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カナリアさんの秘密のお部屋  作者: クロ
第三章 過去と贖罪
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閑話:春の朝には似合わぬ笑みは

ブロード家時期当主、ロベルト・ブロード。

「氷の公爵」と名づけられるその一族は、氷と名づけられるにも頷ける人たちだった。

それを、私は隣で見ていた。

騎士団長の長男として生まれた私は、幼い頃から武術に優れていた。

そのせいか、学園でも殆どの人間に勝ってしまう。

張り合いのない、つまらない戦いは嫌いだ。

弱いものいじめではなく、強いものいじめがしたいのだ。

だが、強き者がいない。

ならば、己を鍛え、己と戦うしかないのだ。

それは、17の時に壊された。


一眼見た時、背後に死神がついたと思った。


それほどの魔力。圧力。

そして、その凍えるような瞳。

深い青は恐怖心を余計煽った。

青みがかった黒髪は、烏の羽のように美しい。

その方の名は、ロベルト。

彼は、16。

私は17。

でも、彼の方が何歳も年上のように感じた。

彼の視線がこちらを向いた時、これまでにない高揚感を覚えた。

ようやく出会えた。

強き者に。


それから、私は彼の方と手合わせをするためだけに特訓した。

周りからは熱心と言われたが、私は自らの欲望のまま生きているだけに過ぎない。

それを熱心と言われるのはなんだか居心地が悪い。

そして、あっという間に時は流れ、私は22になり、騎士団長となった。

先日、騎士からロベルト殿が暴走したと聞いた時は驚き、同時にひどく嬉しかった。

彼が暴走したということは、それほどのことがあったのだろう。

暴走とは、自らの感情の枷が外れ、我を失うことだ。

だが、ロベルト殿は正気を保ち、暴走したのは魔力だけだったという。

私はその時街の視察に出ていた。

宮殿から感じた膨大な魔力はそれだったのだ。

騎士の後半の話はよく聞いていなかったが、なんでも美しい女性が現れたらしい。

それは女神のようだったと興奮して語っていたが、私はあまり響かなかった。

そして一つ、いい知らせを聞いた。

ロベルト殿はその女性の体調が戻るまで宮殿にいるらしい。

もしかしたら、手合わせの機会があるかもしれないと思っていたところだ。

その時は訪れた。

「朝早くからご苦労。よければ私と手合わせをしてくれないだろうか。」

春の朝。

まだ日も昇らぬ時間にロベルト殿は現れた。

白いシャツに、黒のズボン。

なんともラフなその格好が彼の体のラインを強調させていて、色気がある。

「「「是非!」」」

騎士たちが食い気味に答える。

ロベルト殿は社交界の中でも剣の扱いが上手く、その実力は騎士団長以上だと囁かれている。

そんな彼に手合わせをしてもらえるのだ。

この上なく光栄なことである。

「ブロード殿、手合わせ願いたい。」

そう申し出ると、彼は一つ返事で承諾してくれた。

ああ、ようやくー


剣を構える。

それに合わせて、ロベルト殿も片手で剣を構えた。

美しい構え。少しの隙も見せないそれは、ロベルト殿そのもののようだ。

「では、よろしくお願いする。」

「ああ、こちらこそ。」

軽く挨拶を交わす。


「では、始め!」


すぐに一歩踏み込んだ。

それをロベルト殿は受け止め、流した。

重低音が響き、火花が散った。

これを防がれては、もう怪我をしないようになど考えていられない。

そんなことを考えていたらこちらが死ぬ。

戦場だと思え。

ここは、命のやりくりが行われる場所。


彼を殺すつもりで剣を振え。


ロベルト殿が嬉しそうな顔をした。

綺麗な唇が弧を描き、薄く開いた口から声がした。

「ふっ、はは。」

ゾクリとした。

瞳孔が開き切っている。

彼も、殺すつもりでこちらに向かってきているのだ。

ロベルト殿の体から魔力が漏れ出している。

普段よりも濃く、重い魔力。

密度が大きい。

ああ、素晴らしい。

ロベルト殿が笑みを一層深めたところで、嫌な予感がした。


『数多なる川に宿りし水の神よ。精霊契約の名の下に。深淵の淵より顕れよ。水の精霊王ケアノス ーー 』


精霊王召喚の詠唱。

剣で受け止めることは不可能。

避けるか、守るか。

この時の私の中では避ける一択だった。

それは、次の詠唱で覆る。

『◾️=◾️◾️===◾️◾️=====◾️===◾️==』

複合魔法だ。

炎と風。

無理だ。

そう思った。

本能がそういった。


即座に結界を張る。

だが、もう遅い。

その攻撃をもろに食らうことになった。

治癒しなければ死ぬ。なので、受けた傷を治癒しながら守る。

結界は最も簡単に破られ、何十にも重ねなければいけない。

爆風で舞い上がった砂で何も見えない。


ようやく視界が鮮明になってきた時には、足場が崩れ、首元に光る剣があった。


降参だ。


「私の負けですね。私の実力では、あなたには遠く及ばない。」


負けたことは悔しいが、彼と手合わせができてよかった。

これからも、彼と剣を交えたいものだ。

「そんなことはない。こちらも楽しかった。少々はしゃぎ過ぎてしまってすまない。お遊びが過ぎたな。」

少し申し訳なさなさそうな彼の瞳に、私が映っている。

ああ、綺麗な瞳だ。


「いえ!精霊王が召喚できる方など、私は初めて見ました。本当に、素晴らしかった。」

本当に驚いたし、死を覚悟した。

