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「この様な討論会で私個人の共産主義に対する感想を述べてもいいだろうか?オハラ少尉。」と稲川。
オハラ少尉は労働党の田端と革命党の新崎を見ると稲川の語った現実のソビエト連邦の情報がこなしきれなくて言葉が詰まっており、共和党の滝と革新党の小栗も対岸に火事が移ってほっとしている様子があり、民主経済党の山沢洋一郎も頷いて同意していた為、
「ここにいる皆さんの同意が取れましたので簡潔にお話しください。」と稲川の話を誘った。
「ありがとうございます。ラジオでお聞きの皆様もしばし時間を借ります。私はドイツへ行ってソビエト連邦の現実を多くの人に聞き及んでいく度に私の15年にわたる労働者に対する思いと共産主義における悲惨な現実の違いは何だったのだろうと答えのない問答を繰り返していました。この日本に帰って来ても私は出口のない道をずっと彷徨っているだけでした。しかし、ある人に言われたのです。共産主義の思想そのものの前提が誤っている為に、それを現実化しようとすると現実の罠にハマってしまう。新しい思想、新しい行動指針を築けばいいだけの話だと。世の中は労働者と資本家がいるのではなく、企業と投資家と労働者がおり、労働者は時に投資家になって企業を立ち上げることも自由になる時代が目の前まで来ている。それは不公平な制度を押し付けていた旧政府が無くなり、GHQが最新の自由で公平な制度をこの日本で施行しようとしている為だと。
最新であるから手直ししなければならない事もあるが、戦闘機で言えばジェット戦闘機のような素晴らしい可能性を秘めている社会制度である。今まで労働組合は団体交渉や労働争議のような直接的で暴力行為に発展しやすい交渉しかその脳みそを使って来なかった。しかし、自由に変化できる世の中になったのだから、労働組合自体が企業資金を募集して企業そのものを作ってしまい、阿漕な商売をして労働者から搾取して儲けている企業があるのなら、その従業員を一度に労働組合の企業に転職させてその企業を追い出してしまうことも出来るのではないか?ある程度儲かると分かれば別の投資家がその企業を高く買い上げてもらえるかもしれないし、労働者自身が投資家となってその企業の利益配分を受け取ることも可能になる。一方儲かっていない企業ならば労働組合は積極的に転職を応援して、より労働者の生活がより良くなることを目指す道もある。日本だけじゃなく世界を見て労働者の生きる方策を無限に生み出してこその労働組合にしてみないか。そう言われて、私は思わず笑っていた。敗戦によって何もかも無くしてしまったと思う人が多い中、より自由となり無限の可能性を示す時代であると意気揚々とする人間がいることを知って、苦労はあるけど自由な未来があることは何よりも大切な事なんだと初めて気づかされた。
共産主義に未来はない。一党独裁の軍事主義はいずれは軍事独裁主義へと変質していく未来しかない。労働党の皆さん、革命党の皆さん、本当に労働者の為の政治を目指すのなら根本と現実を理解して行動していただきたい。長々とお話しさせていただきありがとうございました。」と稲川は皆に立ち上がって深々と頭を下げた。




