皇帝と真実 2
ああ、何ということだ。
君は、あまりにも重い立場にいたようだ。
陛下よ、いや、運命よ。これは、あまりにも酷ではないだろうか。
私の魔力に反応した騎士たちがこちらに剣を向けている。
何の恐怖も感じない。
この感情は、悲しみか、哀れみか。
それは、誰に対する感情なのか。
もう、わからなくなってきた。
君はわかっていたのだろうか。
最初から気づいていたのだろうか。
賢い子だから、もう、気づいていたのかもしれない。
それとも、途中からー
濁った感情がぐるぐる回る。
腹の中で暴れるこれは、なんだ?
魔力が抑えられない。
まるで幼い頃に戻ったように。
そう、あの時のように。
周りが徐々に凍りついていく。
口から吐かれた息は白く、儚く消えていった。
君も、同じようになってしまうのだろうか?
カナリアー
「ブロード!落ち着け!」
玉座から陛下が動こうとする。
「陛下!動かないでください!」
殺してしまう!
パキパキと結晶ができる。
それが陛下に放たれようとしたところを手で押さえる。
手袋が切れ、手のひらも切れた。
氷で出来た鋭利な刃物は手のひらに食い込んでいった。
血がじわりと滲み、白い手袋を赤く染めていく。
それは肘まで伝い、落ちた赤い雫がポタポタと音を立てる。
だめだ。このままでは陛下が…
「陛下、にげー
そう叫んだ時だった。
「ロベルト!」
左の窓が割れた。
その一瞬だけ、時の流れがゆっくりになった。
太陽の光に反射して煌めくガラスと、銀髪。
新緑と琥珀の色をした大きな瞳。
華奢な体。
細い腕。
繊細な指先。
滑らかな頬。
その全てが、僕に向く。
大きな瞳が、痛みを堪えるように細まった。
窓を割った勢いに任せて彼女はゴロゴロと転がった。
時間が再び流れ出す。
「っ…カナリアっ…!」
今すぐ彼女の元に駆けつけたい。
けれど、僕は動けない。
動けたとしても、そばにはいけない。
殺してしまうかもしれないから。
やるせ無さが込み上げる。
また僕は、救えないのか。
また、失うのか。
ようやく見つけたのに。
見つけてもらえたのに。
むく、と手をついてカナリアが立ち上がった。
ガラスで滑らかな頬に赤い一本の線ができていた。
ドレスもボロボロで、所々ほつれ、切れ、肌が見えている。
「カナリアっ!来ては駄目だ!陛下を、安全な場所へ!」
呆然としている陛下を見やり、カナリアにそう伝える。
僕は大丈夫だから。
きっと何とかなる。
この暴走は、宮廷魔導士でも抑えられない。
だから、早く逃げて。
「やだ!」
立ち上がったか彼女は涙目になってこちらへ歩いてくる。
「駄目だ!早く逃げて!僕が持つ間に!」
もう、手が持たない。
肉が切れた。
右手に走る激痛に耐える。
この手を離せば、人が死ぬのだ。
絶対に、離してはいけない。
もう、失いたくないのだ。
「ロベルトが持たないと意味ないでしょう!私と一緒に、生きてくれるんじゃなかったの!?」
バン、と彼女が氷の貼った床に手をつく。
その手から地面に魔力が流れ出す。
最初に感じた聖なる力と似ている。
魔力の中でも、純粋な魔力。
白い魔法陣が光り、周りに結界が展開された。
結界には、僕とカナリアしかいない。
カナリアの魔力が溢れ出す。
その魔力は僕を包んで、氷が張られたところを溶かしていった。
温かい。春の香りがする。
氷の結晶も溶けていく。
水と一緒に血が流れ出し、赤い川となって床に流れた。
それを見たカナリアはドレスの裾をビリビリ破った。
白い足が顕になる。
僕の手をドレスの布でぐるぐる巻きになったカナリアは、僕を抱きしめた。
背が足りないのか、背伸びをして、首に腕を回している。
「…ごめんなさい…八つ当たりした。ロベルトは何も悪くないのに。寧ろ、ロベルトが言った判断が正しかったのに。でも、私は、陛下の命よりロベルトの命が大事だったから…世界は陛下の命を大事にするってわかっているの…わかっていたのに…」
