後始末 4
場所は変わり、北領にて。
「ふう…」
ブロード家現当主、ベルテウスは書斎でため息をつく。
「まあ。そんな大きなため息をついて。どうしたのです?」
ベルテウスの妻であるアリシアはお茶の用意をしながら書類と睨めっこをする夫に尋ねる。
最近の夫はいつもこうで、目を離せば書斎に篭りっきりである。
「陛下から提案が来てな。それがその……」
「まあ。陛下直々に?一体何をしたのです?」
「なぜそこで私が何かやらかしたことになるのかは置いておいて、実はな…」
ベルテウスはことの詳細をアリシアに話した。
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「まあ!ということは、その領地が我が管理下に入るということ?」
「そうだ。」
ベルテウスはもう一度深いため息をつく。
陛下からきた書状は、簡単に言えばこうだ。
『娘が見つかった。で、見つけてきたのがロベルトなんで、罪犯した男爵家の領地、ブロード家が管理してくんない?』
という。
「あら、まあ。」
アリシアは手を口に当て、驚いている。
何に驚いているのかは明白。
我が息子が、第二皇女様を見つけてきて、舞踏会に一緒に出席し、一緒に帰っていったと。
一度、事情を聞いてみたくもなるが、息子から連絡が来るまで待っている。
このことは我が息子にも伝えてあるので、数日もすれば返事が返ってくるだろう。
「当主様。ロベルト様からお手紙が届いております。」
蝋燭を持った執事が扉をノックして、そう声をかけてくる。
「わかった。入れ。」
「失礼致します。」
音も立てず入ってきて、扉を閉める我が家の執事は、いつみても素晴らしい身のこなしである。
「こちらを。」
「ああ。」
差し出された手紙を受け取り、ペーパーナイフで手紙を開ける。
そして、書かれた美しい筆跡に目を通した。
『父上、お久しぶりです。
私に聞きたいことは山々あるでしょうが、そこは一旦置いておきましょう。』
置いておくなよ。
ベルテウスは心の中でツッコミを入れた。
『領地の件、私としては異論ありません。あそこは鉱山が豊富ですし、我が家のもう一つの事業として発展させる事が可能でしょう。
無論、それで起きる事柄等は把握済みですが、こちらは当主である父上に丸投げいたします。』
丸投げしないでくれ。
ベルテウスは少々涙目になる。
『さて、父上と母上が聞きたいであろう、私のことについて少しお話ししておきます。』
お!とベルテウスは目を見張る。
『なんていうと思いましたか?』
え?とベルテウスは目を見張る。
『冗談はここまでにして。』
ベルテウスはいろんな意味で疲れてきた。
そして、次の文を読む。
『私が今抱いている感情が、恋情なのか、それとも別の感情なのか、私自身わかっていません。
彼女に抱く感情が、愛と呼ぶのであれば、私は、彼女を愛しています。
これだけが、今私達の中の結論なのです。
どうか、見守っていただければ。
父上、母上、お体に気をつけてお過ごしください。
ロベルト』
この手紙を見て、誰も何も言えない。
婚約をしろとも、結婚をしろとも、恋人になれとも言えない。
言ってはいけない。
そうすれば、彼らの関係は壊れてしまう気がした。
単純な文章が、彼らの関係を物語っている。
「彼女、か。」
それは、恐らくー
飲んだ紅茶は、アリシアが淹れてくれたのに味がしなかった。
***
そして、場所は西の修道院に戻る。
「あ、あぁぁああああっっ……ぅあ…」
淡いピンク色の髪は若干濁り、ピンク色の宝石は、光を失っていた。
「僕の可愛いジェシー、今日は何をして遊ぼうか?」
彼は楽しそうに笑っている。
あれから、死んだほうがマシだと思う拷問を受け続けた。
恥じらいなどない。
どれだけ衣服が破けようと、爪が割れていようと、ジェシカにとってそれはどうでもいいことだった。
実際、肌が見えてしまっているが、彼は何の反応もしない。
「いや…やめて……」
これまで行われてきた数多の記憶がジェシカの鼓動を早くさせる。
それに、彼は、気づいた。
「……つまんないね。」
笑みが消え失せ、彼は途端に笑わなくなった。
それがジェシカの恐怖心を余計に煽り、無表情の彼は気味が悪い。
普段笑っているのに、なぜそんなにも冷たい目で私を見るの?
