魔法 3
ああ、君はなんて美しいんだろう。
白い小さな花に劣らぬ可憐な笑みは世界のどんな景色よりも美しく見える。
世界の幸せをかき集め、喜びを抱き留めたとて、この姿に勝るものはない。
カナリアはもう一度前を向くと、花冠をもう一つ作り始めた。
カナリアの隣に腰掛け、彼女の手元を見ながら真似をする。
細い指先が小さな花を編み込んでいく。
一つ一つ丁寧に編む姿は彼女の人柄がよりわかる。
「……」
昼近くの眩しい太陽が地に灯をもたらす。
腰まである長い銀髪が照らされ、それは女神の翼のように芝生に広がっていた。
「……………」
黙々と作業を進めていく。
優しい陽だまりの下で、いつまでもこうしていたい。
前までは考えられなかった光景。
感じたことのない感情。
得たことのない幸福。
全て君がくれた。
そしてきっとこれからも。
与えられるだけでなく、与えたい。
与えられたらいい。
カナリアの頭へ手を伸ばす。
そこにそっと、作ったばかりの花冠をのせた。
「!」
驚いてこちらを見たカナリアは嬉しそうに笑う。
太陽にも負けぬ眩しい笑みは僕の脳裏にずっと焼きついたままだった。
***
主人達が中庭に出てもう数時間は経った。
使用人達は殆どの仕事を済ませ、あとは自らの主人を出迎えるだけであった。
「あ。」
メイドの一人がつい、といった風に声を上げる。
「どした。」
わたくしの質問に答えず、友人でもある仕事仲間は窓の外を見つめていた。
わたくしは友人の視線が釘付けにされているであろう窓側を見た。
「あ。」
それはほとんど無意識のうちに溢れた言葉である。
中庭にいたのは、先日主人達が迎え入れた黒髪の兄妹。
最初は子供だったものの、いつの間にか成長していた。
それに嫌悪感を持つことはなかった。
どちらかというと納得した。
それは他の使用人達もそうらしい。
そんなことよりも、だ。
わたくしと友人は中庭にいらっしゃる主人を見つけた。
その隣にいらっしゃるのはカナリア様だ。
彼女はなんでも行方不明だったこの国の第二皇女様らしい。
それを我が主人が見つけ、皇帝陛下にひどく感謝されたとかなんとか。
まあ、そこら辺は風の噂で流されてくるようなものばかりなので、実際のところどうなのかは知らないが。
カナリア様はお美しい。
それこそ、神が利き手で描いたような、絵本の中のお姫様。
美女の中の美女。
一本一本が絹のような触り心地の良さそうな長い銀髪に、大きな瞳。
これがまた左右で色が違うものだから、より彼女の魅力を際立たせている。
その瞳に映ったものは全て美しく見えてしまうような、魅惑に満ちたそれは見つめているだけで引き込まれる。
スッと通った鼻筋に、小さな唇。
あの小さなお顔に収まったのが不思議に思える。
お二人は今日、アランとロアナと名付けられた黒髪の兄妹に魔法を教えると意気揚々と話していた。
が、当の二人は兄妹を遠くにやり、なんとも仲睦まじそうに笑っておられる。
状況を把握するため兄妹達を見ると、どうやら魔力を動かそうとしているらしい。
なるほど。
まずは"魔力"というものの感覚を掴むことから始めたらしい。
あ。
花冠。
小さなころはよく母親に作ってもらったものだ。
主人達はそれをお作りになられているらしい。
あ。
あの主人が、笑っている。
優しい顔。
見たことがない顔。
「カナリア様は、すごいわね…」
友人が隣でポツリと漏らした言葉はひどく共感できるものだった。
「同感よ。」
中庭で笑い合うお二人はお美しい。
あの場所だけが、別世界のよう。
「…見惚れてる場合じゃないわよね。武器倉庫の手入れ、しにいくわよ。」
「そうね。」
若干後ろ髪を引かれたが、仕事に戻らなければ。
彼の方が、この場所に、帝国に、新しい風を吹かせるのだろう。
証拠もなければ根拠もない。
けれど、わたくしはそう確信していた。
だって、「氷の公爵」の氷を溶かしたのよ?
期待してしまうでしょう?
わたくしとて、子爵家の三女。
能力を買われてこの屋敷に勤めているけれど、社交界に疎いというわけではないもの。
「氷の公爵の氷を溶かすことは不可能。」
そう謳われた人を優しく包み込んで、氷を溶かしてしまった。
不可能を可能にした。
ならば、ね。
わたくしはいつもより軽い足取りで屋敷の廊下を歩き出した。
***
「っ!」
これが、魔力。
動かせたの、か。
なるほど、これは血液のようなものか。
気づけば辺りは真っ暗で。
「姫、様。」
少し離れた場所に、暖かそうな格好をした姫様がロベルト様と共にいた。
月明かりの下にいる二人は天から降りてきたのかと錯覚してしまうほど、美しかった。
「お疲れ様。よく頑張ったわね。もう遅いから、ご飯を食べて、お風呂に入って、今日はもうお休み。」
姫様はこちらに歩いてくるとそう声をかけて僕たちの頭を撫でた。
ああ、温かい。
「「はいっ。」」
ロアナと共に返事をする。
姫様は満足したように頷くと、「おやすみ。」とだけ言って屋敷へと姿を消した。
中庭には、僕たちしかいない。
静かな芝生の上で、僕は体の横で手を握った。
よし。
今日は一歩、成長できた。
明日は、何をやるのかな。
ああ、楽しい。
ここに来て、いろんな感情を知った。
いろんなやりがいを感じた。
「明日も、頑張ろう。ロアナ。」
未だに名前呼びは慣れない。
ロアナは兄様と呼んでいるから、いいのだけれど、僕はそういうわけにもいかない。
「そうだね、兄様。」
二人で歩き出す。
暖かな食事に、体の芯から温まるような湯。
ふかふかの布団。
ああ、生きててよかった。
僕はいつも通り、ロアナと手を繋いで眠る。
そうすれば、一人じゃないから。
「また明日、ヴァロアナ。」
「また明日、アランディーノ。」
その日僕たちは泥のように眠った。




