出発
「よし!」
翌日。
私たちは馬車に乗り込む準備をしていた。
大きなトランクに荷物を詰めて、動きやすい服に着替える。
私はもともと着飾るのが好きな方ではないから、あまり普段と変わらないのだけれど。
鏡に映った髪を一つに結んだ私は、いつもよりも活発そうに見えた。
コンコンコン
「どうぞ。」
ノックされた扉からロベルトが現れる。
今日のロベルトも綺麗。
黒のジャケットに、白いシャツ。
一つ違うのは、黒い革手袋をしていたことだった。
「どう?準備できた?」
「万端!」
荷物を詰め込んだトランクを目の前に出す。
さあ、楽しい旅の始まり!
***
綺麗な景色。
たくさんの人。
笑い声。
食べ物の香り。
青い空。
子供。
大人。
お年寄り。
その先にあったのは。
「ここが、西の、修道院。」
「うん。」
数時間をかけてやってきたのは修道院だった。
大きな大きな建物。
石でできた壁は年季が入っていて、長年この地に聳え続けていたことがわかる。
あの、男爵令嬢たち。
彼女たちがここに送られたことは馬車の中でロベルトから聞いていた。
私の真正面にあるのは、重そうな、金属でできた扉。
ロベルトがその側にある木の板をノックした。
「……帝国の白鳥の色は。」
小さな男性の声が中から聞こえる。
「永遠に続く金色である。」
ロベルトが答えた。
扉が開く。
「ようこそいらっしゃいました。第二皇女様、ブロード家次期当主、ロベルト・ブロード殿。
お初にお目にかかります、私、アーノルドと申します。」
菫の花を連想させる淡い紫色の長い髪。
ペリドットのような瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「……中々、様になっているな。アーノルド。」
「ありがたきお言葉です」
サッと撮られた礼は洗練されていて、美しかった。
「…貴族の方ね。」
ポツリと呟く。
それにハッとした目の前の彼はにこりと笑った。
「ああ、やはり。……いえ、失礼いたしました。まさか見抜かれてしまうとは。」
恥ずかしそうに笑った彼をよく見る。
弧を描く唇。
柔らかな目元。
「……別に、猫をかぶらなくても結構よ。わたくしは今、ただ一人の人間としてここにいるのですから。」
今日の私は第二皇女ではないから。
ロベルトの…パートナー…?
「…」
彼は想定外とでも言いたげに目を丸くしている。
彼の笑みを見てわかった。
瞳と、纏う雰囲気でわかった。
素の彼は、もっと面白い。
「観念しろ、アーノルド。彼女にお前の猫被りは通用しない。」
隣でロベルトが至極楽しそうにいった。
「…………そうみたいだねぇ。ふふ、身分は関係ないみたいだ。というわけで、改めまして、こんにちは。僕はアーノルド。
これでも貴族の端くれだけれども、ここで研究員かつ、修道院長を務めさせてもらっているよ。」
「あら、ご丁寧にありがとう。わたくしはカナリア。よろしくね。」
スッと差し出された手を握り返す。
滑らかな肌は、確かに研究員のそれだ。
「にしても、君がこちらにくるのは珍しいねぇ。ロベルト。一年ぶりだね。」
「ああ、楽しそうで何よりだ。久しぶりだな、アル。」
手を離し、彼は後ろで手を組んでロベルトに近づいた。
ロベルトより少し小さな彼は下からニョキっと生えてくるような素振りを見せる。
「…二人は、知り合いなのかしら?」
ここで一つ出た私の予想を口にする。
予想と言っても、ほぼ確信に近かったが。
「ああ、カナリアには言っていなかったね。私たちは嘗て学園で共に学んだ学友だ。」
「そうだったのね。仲良さげに話していたから、そうじゃないかって思っていたの。」
ロベルトとアーノルドさんは昔はどうだの、今はこうだの、私の知らない話をたくさんしていた。
ロベルトの昔の話が聞けるのが嬉しくて、ずっと聞いていたけれど、流石に立ちっぱなしは疲れるものだ。
「…ああ、ごめんねぇ、ついつい、昔話に花を咲かせちゃったよ。今更だけど、ようこそ、西の修道院へ。
歓迎するよ。」
アーノルドさんが申し訳なさそうに謝ると、鈍い音を立てて鉄の扉が開いた。
ブワリと風が額にあたる。
中からしたのは、たくさんの薬草の匂いと、少しの血の匂い。
「さあ、行こうか、カナリア。」
「ええ。」
ロベルトの手をとる。
足を踏み入れたその先には、まだ見ぬ世界が広がっていた。




