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それからはもう目の回るような毎日が訪れた。まず和歌山に米軍が上陸したらすぐさま連絡が入るように手配することと上陸の際、戦闘などなかったかを確認連絡させること。
先遣隊、将校用の宿の選定。これは地主さん、村長さん、憲兵さんなどのお偉いさんの家が村の中で豪華な所として選ばれた。網元の鈴木さんの家は潮風でだいぶくたびれていると俺が判断して外しました。さらに山の峰の向こうに炭焼き小屋をいくつか作って各家庭の余分な食糧や、価値のあるお宝が供出とならないように隠した方が安全じゃないかといったら村の富裕層はそれぞれお宝を持って預かってくれるようにお願いされてしまった。
次にすべての役所に保管されている刀剣、銃器類、各家庭にある銃器類に目録を付けて役場で一括保管することを宣言した。これは無用な闘争が起きる可能性を防ぐことと、占領軍は太閤さんの刀狩と同じことをすると言ったら割と皆理解してくれた。
一方大阪に赴いて、油や小麦、パスタ、酒、鶏や豚、乳牛など可能な限り食材を手に入れてもらうようにお願いした。兵隊用の簡易宿舎は難儀したが、村中総出で瓦を載せない長屋のような建物を小学校の校庭横の空き地に建てていった。もし、史実と違って来なかったらと一抹の不安で胃がきりりと痛む毎日であったが。
忙しい日々の中、村の主だった者が集まってこれからの日本がどうなるのかを俺に話して欲しいとお願いされて、進駐軍が来た後の日本の制度や暮らしの予想を話すことになった。
「アメリカの考えは、二度と戦争などを起こそうと考えない日本にすること。軍隊の解散。軍事教育の全廃。が真っ先にきます。
次に戦争によって儲けた企業や軍需産業の解体。発明の摂取。また財閥の解体、旧日本の支配層の解体。大地主の農地解放。小作制度を終了させる。などが考えられます。これらは強制的に適用されるよう日本政府に圧力が掛かりますから、拒否は出来ない。我々は敗戦国なのですから。だから地主さん達は自分が一番大事にしたい農地や効率的な農地を3町歩ほど選んで後は怨恨が残らないように小作の人に格安で分けてあげる覚悟をしておかれた方がいい。」
俺の話に農地地主たちは頭を一様に抱えて聞いていた。村長さんも名主であったため、難しい顔をしていた。
「これは予想であるが、ほぼそうなる。更に日本政府に経済を考える人物がいない。つまり、これから先経済は大変な混乱期に入る。」
「それはどういう意味だ。」と村長。
「第一次世界大戦後の敗戦国ドイツにおいて未曽有の物価上昇が起きた。朝100円だった物が夕方には150円になるというほどの凄まじい物価上昇だ。つまりお金に信用がなくなった状態ともいえる。だから、対処法として物と物を交換できる物を、具体的には米を集める必要があります。貨幣に替わるぐらいですから、政府の配給供出を無視して村独自で集めるようにすること。これによって日本政府から睨まれる覚悟は必要ですが、力のない無策な政府より村民の暮らしを守り、独立自尊の気概を持って戦争中嘘ばかりついていた政府ではなく村が村民や村を信じて合流してくれる人に新しい日本を示す。そういうど根性を徳川吉宗さんに倣って立ち上げて欲しいものです。」
「さすが予科練、日本政府を向こうにして立ち回るとは大したやっちゃのー。わしも戦時中は怖くてなんも出来へんかった。じゃが、これだけ無残に国が叩かれちょったら、わしらは覚悟を示さにゃならんのー。おまんに任すきに、存分にやりゃあー。」白髪で目つきの鋭い爺さんが俺に向かって頷いている。
「大田様、よろしいので。」と村長。
うんと一つ頷き俺をひと睨みしてから愉快そうに笑って席を立って帰っていった。そこにいる全ての人間は立ってお辞儀をして送り出していた。当然俺も村長に促されてお辞儀をしていたが、この村の命名となった名家の当主様であった。この集まり以後は、俺の話があきれるほどスムーズに通るようになった。
ぼちぼち