ジェシカは困惑した。
もはや別の恐怖心が彼女を支配し、無意識に体が後ろにいく。
それでも彼は歩みを止めず、ゆっくりとジェシカの方に近づいてきた。
そして、グイ、とおとがいをあげられる。
今までのない乱暴な手つきに、彼女の鼓動は高鳴った。
「ねえ、君は、僕にどんな楽しみをくれる?」
「え…?」
ジェシカは答えられなかった。
彼の"楽しい"を理解できないから。
黙るジェシカを見て、彼は本当に興味が失せたようだった。
ジェシカから手を離し、こちらに背を向ける。
「もういいや。いらない。ねえ、こいつ、適当に処分しておいて?」
牢の外にそう声をかけて、彼は去っていく。
それが何だか寂しくて、悲しくて、どうしようもなく心細くなって。
ジェシカは無意識のうちに彼に手を伸ばしていた。
「ま、待って…っ」
なぜ、ひどいことをされても尚、彼を追い続けるのか。
なぜ、私は彼に手を伸ばしているのか。
ジェシカはわかった。
初めて名前を褒められたこと。
ジェシカに真の意味での興味を寄せてくれたこと。
彼が好きなのだと。
「わ、私、あなたのこと、好きだからっ!お願いっ…!」
彼は驚いたようにこちらを振り返る。
ああ、気持ちが伝わったのだとジェシカは嬉しくなった。
けれど彼は、ゆらりと揺れる、蝋燭の炎のように儚く笑ってこういった。
「へえ。例え、僕が君の家族を殺したとしても?」
「え?」
彼は、こちらに歩いてこない。
ただ振り返って、ジェシカを見てこういった。
「ジェシー。君はもう過去の人間だ。君がこれから何かを成すことも、君に明るい未来が訪れることもない。
君は、取り返しのつかないことをしたんだよ。
だからね、ジェシー。
君は、誰かを愛してはいけないんだよ。」
その言葉だけが、死の間際までジェシカの脳内にこびりついたままだった。
彼女は、好きな人の名前も、好みも、わからないまま永遠の眠りについた。
***
ジェシーは、死んだ。
死ぬ一週間前ぐらいには、とうに彼女に対する興味は消え去っていた。
僕が姿を現すと、彼女は怯えるようになってしまった。
それは最早、「尋問」に対する恐怖ではなく、「行動」に対する恐怖なってしまったのだ。
こうなって仕舞えばもう直らない。
なので、そろそろ処分することにした。
そしたら、引き止められて、好きだと言われた。
アーノルドは、誰かを人として好きになったことがない。
全てにおける感情は、「実験体としての愛」であり、「人」という存在に対して好意を持ったことはなかった。
無論、ジェシーの気持ちに応えられるはずもなく。
まず、彼女がこの状況で自分を好いてくるとも思っていなかったが。
アーノルドは見目がいい。
そのおかげか婚約話は跡が絶えないのだが、この性格なので全てを断っている。
そんな自分が、まさかジェシーに好かれるとは思っても見なかったのだ。
最初に浮かんだのは呆れで、よくこんな状況で人が好きなどど言えるものだと思った。
ならば、好きな人が自分の家族を殺したと知ったら、彼女はどんな反応をするのだろう?
なので、それを言ってみれば、彼女は言っている意味がわからないとでもいいたげに声を上げた。
まあ、これはそれほど重要ではないのですぐに話は終わらせたが。
彼女は既に過去の人間である。
これから何かを成して名誉ある名を歴史に刻まれることもない。
彼女は「罪人」として名を刻まれる。
そして、誰かに愛してもらうことも、誰かを愛することもできない。
それを許してもらえるはずがない。
仮にも、愛のある家族に裏切られ、自分も裏切りに近いことをしたのかも知れないのだから。
実際のところはアーノルドにはわからない。
その場にいたわけでも、近しい人物でも、当事者でもないからだ。
ただ、彼女たち家族は国を欺いた。
それは万死に値する行為である。
そしてそれは見事なる「裏切り」であり、誰が「裏切り者」を愛するとでも?
話は終わったとばかりに僕は牢を出て、自分の研究に没頭することにした。
ジェシカが死んだと報告を受けたのは、無意味な告白から一週間過ぎたこと。
つまり今日だ。
どうやら、あれから何をしても声ひとつあげなかったらしい。
食事も水分も十分に与えておいて、衰弱死。
さあ、彼女が弱ったのは、体か、心か。
ああ、やはり人間とは単純だが複雑で面白い。
さあ、最期に彼女に祈りの言葉でもあげておこうか。
僕は運ばれてきたジェシーの遺体を見る。
頬は痩け、淡いピンク色の髪は色がすっかり抜け、爪は所々剥がれたり、割れていた。
細い腕や脚。
冷たく硬直した彼女の手をそっと取る。
彼女が意識を失った瞬間に、それは完璧なる「死」
この遺体は、ジェシーではない。
「華麗なる我がお姫様。あなたの身が朽ち果てるその時まで、我が墓地にて見守らせていただくことをお許しください。」
ここから数日、彼女はこの状態を完璧に保ったまま保管される。
これは我らが研究員の掟である。
現在は魔法学が発展し、氷魔法で保つことが可能だ。
彼女は、「肉体」としての最後の数日を過ごすことになる。
そのあとは、我が墓地にて埋葬が行われる。
さあ、もう少しで最も大事な作業が始まるのだ。
保管の仕方は、現代でいう冷凍です




