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カナリアさんの秘密のお部屋  作者: クロ
第三章 過去と贖罪
22/65

これを愛と呼ぶならば

新章開幕!


母との最後の思い出は、血濡れた世界だった。

村が、焼かれた。

襲撃された。


赤。

炎。

悲鳴。

煤。

人間。


温もりも、思い出も、全て、失われた。


「カナリア。ごめん、ごめんね。お母様には、もうこれしかできないの。」


幼い頃、母はそう言って、あの場所に私を閉じ込めた。

母は、泣いていた。

左右で目の色が違ったのを、よく覚えている。

『これはね、あなたのお父様が褒めてくれた瞳なの。』

そう、嬉しそうに語っていたのを覚えている。

その瞳から、光が消えたのも、よく覚えている。

母が結界をはって、優しく微笑んでいた。

結界の外で。

後ろに大きな人が来て、手に握られた銀色の細いものが母の胸を突き刺した。

ずっと、母は微笑んでいた。


最後に、何か魔法をかけられたのだ。


それが、この記憶を忘れさせる魔法。



ああ、朝だ。


***



「…ると………ベルト…」


ああ、遠くで誰か呼んでいる。

今日も、君は目覚めないのだろうか。


「………と。……きて。」


何ヶ月も聞きたいと願った声だ。

けれど、聞けずにいる。

ついに、幻聴でも聞こえ始めたのだろうか。


「…ロベルト。起きて。」


そっと頬に手が添えられた。

ほんのり温かい。

これが夢であるならば、幻聴であるならば、暖かさは感じないはずだ。


「カナリア!」


ばっ、と飛び起きた。

それが誰か、わかった。



朝日が昇っている。

カーテンの隙間から、光が漏れる。

窓から入り込んだ風が、彼女の美しい銀髪を揺らした。

左右で色の違う瞳。

右は新緑。左は琥珀。

長いまつ毛が、その宝石を縁取っていた。


彼女は、上半身を起こして、こちらを見つめていた。



「おはよう。」



春が来て、芽吹く。

真っ暗闇に、光が灯った。

会いたいと、願っていた人。


「…ああ…おはよう。」


気づけば、カナリアを抱きしめていた。

細い細い身体が、動いている。

それに合わせて髪が流れる。

繊細な手が、背中に添えられている。

花の香りがする。


「よかった…本当に、よかった…君はもう、目覚めないのかと…」


君が眠っている間は、地獄だった。

生きた心地がしなかった。

呼吸の仕方を忘れてしまった。


頬に涙が伝った。


物心がついてからは、泣いたことなどなかったのに。


「ごめん、ごめんね、ロベルト。」


ゆっくりと頭を撫でられる。

そんな彼女の声も震えていて。


カナリアが生きていることが嬉しくて。

声を聞けたことが嬉しくて。

嬉しさで泣くとは、こういうことかと。

これを愛と呼ぶのなら。


「ねえ、カナリア。」


「なあに?」


「愛は、どんなもの?」


ずっと、聞きたかった。

君に。

僕が君に抱く感情は、何なのかと。


「僕は、君が目覚めないと思うと、怖いんだ。君がこの世界のどこにもいないと感じると、それがどうしようもなく恐ろしく感じる。

君が、世界のどこかで生きていて欲しいんだ。

君という美しい鳥が、この世界のどこかで羽ばたいているのが、とても嬉しい。

これを愛と呼ぶのなら、僕は、君を愛している。」


これを愛と呼ぶのであれば。

愛がわからない。

だから、これが愛なのかわからない。

君は、それでもこの感情を受け入れてくれるだろうか。


「…私にも、愛はわからないの。でも、私もロベルトがこの世界のどこかで生きててくれたら、それだけで私は満たされる。

私は、あなたの声が聞きたい。あなたに生きていてほしい。

これを愛と呼ぶのなら、私は、ロベルトを愛しているの。」


背中に温かい水が落ちた。

そっと体を離すと、カナリアも泣いていた。

煌めく瞳は、どこまでも美しい。


「ねえ、ロベルト。私はあなたと一緒に世界を見たい。知りたい。貴方のことも知りたい。一緒に美しいものを見て、綺麗なものを見つけて。私は、貴方と一緒にいたい。」


ほろほろと大きな雫が流れている。

綺麗なガラス玉。


「ああ…一緒に世界を見よう…カナリア、君が望む限り、僕は君のそばにいる。」


体の内側から、色とりどりの感情が溢れ出す。

あの森が、あの場所が、あの部屋が、僕らを出会わせ、導いた。


「愛しているわ。」


そっと手が重ねられる。

こつりと、額も重なる。


「僕も、愛している。」


手のひらに落ちた雫が、雨上がりに広がる青空のように、キラキラと煌めいていた。



***


「っ!!」


パリンと、2階から結界の割れる音がする。


我が君!


屋敷の者全員が、その気配に気づき、二階へと駆け上がる。

この屋敷のものは、足音がしない。

そう訓練されたものだけが勤めているのだ。


執事、メイド、庭師、シェフ。全ての人物が2階へと駆け上がる。

庭師は窓から。影からの護衛は天井裏から。

他の者たちはそれぞれ階段から。

私が扉へ向かって歩くと、自然と人が避け、道ができる。


金色のドアノブに手をかけた。

弾かれない。


全員で固唾を飲む。


ゆっくりと、ドアノブを捻った。


「ロベルト…?」


敬愛する主君の名を呼ぶ。

ベッドに腰掛けるその姿が見えるとホッとする。

けれど、我が君の視線はご自分の斜め下にある。

その視線を追った時、私も、私の後ろに控えていたものたちも目を剥いた。


「…おはようございます。皆様。」


ロベルト様の隣にいたのは、カナリア様だった。

正確には、カナリア様ではない。

私たちが知る彼女ではなかったのだ。


長く、ゆるく曲線を描く艶のある銀髪。

左右で色が違う宝石のような瞳。

スラリとした体。


まるで、神が自ら手がけた創造物。



「……ええ。お目覚めになられてよかった。カナリア様。おはようございます。」


嬉しそうに笑った彼女は、とても美しかった。


本当に、よかった。


この数ヶ月間で一番軽い足取りで、レオは二人の元へ向かった。


***


空はどこまでも青い。

限界という言葉を知らないように。

広い広い空は、この世界の誰もが見ている。

それを受け入れるかは、人次第。

けれど、空はそんなことを気にも留めない。


どこか遠い場所にいる双子も、国家の頂点も、赤き瞳も、誰もが同じ空を見ている。

誰もが同じ空で、等しく生きている。

カナリア。それは美しき鳥。

青い空を飛ぶ鳥。


過去が、明かされるー



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