後始末 3
あーあ。
帰っちゃったよ。
先ほどまでいた友人を懐かしく思いながら、アルは着替える。
今日は、血が滴る日になりそうだ。
せっかくレイが送ってくれたゴミなので、普段は部下にやらせるところを今回は自分で手を下すことにした。
アルは、修道院の中でも『鮮血の死神』と恐れられる、国内切手の拷問員として有名だ。
彼にかかった罪人は、正気ではいられないと言われている。
実際、正気を保ったまま罪を償う者はいなかった。
精神を病むか、そのまま死んでしまうかなのだ。
「さあ、楽しいお遊びの時間だ。」
薄い緑色の瞳が妖しく光った。
***
「いやっ…やめてっ……」
ぷつりと、少女の白い腕に針が刺され、ゆっくりと中の液体が入れられた。
針が抜かれると、アルは包帯を少女の腕に巻く。
「はいはい。じっとしててねぇ。」
今からアルが行うことは単純なことだ。
少女の目を黒い布で多い、手と足を縛る。
決してやましいことをしようとしているわけではない。
よく勘違いされるが、これは人の脳を混乱させる尋問方法だ。
「ジェシカ。可愛い名前だねぇ。ジェシーって呼ぶことにしよう。」
「え…はい。」
急に視界を遮られて焦っていた彼女は、急に名前を褒められたことに嬉しくなる。
声からして男性であり、ジェシカは男性に名前を褒められて、初めてのことに胸が高鳴った。
「じゃあジェシー。今から君の手首を切る。」
「え!?」
そして、ナイフらしき物を手首に当てられる。
金属特有の冷たさが彼女の不安を煽った。
「ああ。安心して。さっき腕に刺した時に、麻酔薬を入れているから、痛くはないよ。」
「そう、なの…?」
ジェシカはそれにホッとする。
痛くないなら、別に。
アルはそう思うことをわかっている。
「切るよ。」
「は、い。」
痛みはないとわかっていても、切られると言う行為自体が恐ろしい。
震える声で返事をした彼女は、すっと、冷たい感覚が横に移動するのがわかった。
「っ!」
痛くないとわかっていても、体が強張る。
そのことをアルは知っている。
アルは、装置を発動させた。
***
ぽた、ぽた、ぽた、ぽた
血が滴り落ちる音がする。
それは石でできた牢屋によく反響して、ジェシカは思わず身を震わせた。
「ジェシー。今から医療の話をしよう。」
「はい。」
優しい声に耳を傾ける。
その男性は、医療について語った。
「いいかい、ジェシー。人は、血液が必要不可欠だ。
その血液が多く失われると、人は死ぬ。」
「はい。」
「君の手首から血液が失われ続けたら、君はどうなると思う?」
「え。」
この人はなんの話をしているのだろう?
つまり、この人が話した内容からして。
「私、死ぬの…?」
「そうだね。」
あっさりと返された肯定の言葉に、ジェシカは焦る。
「いや!なんで…!いや、死にたくないっ!」
ジェシカは目の前にいるであろう男性に縋りつこうとするものの、そこには誰もいない。
「なんで、こんなことにっ…!」
受け入れ難い事実に、ジェシカは争い続けた。
***
あーあ。
つまんない。
泣き喚くジェシカを見ながらアルはあくびをする。
あと30分はこうしていよう。
実際、針を入れたのは免疫を強くする薬。
手首は切っていない。
出したのはナイフだが、おもちゃのナイフであり、皮膚が切れることなどない。
そして、血液を思わせる音は、ただ水を落としているだけ。
アルが自分で作った装置であり、一定の魔力を入れると水が落ちる。
それを人は自分の血液だと認識し、失血死すると思う。
そして、実際血は流れていないのに、死ぬのだ。
(ほんと、人間って面白いよねぇ)
アルはしばらく集中して少女を眺めていた。
だんだんと少女は喋らなくなり、静かに泣き始めた。
アルは、「魔眼」を発動させる。
(もうそろそろかなぁ。)
心拍が弱まってきている。
アルの「魔眼」は、人の心拍数や呼吸、体温、健康状態などを確かめることのできる特別な目だ。
「ジェシー。」
アルは無表情でジェシカに近づく。
「お兄さん…?」
ノロノロと顔をあげた彼女は先ほどよりも少しやつれて見えた。
「ジェシー。いいことを教えてあげる。」
「え…?」
しゅる、と黒い布を彼女の目から離す。
急に明るくなった視界にぎゅっと目を瞑りながら、ジェシカは自らの手首を見ようとする。
目が慣れて、彼女のピンク色の瞳が見開かれた。
「え…?」
そう。
手首など切られていなかった。
血など、出ていなかった。
「君はね、思い込みでそうなっていただけ。実際に僕は君の手首なんて切っていないし。」
アルはナイフなど持っていない。
ハサミを手首に当て、刃を閉じた状態で横に引いただけ。
アルが麻酔と言って打ったものは、抗体。
人体に害のないものである。
ジェシカは己の手首を切ったと思い込んでいた男性を見やる。
薄紫の髪に、薄い緑色の瞳。
優しく細められた瞳には、なんの感情も写っていなかった。
「なんで、こんな。」
「ん?」
ジェシカの至って普通な質問に、彼は答えた。
「だって、面白いじゃないか。人は思い込み一つで死ねるんだ。どんなに優しい世界だと思う?
君はさ、優しい世界だけでしか生きた事がないんだろうから、ちょっと実験。
ただ、それだけの理由さ。」
じゃあ、また明日ね、愛しいジェシー。
そう言って、彼は牢屋を後にした。
バタンと、鉄格子が閉められる。
「あ……あぁぁあ!」
ジェシカの叫びが、牢にこだました。
***
一部始終を見ていたアルの部下は、その尋問の仕方に驚いていた。
彼はまだきたばかりで、アーノルドのことをあまり知らない。
鞭か、そういった尋問道具を使うのかと思っていたが、全くそうではなかった。
少女を傷つけることなく、彼は少女を殺しかけた。
「ふふふ。いいね、あれは僕の愛しいジェシーだ。」
彼は笑っているが、目は笑っていない。
あれは、愛しい実験体を見る目だ。
そうだ。彼は、俺がここにきた時、こういった。
『ここにきた人はね、人としてやっちゃいけないことをした。彼らに人権など存在しない。
ここにきたモノは、"ゴミ"だと思って?』
彼は、彼のいう"ゴミ"で遊んでいる。
世の中にいらないものを祐逸構っているのだ。
それは異端とも言えるし、優しいとも言える。
「さあ、明日はどうやって遊ぼうか?」
そう言った彼は、心底楽しそうであり、美しい。
全く、うちの修道院長は困ったお人である。
アーノルドが行った拷問……尋問方法は、ノーシーボ効果と言います。
気になる方はぜひ調べてみてください。




