魔法 1
朝。
季節は夏。
あっという間に昇った日は部屋を燦々と照らしている。
「…おはよう、ロベルト。」
頭の上で眠っているであろう人に声をかける。
おはようって、大事。
人は死んだら喋れないから。
おはようっていうことは、生きているってことだから。
「……おはよう。カナリア。」
返ってきた挨拶にパッと顔を上げる。
深い海が優しげに細まっている。
「ふふ。」
なんだか嬉しい。
なんだか好き。
なんだか幸せ。
「起きましょう!今日はロベルトもお休みでしょう?アランとロアナが待ってるわ!」
飛び起きてロベルトの手をひく。
寝起きの温かい手が私の手を包み込んだ。
「うん。」
二人で扉を潜る。
どうしようもない幸せは貴方が居てくれたから得られたものなの。
笑みを浮かべて二人は廊下へ出る。
パタンとしまった扉。
残されたのは、人の温もりがあったであろう静かな寝室だけだった。
***
「魔法の実践を始めましょう!」
昼。
大きな木の下で私はそう宣言した。
屋敷の庭に私たちはいる。
今日は待ちに待った魔法実践の日である。
二人はどんな属性を持っているのかしら?
私は二人が魔法を好きになれるきっかけになってくれれば、属性なんてなんてなんでもいい
私は属性がなんだからって怒ったりも贔屓したりもしない。
そういうのはあまり好きではないから。
私が見るのはその子の実力。
その子にあった魔法の使い方や技法を教えるだけ。
この子達が何か心配することもなければ、不安に思うこともない。
「じゃあまずは、ロベルトに属性を測ってもらうわ。私はまだ不慣れだから、今回は彼にやってもらうことにしたの。」
属性の鑑定にはその人の血液を要する。
初めてやる私よりも何回もやったと言っていたロベルトに頼んだ方が安全だし、確実に結果を出すことができる。
二人にはあまり痛い思いをさせたいくないという私の自己満足でもあるのだが。
「では、属性を確かめる。この水晶に血を一滴垂らしてくれ。」
ロベルトが出した水晶は丸くて、透明だった。
なんでも、属性によって水晶の色が変化するようだ。
アランが指を切る。
ぽたりと赤い線決意が水晶を赤く彩った。
じゅわりと水晶の色が変化する。
その色はー
***
黒だった。
漆黒。
それは彼らの髪の色によく似ていた。
「これは…」
属性は色で分けられる。
炎なら赤、光なら金色、水なら青色、土なら橙色。風なら緑色。
この全ての色を合わせると、黒になる。
つまり
「全属性持ち、か。」
ロベルトが小さく呟く。
そういうことだ。アランは全属性を持っていてる。
ということはどの属性も自由自在に操れることができる。
これは私の護衛につく意味ではとても優位だと言える。
全元素を習得すれば、そのうち性質をも自由自在に操れるようになるだろう。
ロアナもアランに続いて水晶に血を垂らす。
その色も同様に黒だった。
「二人とも全属性持ちとは、なんとも珍しい。」
ロベルトも驚いているようだった。
珍しいどころではない。
むしろこれは世界初なのではないだろうか。
これは、間違いなく狙われる。
守りたい。
二人を引き取ろうと思ったきっかけ。
この二人を従者として引き取りたいと思った時には全て覚悟の上だった。
そして私の願いは叶った。
二人が私の元に来てくれて。
その覚悟は、責任へと変化する。
守らないといけない。
私はこの子達の命を拾った。
ならば責任を持って、この子達が自由に飛べるように守らないといけない。
けれど、そのうちこの子たちは自分の力で飛べるようになる。
それまでは私が。
その期間が終われば、自分で。
守れるように、生き抜く術を、叩き込む。
「………私の愛しい子供たち。貴方たちに、大切なことを教えるわ。」
庭の芝生に膝をつく。
優しい緑が風に揺られる。
私はそっと二人の手を握り、下から見つめた。
夏の影が、二人を翳らせた。
***
「私には、貴方達を引き取った時点で貴方達を守る義務があると思っているの。
これは誰かが定義したものではないわ。
私が個人的に思っていることなの。
アラン、ロアナ。
二人にはこの先、いろんな選択肢と、いろんな道が待っているわ。
その中で、自分にとって後悔のない道を選んで欲しいの。
でもその道を選ぶには条件みたいなものがあってね。
そうね、わかりやすく言えば…
目の前に、二つの道があるの。
どちらもその先に何があるのかはわからないわ。
でも、右の道の方が楽に通れるの。
左の道は、ランタンと、食料がないと通れない道。
右の道は、魔法が使えないと通れない道。
もし自分がランタンと食料を持っていたら?
左の道しか通れないわよね。
もし自分が魔法が使えたら?
右の道しか通れないわよね。
けれど、魔法も使えて、ランタンも食料も持っていたら?
そうすると、二つの選択肢から一つ選ばなくても、二つの選択肢とも選べることになるわ。
これを人生の道だと思ってみて。
人生において、選択肢はたくさんあった方がいいわ。
そっちの方が視野も広がるし、面白いもの。
私は、貴方達にそんな道を進んで欲しいと思っている。
人の価値観はそれぞれだから、貴方達が「面白そう」と思える方に進んでいって欲しいの。
でも、もし、その道を通るための条件を満たしていなかったら?
その時自分は後悔するか、考えてみて。
もし後悔するなら、私は貴方達に"条件達成"のための術を叩き込むわ。
後悔しないのなら、それでいい。
それが貴方達の道なのだから。
どっちにする?」
二人の人生。
二人の道。
それは別々かもしれないし、一緒かもしれない。
それでいい。
後悔、懺悔、喜び、幸せ。
分かち合い、離れ、寄り添う。
それが人間。
「「術を取ります。」」
ぎゅっと手が握り返される。
それは小さな子供の手。
でも、子供じゃない。
考える、大人の顔をしていた。
「わかった。じゃあ早速…始めるわね。」
すっくと立ち上がる。
手は繋いだまま、私は二人にゆっくりと魔力を流し込んだ。
遅くなりました!




