西へ。
「カナリア。」
夜。
ロベルトに名前を呼ばれた。
私は髪を梳いていた手を止め、後ろを振り向いた。
「なぁに?」
「西の修道院に行こうと思っているんだけど、君もくるかい?」
まっすぐ見つめられる。
「西。………うん、いくわ。」
なにか、用事があっていくのだろう。
多分、その用事に私が必要か、いたほうがいいから。
ああそういえば、西といえば西の修道院とやらにあの男爵令嬢たちが送られたらしい。
今回の用事には関係ないだろう。
「いついくの?」
「…遅くとも、明日の夕方には出たいかな。」
考えるように少し間を置いた後、ロベルトはそう答えた。
「わかった。準備しておくね。」
「ああ、よろしく。」
私は止めていた手を再び動かす。
長い髪は全てを梳くのに時間がかかる。
それに、腕が疲れるのだ。
机に櫛を置いて、一旦休憩する。
「代わるよ。」
「え?」
上をパッと見ると、ロベルトがさっきまで持っていた櫛を片手に立っていた。
ロベルトに、髪を梳いてもらえるの?
「本当?ありがとう!」
前を向いて椅子に座り直す。
ロベルトが髪に触れる感覚がした。
優しく、ゆっくり髪を梳かれる。
温かくて大きな手が首に触れて。
愛しむようなやさしい手つきで髪を梳いてもらえて。
それが心地良くて、幸せで。
心地良さに誘われた睡魔が段々と押し寄せてくる。
世界で一番安心する手の中で、私はゆっくり目を閉じた。
***
さらりと流れる銀髪が砂のように手からこぼれ落ちる。
ゆったりとした曲線を描く髪は櫛など梳かなくてもいいのではないかと思うほど輝いて見えた。
こくりと、その頭が下に揺れた。
ちょうど髪を梳き終わった頃だ。
「…カナリア。」
「………」
返事がない。
眠ってしまったらしい。
「ふふ。」
笑いが溢れた。
君がこれだけ安心して眠れると言うことは、君にとって僕が"安心できる人"に入っていると、そう捉えていいのかな。
でも。
それが少し寂しい。
君が眠っている間に、僕が何かよからぬことをしようとするなんて、これっぽっちも思っていないんだろうね。
それが嬉しくもあるけれど、少し悔しく思うのは、僕が君に惹かれているからだろう。
「夜はまだ長い。ゆっくりおやすみ。」
カナリアをそっとベッドに運ぶ。
パチリとランプが消えた。
空に星々が淡く煌めいている。
その一つ一つが国民なのだと、いつの日だったか、父にそう言われた。
国民あってこその皇帝。
でもね、僕にとっての星は君。
君がいてこそ、僕は生きていていよかったと思える。
「…愛してるよ。世界で一番。」
そばにいてくれるだけで。
僕の心は満たされる。
明日も君といられますように。
そう誰かに願い、僕は目を閉じた。
この世で一番大切な温もりを抱きしめながら。




