断罪の時 3
「うがぁっ!?」
獣の唸るような声をあげ、一人の男が倒れた。
「きゃあっ!」
周りにいた人々が、声をあげ、そこを避けるように距離を取る。
会場には、ぽっかりと穴が空いた。
騎士たちが動き出す。
ああ、この場を収めてくれるのかと誰もがそう安堵した。
しかし。
騎士たちはその男を横切り、バルコニーへ続く扉を開ける。
また、人の規制をかけ、扉の前に通路ができた。
人々は思う。
この状況で、何をしているのかと。
だが、そんな考えはすぐに消し去った。
こつ、こつ、と控えめなヒールの音は、どこかで聞いたことがある。
その歩き方も、佇まいも、全員が見たことがある。
騒めく会場の時が止まった。
誰もが息を呑む美しさ。
そして、その色はー
「皆様方、本日はこのような場にお集まりいただいてありがとう存じますわ。」
鈴を転がしたような、春がきたような、そんな声。
「今宵、一つの罪が暴かれますわ。どうか、この舞台をお楽しみください。」
青色の生地に、銀の刺繍がされたドレスを纏った彼女は、隣の「氷の公爵」と礼をした。
そして、「氷の公爵」にエスコートされながら、彼女は男性の倒れている場所へと向かう。
軽く伏せられた目は、色がわからない。
ただ、髪は銀色で、髪飾りには青色が使われている。
銀髪。それは、皇家の象徴。
ということはー
会場が、パニックに陥った。
****
「お目覚めかしら。」
カナリアが男性に声をかけた。
「ここ、は…」
男性が気怠げに体を起こす。
頭が痛むのか、手は頭部に当てられていた。
茶色の髪に、榛色の瞳をした、決して華やかとは言えない男性だ。
「貴方、反省しなかったのね。」
カナリアが哀れみと呆れを含んだ声色でそう声をかける。
「は?」
男性は何を言われているかわからない。
反省?なんの話だ?
いや、そんなことよりも。
「私は毒を盛られたんだ!犯人を見つけ出してくれっ!」
ワインを飲んだ瞬間、喉が締まった。
これは毒だ。
私に毒が盛られた!
さあっー
「何を言ってるの?毒を盛ったのは貴方でしょう?」
「はっ?」
男性は呆然とする。
「そうでしょう?カール男爵の次男、フレック様。」
にっこりと、カナリアは微笑んだ。
っ。
「なんのことだ!僕は、そんなのやっていない!」
男性のー……フレックの叫びが会場にこだました。
***
ああ、なんて哀れなのか。
「バレないとでも思ったのかしら?これはね、ブロード家が捜査をしていたのよ。ご存知なかったのかしら?
貴方、なぜ、あんなことをしたのかしら。」
ビリビリと私の魔力が音を立てる。
今彼は、何を思っているのかしら。
「ー愛されたかった?」
「っ!」
ぐにゃりと、フレックの表情が歪む。
それは怒りか、悲しみかわからない。
「ロベルト、防音結界をお願い。」
隣に囁き、それを聞いたロベルトが頷いて、無詠唱で結界を張る。
これなら、中の会話が漏れることはない。
今回の加害者は、被害者で、被害者は、加害者だ。
「すべて、わかっていらっしゃるのだな。」
意外と落ち着いている。
魂でも抜けたのだろうか。
「ええ。」
なんて、なんて可哀想で、愚かなことをしたのだろう。
本当に、可哀想だ。
「では、少し昔話をさせていただこう。」
悲しそうに、肩の荷が降りたように彼は笑った。
「…」
全てわかっている。
だが、彼の話を聞くのも悪くない。
今の彼の話は、聞く価値があるようだ。
「いいでしょう。」
ロベルトが氷で椅子を作る。
座れということか。
ロベルトの手を借りながら椅子に座る。
「本当に、貴女様は女神のようだな。」
ピリ、と隣が警戒したが、ロベルトの手を握って落ち着かせる。
大丈夫。
そして、真実が明かされる。
***
ーー僕の家は、小さな男爵家でした。
母上と、父上と、兄上と僕の四人で暮らしていました。
ですが、早くに母上が女神様の元へと旅立ちました。
そして、父上は新しい妻を迎えました。
そして生まれたのが、ジェシカ、僕の妹です。
最初は、可愛い妹ができたと、一家で大喜びしました。
ですが、それから僕の日常は壊れてしまったのです。
