眠り姫 1
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カナリアが倒れた。
思わず抱き留めた身体に流れる魔力に愕然とした。
魔力が暴れている。
それも、異常なほどの量で。
これでは、カナリアが壊れてしまう。
「カナリア、魔力、少しもらうよ。」
返事の代わりに背中の服を握られ、その手の冷たさと小ささが、どんなものよりも恐ろしく感じた。
自分が死に直面した時ですら、恐怖を感じることなどなかったのに。
魔力譲渡は、人に見られてはいけない。
その魔法陣を解析されてはいけないのだ。
これは各国の間で制定された条約である。
理由は単純明白で、魔力を多く持ったものの悪用を避けるためだ。
魔力譲渡が誰でもできるようになったら魔力の多い者が悪に使われてしまう。
それだけは、避けなければならなかった。
ここでカナリアの魔力が多いと知られては、彼女のこれからの生活に支障が出る。
自由気ままに、見たいものを見て、やりたいようにやることなんて、出来なくなる。
それだけは、絶対に駄目だ。
彼女が飛べなくなるのは、どんなことよりも恐ろしい。
カナリアをなるべく揺らさないように壁にそっと寄り掛からせる。
ずる、と落ちた身体を見てわかった。
意識がないのだ。
崩れかけた彼女の細い体を支えて、全てをマントで隠す。
顔も、髪の毛一本でさえ見られぬように。
「退け。」
周りでオドオドしていた騎士たちにそう命じた。
「で、ですが…」
騎士の一人がその命に躊躇った。
「退けと言っている。」
怒りか、焦りか、魔力がバリ、と音を立てて自分から放たれた。
「「「は!」」」
顔を真っ青にさせて去っていった騎士たち。
それを見送った私は、カナリアから魔力をもらうため詠唱を頭の中に思い浮かべる。
自らもマントに隠れ、それを実行しようとした時。
後ろに人間の気配がした。
「…今度は何か。」
騎士団長だった。
「失礼する。カナリア嬢を医務室へ、と。」
「必要ない。」
彼の申し出をバッサリ切り捨てる。
この暴走を、医務室でどうにかできるなどあり得ない。
それができるなら、とっくにカナリアを医務室に転移させている。
「なぜ!」
「必要ないからだ。用はそれだけか?終わったなら下がっていろ。邪魔だ。」
こちらの方が目線は下なのに、まるで逆のようだ。
彼からは何の威圧感も感じない。子猫を見つめている竜の気分だ。
「…っ」
ぐ、と悔しそうな顔を浮かべ、騎士団長は下がった。
これで邪魔は入らない。
「カナリア。大丈夫だから。」
腕の中で苦しそうにしているカナリアを見つめ、その身体に流れる魔力の流れを読み取る。
その流れに逆らわなないように、自身とつなぐ。
たったそれだけのこと。
原理は簡単だ。
魔力の流れる銅線を、少し長くするのだ。
そうすれば、大きな器に平等に魔力が流れる。
ただ、流れを誤って繋ぐと、どちらも死ぬ。
魔力とは、全身にエネルギーを行き渡らせる血液のようなものだ。
それが行き届かなければ、人は死ぬ。
間違えないようにしなければ、
全神経を集中させて魔力の流れを読みとり、自身の魔力の流れと繋げる。
そこから、詠唱する。
『ーーー……=================================================================…
ひたすらに長い詠唱。
それが彼女をこの世界に繋ぐ。
カナリアの手を取る。
綺麗な手。
穢れを知らぬ、美しい手。
君の触れるものが、全て美しいものでありますように。
けれど世界は残酷で、そうさせてはくれない。
それでも。"君"という存在が、穢れませんように。
魔法陣が光り、僕たちを包んでいく。
ー終わった。
これで、大丈夫。
魔力を急に繋いだからか、体への負担が凄まじい。
「カナ、リア。良かった…」
彼女の手を握りしめて、額に近づける。
暖かかった。
冷たくなかった。
うまくいったのだ。
「ああ…」
柄でもない。手が震えていた。
「…ありがとう。」
少し上から降ってきた、透き通った声は。
「え…?」
それが誰かはわかっていた。
僕が顔を上げた時、彼女は、見慣れた彼女ではなかった。
ベージュ色の髪は、銀髪へ。エメラルド色の瞳は、左右で色が違う。
あの夕暮れの日。
あの一瞬に見えた、銀髪の少女。
今の第一皇女様だけが持つ、銀髪と、左右で違う瞳。
女神のような美しさを持つ、カナリア。
「私、全部、思い出したわ。」
悲しそうに笑う彼女は、その後、目を覚まさなかった。
なんかカナリアの髪の色がごちゃごちゃに…
全部訂正したんですけど、もしかしたら違うのがあるかもしれないです。
すみません!




