閑話:幼き彼は
ロベルト・ブロードという男は、幼い時から達観していた。
そして、愛情というものを知らなかった。
それを、私はそばで見ていた。
誰よりも近くで。
私は、レオナルド。
彼の幼馴染であり、友であり、従者でもある。
そして、その友である私ですら予想外だった事態が起こった。
我が君が、女性を連れている…!
我が君といえば、氷の公爵と言われるにも納得がいく程、何にも靡かないお方として有名だ。
私は、我が君の…いや、ロベルトの好きなものを知らない。
剣術も、座学も、社交も、全て完璧にこなしてしまうロベルトは、何に対しても興味を持たなかった。
祐逸あるとすれば、魔術だろうか。
それでも、好きというより、暇潰しとして嗜んでいる程度だった。
どんなに美しい女性でも、景色にも、興味を示さない。
綺麗と思うことはあるらしい。
ただ、それ以上はないと、いつの日か、幼き頃にそう言われた。
そして、それから何十年も経ち、ロベルトは、我が君となり、成長した。
我が君となっても、彼は変わらなかった。
どんな美しいご令嬢に言い寄られても、無表情を貫き、頬を染めることなどない。
公務は完璧にこなし、一切の漏れなどない。
そんな我が君が、ある日、女性を連れて部屋から出てきた。
初め、彼女を見た時は思わず声を荒げてしまうほど驚いた。
あの我が君が、女性に優しく微笑んでいる。
ロベルトの笑顔を見られるなんて、一ヶ月に一度がいいほどだ。
下手すると半年も笑わない。
それを、誰も責めることも追及することもなかった。
それは、指摘してはいけない。
まあ、色々とあったのだ。
女性はカナリア様というらしく、控えめでありながら、芯を持った女性だとお見受けした。
そして何より、その容姿。
美しいとしか言いようがない。
私が今まで見てきたどんな女性より美しかった。
我が君が惚れ込むだけではある。
「我が君、あの女性はどこから?まさか、求婚でもしたのですか?」
それ以外、考えられなかったのだが。
「いや、 彼女は…………友…か?」
「なぜ疑問系なのです!」
そしてなぜそこに間が開くのか…
「いや、友ではないな。同志でもない。あの子は…理解者とも違う、何かだ。恋人でも婚約者でもない。ああ、人間の言葉で言うのなら、あの子は、愛しい子なのかもしれない………」
「は?」
首を傾げ、ゆっくりと語った彼の言葉に、思考が追いつかなかった。
いとしいこ?
まさか、ロベルトの愛しく想う人物ということだろうか。
「我が君は…いえ、"ロベルト"は、彼女とどうなりたいのです?」
「…どうにもなりたくない、かな。僕は、愛しいと言う感情がわからない。けれど、彼女の羽ばたく姿をそばで見ていたいと想うんだ。それを愛と呼ぶのなら、僕は彼女を愛しているのだろう。」
「それは…」
それは、どんな感情なのだろう。
恋心でも、好奇心でも、興味でも、愛でもない。
私には、ロベルトがわからない。
どこか遠い、人。
その日は、それで終わったのだ。
我が君は意気揚々と、舞踏会へと向かった。
その夜、我が君は見たことのない表情で帰ってきた。
毛布にくるまって顔すら見えないカナリア様を抱きしめ、帰ってきた。
***
我が君は、どこか欠けてしまった。
カナリア様が倒れ、約三ヶ月。
我が君が屋敷に篭り、約二ヶ月。
陛下には許可をいただいている。
どうしても重要な書類は、我が君に処理してもらった。
「…レオさん、ご主人様は…」
「いつもの部屋に。」
「…承知いたしました。」
メイドの一人が2階に向かう。
あれから、我が君はカナリア様が眠る部屋から出てこない。
誰とも顔を合わせず、食事も、書類も、転移魔法であの部屋に運び込んでいた。
私ですら、顔を合わせられない。
入ることも許可されていないのだ。
部屋には何重にも結界がかけられ、誰も扉を開けられない。
食事を運ぶ時は、扉の前に立ち、声をかける。
「我が君。お食事をお持ちいたしました。」
「…ありがとう、レオ。」
このように。
私の手からは盆が消え、扉の先から我が君の声がした。
「我が君。」
「わかっているよ。わかっているんだ。ごめんね。」
そうして、我が君の気配は消える。
今日も、ダメだった。
もう、何ヶ月もこの調子だ。
我が君の健康管理もできない。
我が君も、わかっているのだ、きっと。
でも、それを、ロベルトが分かれないのだろう。
無力だ。
いつも、その一言に尽きる。
私は無力だ。
大事な時に、ロベルトの近くに行けない。
あの時も。
どうかカナリア様、お目覚めになられてください。
あのままでは、我が君は……私の大事なロベルトは、壊れてしまう。
ねえ、ロベルト。
君は、誰かを愛せるようになったのだね。
君がこんな行動をとるということは、君は彼女を愛しているのだろう。
君の一人の友として、私はそのことがどうしようもなく嬉しい。
君は、君が抱いているであろう愛という感情を理解しているのだろうか?
そうであったらいいと、そう思った。
ああ、遠くで祝福の歌が聞こえる。
どうか次こそは、彼の方の手から、大事なものがこぼれ落ちませんように。
〜♪
かつて少年だった青年は愛を知る。
かつて少女だった娘は、世界を知る。
そして、二人は交わる。
という水の中で。
美しき鳥の翼は、片方しかなかった。
もう片方は、誰かが埋めなければならない。
さあ、目覚めの時よ。
ここから、世界の歯車が動き出す。
〜♫
ああ、朝だ。
白き鳥の交響曲 (完)