僕、フレックと、兄のテオバルトは、義母上と血が繋がっておりません。
そして、ジェシカは父上と義母上の娘です。
父上は初めての娘の虜となり、愛を注ぎました。
義母上は父上との子供であるジェシカに愛を注ぎました。
次第に、僕とテオバルト兄上への愛は薄れていきました。
僕は、次男です。
将来爵位を継ぐこともなければ、絶対的に妻を娶る規則などない。
一家で優先されるのは兄上です。
わかっています。
兄上は長男で、父上が引退したら兄上が爵位を継がなければならない。
だから、教育も、作法も、一番厳しいのは兄上でした。
一度聞いたことがあります。
兄上は、長男という立場が嫌になったことはないのかと。
こんなにも厳しくされて、逃げ出したいと思ったことはないのかと。
兄上はこう答えました。
『それも、父上たちの愛だからな。』
と。
そこで、僕は一つ疑問に思いました。
ならば僕はどうなのかと。
僕は次男です。
将来爵位を継ぐこともなければ、絶対的に子を成さなければいけないということもない。
その分僕は、兄上よりも負担が少なかったのです。
ですが、厳しくすることが愛なのであれば、僕は愛してもらえていないのではないかと。
なので僕は、一生懸命勉強しました。
父上と義母上に愛してもらうために。
なのに、ジェシカは、あの子は、そんなことをしなくても二人の愛を一心に受けています。
僕は、不平等だと感じました。
どうすれば僕に愛が向くのかと考えました。
一つ、わかったことがあります。
ジェシカが生まれてから、僕は愛されなくなった。
ならば、ジェシカがいなくなれば、僕は愛されるのではないかと。
だから僕はー
***
「だから貴方は、毒を盛ったのですね。あの会場で、ジェシカ嬢を殺害するために。」
「…はい。」
煌びやかな会場で、彼は項垂れている。
彼の殺害の動機は、愛してほしいという欲求と、愛されなかったことによる孤独だ。
だが。
「他にやり方はなかったのかしら。」
「え。」
パッと、フレックが顔を上げる。
戸惑いと、恐れと、悲しみ。
「そもそも。殺すという手段に出た貴方には重い裁きが下されるでしょう。」
「…はい。」
「私が貴方に言いたいことは一つ。」
彼は努力した。
愛されようと、愛してもらえる自分になろうと。
なのにそれは報われなかった。
ならば。
「愛してもらえないのであれば、他に愛してもらえる人を探しなさい。」
彼が失敗したのはこの一つ。
彼は執着が強かった。
"父"と"母"という存在に、執着しすぎた。
誰がこの人に愛してもらえるようになりなさい、なんて言った?
自分の存在が誰もに愛される存在なんていう勘違いはしてはいけない。
愛してもらえないとわかったら、それまでなのだ。
人の感情はそう簡単に変わるものではない。
ならば、自分を愛してくれる人物を探すしかない。
世界に一人は、愛してくれる人間がいるはずだ。
現に、私はロベルトに愛してもらっている。
じゃあ、ロベルトに愛してもらえなかったら?
あり得ない。けれど、もしもの世界で、私が愛してもらえない存在だったら?
私はきっと、ロベルトから離れて愛してもらえる人物を探しに旅に出る。
だって、愛してもらえないってわかっているから。
ロベルトに愛してもらおうと努力するたび、私は苦しくなってしまう。
どうしても、愛して欲しかったら。
「あとは、言葉で伝えなさい。」
自分は愛していると。
貴方にも愛してほしいと。
これは絶対にそうなるとは限らない。
だから、先に言葉に出して聞いてみて、それでもダメなら、旅に出ればいい。
「貴方は、やり方を間違ったのよ。」
フレックは、それを聞いて泣き崩れた。
「全て、全て間違っていたのですか…?」
全ては、間違ってはいない。
努力した彼は、立派だ。
けれど、人を殺めるのは違う。
そして、これは彼だけの問題ではない。
「いいえ。貴方だけの罪ではないわ。」
そう。
この事件は、被害者も加害者だ。
「ここに。」
騎士が頷く。
群衆の中から、四人の人物が引っ張り出された。
さあ、まだ裁きは終わっていない。
よ、ようやく終盤にっ…
明日、更新できたら更新します!




