眠り姫 2
誰かを愛しく想うことなんてなかった。
人一人、愛せない。
愛を知らない。
それは、人間として、生き物として、欠けているのだろうか。
愛という言葉は、誰が作ったのだろうか。
その人に問いたい。
愛とは何か。と。
そう、思っていたのに。
***
君が、あれから目覚めない。
もう、一ヶ月間も眠り続けている。
月日が流れるのが遅い。
公務なんて放り出して、君のそばにいたい。
そうでないと、僕が、私を保てない。
私は今日も、公務をこなす。
早く終わらせて、君のそばに行くために。
「我が君、しばらく陛下にお休みをいただいてきました。」
「…は?」
君がいないという点以外いつも通りの宮殿の昼下がり。
書類を片手にレオが意味不明なことを言い出した。
陛下が、私に休みを許したと、そういうことだろうか。
「あまりにも我が君がご無理をなさるので、陛下が気を利かせてくださったのですよ。」
「そう、か。」
優しい嘘だ。
わかっている。
「…馬車の用意を。」
「は。」
レオが執務室を去っていく。
あれから、一ヶ月。
未だ犯人は見つからない。
いや、見つけられない。
あの事件を引き起こした犯人が、あの子を眠りにつかせた。
そのことを考えるだけで、どうにも殺意が抑えられない。
今、その犯人が目の前に出てきたら、僕は間違いなく殺してしまう。
せめて、あの子が目覚めてから。
馬車に乗り、数分で自分の屋敷に着く。
屋敷に入れば、使用人が出迎えてくれる。
挨拶を返し、昼食をとり、あの子の元へ向かう。
僕のこの一ヶ月間の行動パターンは、ずっと同じだ。
最低限のことを済ませたら、君の元へ行く。
もうずっと、君が目覚めるのを待っている。
2階にある、一番角の部屋。
風通しが良くて、日も当たる部屋。
そこに君はいる。
扉の前に立って、軽くノックをしてから部屋に入る。
薄暗い部屋には、机と本棚、そして、一つのベッド。
薄いカーテンに覆われた大きなベッドには、一人の女性が眠っている。
近くから椅子を持ってきて、ベッドの横に座る。
長い銀髪が、シーツに広がっている。
陶器のようななだらかな肌に、薄く色づいた唇。
長いまつ毛は伏せられていて、瞳は見えない。
側から見れば、眠る女神のようだ。
けれど、小さくて、綺麗な手は動かない。瞼も、開かない。
そっと手首を握ると、とく、とく、と脈打っているのがわかる。
ああ、今日も、生きている。
良かった。
どうか、早く目覚めて。
君の綺麗な瞳に、映りたい。
そのためならば、僕はどんなものでも差し出そう。
この命ですら。
あるかもわからない、僕の愛もあげよう。
もう一度、君が笑ってくれるというのなら。
もう一度、僕の名を呼んでくれるというのなら。
もう一度、声を聴かせてくれるというのなら。
この気持ちが愛というならば、それは…
最初は、こんなつもりじゃなかったのに。
特別な誰かを持つなんて、想像もしていなかったのに。
それでも僕は、君を、愛しく思ってしまった。
愛しさがわからぬ僕が、君をそう思ってしまった。
それは他の誰にも曲げられない事実。
だから、お願い。
「…目を覚まして、カナリア。」
僕は君が愛おしい。
他のどんなものよりも。
空には、月が登っていた。




