があるということです。全ての物を計画的に生産し、分配する。ところが、生産分配を支配するということは、衣食住の全てを支配できる人間が生まれ、生殺与奪件を獲ることを意味します。しかも情報そのものを自由に生産できて、それを公表できるとすれば、軍事や暗殺部隊を衣食住の保証で確保したのちは、自分の命令を実行する者を優遇して、イエスマン以外は死によって排除させていけば、歴史上のどの皇帝より遥かに強力な独裁者が誕生する。法律も全て自分の都合の良いものに変えさせる。自分は法律を超えた身分であると法律で規定し終身職として自分を独裁官に任命すれば誰も自分を裁けるものがいなくなる。
もっとも役職名は書記長という恐ろしくない独裁名で。そういう存在に誰でもなれる可能性を共産主義や社会主義そのものの思想の中に組み込まれている事にほとんどの人が気づいていない。
貧富の差を是正する事や自分の能力を正当に評価されないと不満に思っている者ほど共産主義にのめり込んでしまう。だから彼ら自身に社会主義、共産主義の現実に潜む恐怖の現実を正しくレポートさせ、公式発表させることで自分の考えていた理想と現実の違いを気づかせ研究させる事が、今後の世界を作るうえで大きな足跡の手掛かりとなれば幸いと考えています。」
「確かに、これからはアメリカとソビエトの二大国の時代が始まることは間違いないと同意する。相手の国の政治的弱点を研究することは大いに意義のある事と言える。社会主義の実態について共産主義を理想とする人間に進んで研究させるとは中々シミズさんも人が悪い。」
「日本人は人間社会を形作る物事の本質を見極める人が非常に少ない。この戦争にしてもする必要のないものではあつたが、武家社会の変質としての軍事体質を一掃出来たことだけは評価できる。ただし犠牲が大き過ぎたと言えるが。これからの事を考える上で、ときちんとケジメを着けさせなければ、また同じような過ちを犯すと考えています。
それで、GHQの持つラジオの指導権益を使って外地で行ってきた軍人の不法行為や人道上の犯罪について懺悔、告発する番組を作って放送させることを提案します。
告発者には公開懺悔による戦争犯罪の減免責と食料品の賞与、例えば米3表とかうたえば、今後戦争裁判における戦争犯罪の摘発素材も集まります。
何より外地で日本軍がどの様な振る舞いをしてきたかという現実を日本国民自身が被占領民となった今、自分に照らし合わせて反省させる絶好の機会です。敗戦の今しか出来ない事、国民全体を反省させなければこの国に隠然とした権力を持っている者を表にあぶりだすことは出来ない。『鉄は熱いうちに打て』です。」
「シミズさんはいい教師になるでしょうね。その話も大変面白い。関係者に話しておきましょう。何やらシミズさん程の率直な意見はこの日本に来て初めて聞くものだった。お礼と言っては何ですが、私で何か出来ることがあるか。」
「ありがとうございます。実は今ラスカル少尉を通じて日本美術品の価値の鑑定とオークションをニューヨークのラスカル少尉の叔父さんを通して行いたいと思っています。アメリカ国民に日本にも良い物があるのだと再認識していただきたいのです。収益金の一部をこの戦争のとばっちりを受けた日系人の商業・生産活動の資金として使うことを考えています。手続き上で難儀なことが出て来た時は、ご助力お願いしたいです。」
「シミズさんの目は困っている弱い人に向けられている。私の田舎にいる神父さんに雰囲気が似ている。美術品は本国に向かう郵便物と一緒に大切に送るよう手配しましょう。手続きの面で面倒なことが起きたら何でもベーカー大尉に知らせろ。出来るだけ配慮するようしておく。」