恐怖とは恐ろしいものだ。

思考を遮る障害でしかないが、本能には逆らえない。

周りから歓声が上がる。

あっという間に囲まれた私たちは騎士たちと先ほどの戦いについて話していた。

長く話し込んでいたのだろう。

日は昇りきり、ようやく暖かい日差しが差した。

和気藹々とした雰囲気は飛散する。


「ロベルトっ!」


何やら聞き覚えのある、その声で。



***



現れたのは、銀髪で線の細い女性だった。

遠目でもわかる。美しい女性だ。

普通なら見惚れるであろう彼女の容姿は、今は涙に濡れていた。

彼女の左右で違う瞳が、何かを捉えた。

それは、ロベルト殿だった。

ハッとして隣を見ると、彼も驚いている。

無表情な彼が、感情を表に出している。

「カナリア!」

彼が焦ったように声を発した。

視線を戻すと、女性は転びかけていた。

息を呑む。

こういう時に限って体の動きは鈍くなる。

転ける、と思ったところで、女性、基、カナリア様の体は浮いた。

彼女を地面に下ろすのかと思いきや、彼はそのまま彼女をこちらに引き寄せ、腕に仕舞い込んだ。

唖然とした。

彼は、どんな女性にも靡かないことで有名で、帝国一番の美女でも表情ひとつ変えない。

そんな彼が、彼自ら女性を引き寄せた。

そして、その女性の美しさ。

長い銀髪は緩く曲線を描き、絹のように美しい。

細い体に、きゅっと締まったくびれ。

陶器のように滑らかな肌に、薄く色づいた艶やかな唇。

細く白い腕と足は今にも折れてしまいそうだ。

騎士の中には頬を赤く染めているものもいる。


「カナリア、どうしたの?泣いているの?どこか痛い?」

一瞬、誰が言葉を発しているのか分からなかった。

思考が拒否していた。

けれど、それは間違いなくー


ゆるゆると視線を声の主に向ける。

青い瞳には優しさが滲んでいて、柔らかな雰囲気が彼を包んでいた。

大事そうに抱えるのは、美しい女性。

そして、それを抱えている彼も、また美しい。

ーロベルト殿。


「うぁ…ロベ、ロベルト…!」


ロベルト殿はこちらに背を向けているので、彼の首に抱きついた彼女の顔がよく見える。

彼女の目線がこちらに向いた。

ゆらゆらと揺れる琥珀と新緑の瞳はこちらを一瞬を捉え、すぐにロベルト殿の肩口に隠された。

その時、すごく悲しげな、傷ついた顔をしていたのは気のせいではないはずだ。

繊細な指先が、ロベルト殿の肩に縋り付いている。

その手に、見覚えがあった。

パーティー会場にいた、ご令嬢。

彼女にワインをかけられそうになったところを上手く交わした、彼女だ。

そうだ、名をカナリア、と言った。

なぜ気づかなかった。

ロベルト殿が女性を連れていると知った時点で彼女は候補に必ず出て来るはず。

一人疑問の海に浸かっていると、ロベルト殿が動き、その場に座った。

その後、空間魔法から毛布を取り出し、カナリア様を覆った。

「カナリア、どうしたの?何か、恐い夢でも見たの?」

カナリア様の背中に手を添えて、優しく撫でながら聞く彼は、私たちの知るロベルト・ブロードではなかった。

小さくなっているのか、こちらからはカナリア様の姿は見えない。

と、彼らの周りに暖かな風が吹いた。

ロベルト殿が作った風だ。

「…………ろべ…とも、…なくてっ…た、みんな、私を置いて……くなっちゃったのかと……もって。また、私が忘れて………しれないって…怖くて…」

小さく声が聞こえる。

よく聞き取れなかったが、耳によく通る、落ち着く声だ。

「ごめんね、早くに宮殿を出ていたんだ。今は、アーレンス289年。君が眠っていたのはほんの数時間だ。

誰もいなくならない。君は19。僕は21。何も変わらない。大丈夫。大丈夫だよ。」

幼子をあやすように、ゆっくりと語りかける彼の顔は見えない。

けれど、その声には真綿のような優しさがあった。

こんな彼は、知らない。

布擦れの音がすると、ロベルト殿が少し動いた。

隙間から、銀髪と白い腕が見える。

「大丈夫だから。ね、まだ起きるには早い。ゆっくりお眠り。」

彼らの間に何が起こったのかは分からない。

けれど、あの場には人間は立ち入ってはいけないような気がした。

聖なる空気が流れている気がするのだ。

数分経ったのだろうか。

私たちはいまだにその場から動けなかった。

我に帰り動こうとすれば、先にロベルト殿が動いた。

「ブロード、殿…?」

彼は穏やかに微笑んでいた。

氷河を思い出させるその青い瞳は柔らかく細められ、いつもは引き結ばれている口には笑みが浮かんでいる。

腕にはカナリア様を抱いている。

どうやら、お眠りになったようだ。

「ふふ。ここで見たことはどうかご内密に。では、私は我が姫を寝室に連れて行くので、お暇しよう。世話になった。」

口元に指をやり、微笑んで彼に、全員が黙った。

と、ロベルト殿は何か思い出したようにすると、次は楽しそうに笑って言った。


「もし、このことが明るみになることがあれば、私は真っ先にあなた方を潰しに行く。夢夢、忘れることのなきよう。」


時が止まった。

うっそりと笑った彼は、そのままカナリア様を連れ宮殿へ向かっていく。

()()()は、本気だ。

これを他人に伝えようものなら、次の日には首が飛んでいる。

それほど、ブロード家は権力を持っているのだ。


春に似合わぬ笑みが、いつまでも脳裏に焼き付いていた。

そして、温かいはずの空気は、冷たくなっていた。

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