見学
「ここに座っててねぇ。」
差し出された椅子に腰掛ける。
木でできた丸い椅子はギシ、と音を立てた。
たくさんの薬草の匂いがする。
あの森でよく薬の調合もしていたから、懐かしい香りだ。
独特な匂いが入り混ざり、薬草でなければできない深い香り。
なんとなく、茶葉に似ている。
それに加えていろんな色の瓶が戸棚に入っていて、どれも興味をそそられる。
いろんな場所に目をやっていると、一つの文字に目が吸い寄せられた。
『人体について』
流れるような文字で書いてあったのは今までに見たことのない言葉の並び。
人体。
人の体。
「…お待たせしましたぁ。ああ、第二皇女様はやっぱり僕と気が合いそうだねぇ。」
ガチャリと扉があき、アーノルドさんが姿を現した。
「それはねぇ、ちょっとしたぼくの趣味なんだ。人の体、見てみたいと思ってね。」
…間延びした言葉遣いじゃなくなった。
雰囲気も変わった。
これが、"アーノルド"。
緑の瞳は研究者のそれである。
「そうなのね。もし、よろしければ中を拝見しても?」
「もちろんだよぉ。」
彼に許可をもらい、中を見る。
そこには研究対象の名前、性別、持病など、基本的な情報とともに、解剖したのであろう人体が精密に書かれていた。
1ページだけじっくりと見つめ、冊子を閉じる。
「素晴らしいわね。」
その一言に尽きた。
彼が描いたであろう解剖の絵も、そこから導かれた結果も、素晴らしい。
筋の通った予想、関連性全てにおいて彼の人格がわかる。
「カナリアがそういうのなら、彼に任せようか。」
「?」
ロベルトが隣で微笑む。
そういえば、今回はなんの目的でここに来たのだろう?
すっかりこの冊子に夢中になってしまったが、本題はそれではない。
「そういえば、ここに来た本当の目的。聞いていなかったけれど、何をしにきたの?」
ロベルトに聞く。
それはアーノルドさんも気になっていたことのようで、彼もロベルトを見ていた。
「これは、この場にいる者しか知ることがないから、口外は決してしないでほしい。」
「「わかった。」」
アーノルドさんとは私は頷く。
おそらく、これは国家機密にも値するのだろう。
口外すれば、帝国も、世界も乱れる。
「では、話そうか。」
ロベルトは一つ息をついた後、話し始めた。
***
「アーノルドの元へ送られた元男爵令嬢の父親の領地が、今回の事件でブロード家に預けられることになった。
あの領地では鉱産資源が豊かでね。
その量を把握するために先日、ブロードから人が派遣された。
そこで見つかったのが、これだ。」
ロベルトは空間魔法から一つの報告書を取り出した。
「成分はまだ解析中だが、新しい素材が見つかった。ブロードの研究員によれば、これは紛れもなく帝国を傾けるであろうと。薄く、軽く、強い。
現時点ではある一定の形にしか保てないんだそうだ。そこで、アーノルド、君の力を貸してほしい。カナリア、君もだ。」
「僕?」
「私?」
そこでなぜ私が出てくるのだろう。
アーノルドさんは研究員だけど、私は違う。
「アーノルドは、ブロードと共同研究を、カナリアはそれの管理、報告を行なってほしい。
そのうち、この新素材は売りに出される。カナリアにはそれの経営も行ってほしいんだ。」
「それは…」
楽しそう。
面白そう。
私の好奇心をくすぐったのは新素材ということ。
それは新たな可能性を秘め、ものによっては活用できる。
「やる。私、やるわ。」
「僕も何も異論ないよぉ。研究素材が整ってるブロードには一度行ってみたいしねぇ。それに、新素材かぁ。ふふふ。」
アーノルドさんも同じことを考えていたらしい。
体を動かすのは好奇心。
行動を起こすのは興味。
「ありがとう。二人にはちゃんと給金が出るから、そこは安心しておいてくれて構わないから。」
私には給金はあまり関係ないから、ロベルトはアーノルドさんとそこらへんのことを詰めてもらう。
なんなら私はお金がもらえなくたっていい。
ロベルトは渋るだろうけど。
アーノルドさんとロベルトは情報共有をしている。
それを聞きながら、私はアーノルドさんを観察した。
失礼のない程度に見つめ、ロベルトを見つめ、彼は安全だと判断した。
日が暮れる。
木で縁取られた窓から橙色の空が見える。
キラキラと煌めく太陽が美しい。
明日も幸せで過ごせますように。
今日が幸せに過ごせてよかった。
あなたのおかげ。
「ふふっ。」
笑いが溢れる。
それに気づいたロベルトがこちらを見た。
私を見て、嬉しそうな顔をする。
二人で笑い合って、身を寄せる。
カナリアの銀髪がさらりと揺れた。
遅くなって申し訳ありません!




