手を差し伸べて初めて
「君は…」
むく、と上半身を起こした彼は片手で顔を覆ってこちらをチラ、と見た。
碧い碧い瞳に警戒の色が帯びている。
ああ、警戒されてしまっている。
当たり前だろう。
私だって倒れたら知らない部屋にいて、知らない誰かに看病されたら怖いし、警戒する。
今思えば、彼は上等な身なりをしている。
顔だって整っているし、髪にも艶があって枝毛の一本ですらない。来ている服には金の刺繍が入れられていて、白い袖は絹が使われているのか光沢がある。
外の世界のことは詳しく知らないけど、身分の差があることは本で読んだことがあるので知っている。
一番下の位は"奴隷"というらしい。その次に低いのは"平民"。世の中の大半は平民というものらしい。
その平民の中からなにか成功した人、能力や才能を王に認められたものが"貴族"というらしい。
貴族は王に能力を認められたこともあり、経済力を持っているため、平民と比べて裕福な生活を送ることが出来るという。
そして、最も位の高いのが"王族"。
王族は国の頂点であり、貴族のまとめ役のようなものと書いてあった。
なので滅多に外には出ないし、姿を見せるとすれば重要な式典のみ。
そこから考えると彼は王族ではない。
しかし、上等な身なりからしてそれを買うことの出来るお金を持っている。つまり、かなりの経済力を持っているということだ。
「貴方様は、貴族の方ですか…?」
「…ああ。」
やはりそうだった。ならば失礼のないようにしないと。
………おかしい。もちろん身分の差があるから、言葉遣いは気をつけないといけない。でも、何だろう、心の底で恐怖を感じている。
なんだろう…これは…
(気にしすぎかしら…)
「失礼しました。お加減は大丈夫でしょうか?動けるのであれば湯浴みを。お湯を用意してありますので、ゆっくりと浸かって頂いて大丈夫です。湯浴みが終わりましたら、お食事を。体に優しいものを用意させていただきましたので、もしよければ食べていってください。」
「ああ。どうもありがとう。ところで君、名前は?」
瞳が柔らかくなる。
これで、外の世界を…教えてもらえるかな…
「申し遅れました。私はカナリアと申します。」
「カナリア。カナリア嬢。本当にありがとう。おかげでとても調子がいい。」
良かった。さっきまで雪のように白かった顔に血色が戻っている。
「お風呂、どうされますか?」
「せっかくだ。入らせていただこう。」
「わかりました。こちらへ。」
そっと手を差し伸べる。
彼は驚いた顔をしていたけれど、手を優しく取ってくれた。
ドアを開けて風呂場への道を開く。
この方に出会ってからずっとワクワクしている。
慣れない感情に戸惑いながら、こんな日も悪くないとも思った。