僕の命が大事。
命に価値をつけるとするならば、それは周りからの必要性だろう。
有益か、無益か。
それがこの世の原理だ。
無益と見なされたものはあっけなく死ぬ。
世界は、人の思いでできている。
人がいらないと思えば、それは世界にとってもいらないものなのだ。
そして、カナリアは世界より、僕を選んだ。
そう、捉えていいのだろうか。
この世界では、陛下の命が最優先だ。
これを聞かれれば、処刑。
けれど、防音結界が展開されていた。
この会話は誰にも聞かれない。
二人だけが知る、反逆の言葉。
「ごめんなさい…私が陛下に会いたいなんて言ったから…もっと早く、真実をロベルトに言っておけばよかったのに…私が躊躇ったから……ごめんなさい…ごめんなさい…」
声をあげて泣き出した彼女を抱き上げる。
カナリアは何も悪くない。
悪いのは僕だ。
カナリアの立場を、気持ちを考えたら暴走してしまった。
もっと冷静に、状況を把握しなければいけなかったのに。
けれど、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、それがどうしようもなく嬉しくて、幸せだった。
僕の命にも、価値を見出してくれる人がいた。
愛しているということには、こういうのも含まれているのだろうか。
自分の命を、誰よりも大事にしてくれる。
何なら、僕は君のために命すら差し出せる。
「僕も、ごめん。」
結界を解く。
カナリアを抱き上げながら、陛下に視線を合わせた。
カナリアはずっと泣いている。
普段の彼女ならどんな状況でも礼儀を欠くことはしない。
随分と、怖がらせ、悲しませてしまった。
けれど、そんな震える小さな身体も愛おしい。
玉座に座り続けていた陛下の瞳には哀しさが滲んでいる。
彼の方は、何を悲しんでいるのだろうか。
「陛下。先ほどは暴走してしまい申し訳ありませんでした。いかなる処罰もお受けいたします。」
自分の意思ではないとしても、陛下を狙えば重い罰が降る。
どんな処罰も受けよう。
けれど、その前に。
「ですが、その前に一つだけ。陛下。もう、目を逸らすことはできないのです。どうか、受け入れていただきたい。」
陛下の話と、歴史。カナリアの見た目。魔力。
全てが繋がった。
もう、真実は目と鼻の先にある。
陛下が抱えていた秘密。
歴史に刻まれた真実は、明かされるのだ。
***
美しい娘だった。
美しかったのは外見だけではなかった。
その美しい内面も愛していた。
子が二人生まれた。
それはもう嬉しかった。
美しい彼女に似て、娘二人も美しくなるに違いない容姿をしていた。
彼女と過ごす日々は幸せに溢れていた。
けれど、その幸せは突然と消えた。
そして、彼女は死んだ。
二番目の娘は行方がわからない。
ちょうどその時、内政が荒れ、彼女は別の場所で暮らしていた。
一番上の娘は私と一緒に暮らしていた。
私は、姉妹を別れさせ、最愛の妻を失った。
運命を呪った。
なぜ、彼女が死ななければならなかったのか。
死の神はどこまでも理不尽で、無慈悲だった。
一番上の娘はすくすくと成長し、今では妻の面影が見える。
そして今。
彼女が、戻って来たと思った。
あの娘は彼女の血が濃いらしい。
瓜二つだった。
「ですが、その前に一つだけ。陛下。もう、目を逸らすことはできないのです。どうか、受け入れていただきたい。」
そうだ。
ずっと探して、ずっと目を逸らしていた。
申し訳なかった。
ずっと悔やんでいた。
ずっと謝りたかった。
ずっと、逢いたかった。
でも、もう許されないのだ。
十分と時間はもらった。
今度こそ、受け入れなければならない。
一国の皇帝として。
一人の父親として。
一人の夫として。
死と、真実を。




