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カナリアさんの秘密のお部屋  作者: クロ
第四章 開拓
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帰還と訪れ 2

恋。

それは遠い言葉。

愛。

それは遠い言葉。


でも。

貴方がどちらも教えてくれた。

誰かを愛すことも、愛されることも。

忘れていた感情を、再び感じることができたのは貴方のおかげ。


そして、私は貴方に恋している。

恋焦がれている。

貴方を見ると、嬉しくなる。

名前を呼んでくれるだけで、温かくなる。

私の大事な人。

私の大切な人。


もし、世界が言う"恋人"になれるのなら。

なってみたいとも思う。

でもこのままでもいい。

だって、私がロベルトを好きなことは変わらない。


でも。

もしロベルトが、他の人を選んだら?


いや。


それはいや。

私だけのロベルトなのに。

私の、私だけのものなのに。

なんて、暗い感情ばかり。

ずっと胸の内で渦巻くこれは、吐き気がするほど自己中で、自分勝手だ。


ねえ、私を好きになって。

私をみて。


独占欲も、束縛も、全部混ざって最終的には「愛してる」にいくの。

期待は大きくなっていく。

私の中で、私と私がせめぎ合う。


「カナリア。おはよう。」


数回のノックの後、ロベルトが部屋に来た。

その声だけで、私の思考はロベルトに向く。


「ロベルト。」


朝日に照らされたロベルトが部屋に入ってくる。


なぜかこわい。

失ってしまいそうで。

私の今の気持ちを知ったら、ロベルトは私から離れていかない?

こわい。

私が私を見失いそうでこわい。

だって好きなんだもの。

愛しているんだもの。

だからこわいの。


「…っ」


ロベルトに抱きつく。

こわい。

助けて。

ねえ、貴方が好きなの。


「…どうしたの。何か、あった?」


私は何も答えない。

答えられない。

高い高い崖から、深淵を覗き込んでいるみたい。

その少し先には愛しい人がいるのに、私は一歩踏み出せない。


返事の代わりに、腕にこめる力を強めた。


「…」


ふわりと持ち上げられる。

背中に添えられた手が温かい。

それだけで、私の恐怖は薄まる。


ロベルトの肩に顔を埋める。

そうじゃなければ、涙が溢れそうだったから。

この涙は何の涙なの?

わからない。


すん、と鼻を啜る。

ゆっくりと添えられた手が私の背中を撫でた。


「今日は一緒にいようか。」


耳元で囁かれた声にこくりと頷く。

ぎゅっとロベルトのシャツを握った。

離してしまったら、駄目だと思った。

温かい彼の体温が手のひらに伝わる。

随分と、手が冷えていたようだ。


「さあ、朝食を食べに行こう。」


ロベルトが歩き出す。

心地よい振動に身を任せ、優しい香りに包まれながら私は朝食の席に向かった。


***


これは、一体どう言う状況だ?

朝食の席に現れた主人たちは、いつもと違う。


どうも、この屋敷に勤める子爵家の三女です。

メイド、執事であるわたくしたちが見た一場面をお話ししよう。


それは、朝食の席の準備ができた、数分前のこと。

ガチャリと扉が開く。


「「「おはようございます、旦那様。」」」



わたくしたちは頭を下げ、主人に挨拶をする。

綺麗な礼こそ、主人に向ける最大の敬意だと、わたくしの指導者が言っておりました。


「ああ、おはよう。」


主人が挨拶をする。

それを合図にわたくしたちは頭をあげ、目を見張った。


カナリア様が、主人に抱き抱えられていたのだ。


まっさらな銀の髪は美しく、主人の首に巻き付く腕は細く美しい。


「カナリア。」


主人がカナリア様を抱いたまま声をかける。

だがそれにカナリア様が答えることはなく、主人は困ったように、けれど嬉しそうに笑うと、わたくしたちに言った。


「カナリアの席を私の隣に。」


「「承知いたしました。」」


主人の言葉で使用人たちが動き出す。

食器が移動し、主人は幼子をあやすようにカナリア様の頭を撫でていた。

席の準備ができると主人はカナリア様を席に下ろした。

壊れ物を扱うように優しく触れているのを見守りながらカナリア様の表情を伺う。


その表情を見て、わたくしたちは目を剥いた。


潤んだ瞳に、切なげに伏せられた目は、いつものカナリア様とは違い、今にも消えてしまいそうな儚さがある。

堂々としたカナリア様も素敵だが、今のカナリア様は守りたくなるような顔つきをしていらっしゃる。

そして、その表情は完全とは言い難く、他の感情な気がした。

気持ちに疎いわたくsしにはわからないが。


だが、そんなカナリア様のことを、主人はこれっぽっちも嫌だとは感じていないようで、いつもと同じように優しいものを見る目でカナリア様を見つめていらっしゃる。


カナリア様は席につくと、椅子を主人のもとに近づけ、静かに朝食をお召し上がりになった。

主人はいつもカナリア様の食べるスピードの合わせているようだが、今日は違う。

主人はいつもよりもゆっくりに食べて、カナリア様は主人よりも早く食べ終わってしまった。


「ご馳走様。ありがとう。」


カナリア様はいつも通りシェフにお礼を言うと、ロベルト様の方に頭をお預けになられた。主人は気にすることはなく、食事を続けている。

普段では見られない光景に、幾らかの使用人は驚いているようだ。

わたくしもその一人なのだが、決して誰も外には出さない。

それがブロードけの使用人に求められることなのだ。

主人はお食事を済ませると、執事のレイ様に声をかけ、1日の予定をお聞きになった。


「レイ。」

「は。今日はですね、急ぎの案件が2件、そして確認事項が6件溜まっております。」

「わかった。」


主人は席を立つと、カナリア様を再びお抱えになり、部屋を後にした。

扉が閉まるのを確認した後で使用人たちは動き出す。

さあ、今日もわたくしの不思議で刺激的な日々が始まる。



***


今日は些かカナリア様が変だ。

レイは主人に書類を渡しながら考えていた。

普段のカナリア様なら、この時間帯はお部屋で何かされていたり、最近入ってきた新入りの指導をなさっているが、今日は主人の執務室にいらっしゃる。

そして、ゆっくりと本をお読みになられている。


邪魔をしにくるわけがないのだが、一体なぜ、こちらにいらっしゃるのだろうか。

昼の温かな日が指す中で執務をこなす主人と、読書をして佇んでいる皇女。

側から見ればおかしいこと極まりないのだが、なぜかこの空間にはしっくりくる。


主人の筆遣いが真と静まり返った部屋に響く。

サラサラと流れるような美しい筆跡は、それですら、人々を魅了する。

絹のような青み掛かった黒とは言わぬ、繊細な髪の色。

極寒の深海を連想させるような青い瞳。

その瞳に本当に映ったものはいない。

ただ一人を除いて。


美しい銀髪。

吸い込まれるような透き通った瞳。

きめ細かい肌は真っ白で、儚げな雰囲気を誘い出す。

薄く桃色に色づいた唇は、本当に人の言葉を話すのかと疑ってしまう。

そして彼女こそが、彼の瞳に唯一映った人。


「…レイ。」


「はい。」


「見てごらん。」


主人が声を小さくしていった。

主人の視線の先を見る。


「………」


「美しいね。まるで女神が眠っているかのようだ。」



主人が優しげな表情をする。

それは今までに見たことのない表情で。



「…そうですね。」



美しいと、思った。


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