披露会
舞踏会が再開される。
まるで何もなかったかのように会場は元の雰囲気に戻り、活気のある空気が充満している。
その中で私は、ロベルトに支えられ、玉座のある方面へ歩いていた。
足が震える。
ロベルトに支えられていなければ、私はもう倒れている。
でも、私にはまだやることがある。
ぐっと前を見据え、お父様の方へ歩く。
お父様の隣には、一つの席が用意されていた。
そこへ向かい、そっと腰掛ける。
そこでようやく安心して息を吐くと、周りに人が集まってきた。
「あの!貴女様は一体…!?」
一人が声を上げれば、我先にと声をかけてくる人ばかり。
不愉快だ。
香りも、混ざって混ざって、毒物ができているかのよう。
「黙れ。」
急に寒くなったかと思えば、隣でロベルトがすごく怒っていた。
足元が凍ってる。
ロベルトも、嫌だったのかもしれない。
私の所為だと申し訳なく思いながらも、うっすらと白くなりつつある絨毯を見て慌てた。
「ロベルト。私は大丈夫だから。」
そっと彼の腕に手をかける。
ここで焦っている様子を出してはいけない。
堂々と、落ち着いて。
ここは、もはや戦争なのだから。
そう考えていたせいか、自分で思っていたよりも落ち着いた声が出た。
「ね、私は大丈夫。怒ってくれてありがとう。でも、絨毯が凍ってしまったら後片付けが大変よ?」
「…ごめんね。」
しょぼんとした彼は少し可愛げがある。
「皆様も、ごめんなさい。今宵の私は彼だけの物なのです。ご挨拶は、またの機会にお願いしますわ。」
ロベルトを落ち着かせているふりをして、私はその場の人間に牽制をかける。
あなた方に用はないと。
この場で私に集まってきた人間は自分の有益のため、私に寄ってきただけにすぎない。
つまり、寄って来た人間は本物の味方ではないということだ。
それに、その中には高位の貴族はいない。
彼らはこちらに気を使って遠くから様子を伺ってくれている。
そちらの方が、信頼できるということだ。
「さて、皆の衆。」
お父様が席を立ち、声を張り上げる。
まるでこの時を待っていたかのように、それは雰囲気に合った言葉だった。
威厳と、寛容さを持ち合わせた皇帝。
誰もが彼の方に跪く。
「今宵、この場にいるこの娘は私の第二の娘であり、行方不明だった娘だ。
ブロード公爵子息が見つけ、私の元に帰ってきた。
紹介が遅れたが、皆、私の愛しい娘をどうか受け入れて欲しい。」
軽く伏せていた目を、完全に開ける。
その目を見た時、人々は驚愕した。
右目は夏の新緑。
エメラルドと似ている、深い緑。
左目は琥珀。
透明なそれは蜂蜜を固めた宝石のようだった。
「お父様より紹介いただいた、カナリア・リベ・アーレンスです。どうか、これからお願いいたしますわ。」
できるだけ優しい印象になるように笑う。
どうか、この先に明るい世界が広がっていますように。
***
君が優しく笑う。
その美しさに周りは息を呑んだ。
僕もその一人。
けれどなんだか面白くない。
君の美しさを、多くの人間が知ってしまった。
一番不愉快に思うのは、それを利用するか本当の美しさに気づかずに寄ってくる奴らがいるという事実だ。
この場にいる全員が美しいと思っただろう。
違う。
もっと、もっと、彼らが想像している以上にあの子は美しい。
だって僕には、あの子がこの世の何よりも輝いて見える。
美しく結われた銀髪に、琥珀と新緑の瞳。
陶器を彷彿とさせる真っ白な肌に、小さな唇。
耳元で揺れる青い耳飾りは控えめだが、そのおかげで彼女の美しさを際立たせていた。
細い首、細い指。
スラリとのびた腕と足は握って仕舞えば折れそうな細さだ。
きゅっと締まったウエストも、その細い体を支えるのには細すぎるのではないかと思うほどだ。
けれど、痩せすぎているわけでもなく健康的な肉付きで、倒れてしまいそうというわけでは無い。
今は香りに酔ってしまっているのか、顔色が少し良くないが。
流石にこの群衆の中で風を起こして香りを飛ばす訳にはいかないので、どうにも歯痒い。
それにしても、罪人を裁くカナリアの姿は美しかった。
それは鉄槌を下す女神のようでもあり、周りは萎縮していたものの、僕は見惚れていた。
ベールが取れて、ようやく見ることの出来るカナリアの顔は凛々しくも儚く、綺麗だった。
裁きを受けた一家には、相応の処罰が下されるだろう。
修道院といっても場所によってその償い方はそれぞれであり、もっとも酷いのが西にある修道院だと言われている。
実際行ったことがあるのだが、血の香りが充満していたことしか覚えていない。
人の気配はするものの、己の前に姿を表すことはなく、地下で何か音がするだけだ。
…修道院ではなく、あそこは拷問室のようなものだ。
思考を現実に戻す。
カナリアはまだ陛下と話していた。
話が終わったのか、こちらに微笑むカナリアに頬が緩む。
さあ、残ったものは後片付けだけである。
舞踏会の終了を示す鐘が鳴ったのは、少ししてからのことだった。




