黄金の光と黒い雨
ロベルトが去った後。
彼が見えなくなるまで手を振って見送った。
だんだん小さくなっていくロベルトに心細くなったけど、私は泣かなかった。ロベルトが、また会えるって言ってくれたから。
来た道を一人で戻っていく。
さっきまで隣にあった体温も、足音も、もう無い。
ああ、早く、会いたい。
別れたばかりなのに、どうしても求めてしまう。
どこか懐かしい香り。
あの優しい瞳で見つめられるのが心地良い。
帰路は長いようで短い。
あっという間に家に着き、一人でドアを開ける。
玄関から月光が差して続いた光が廊下を照らす。
すると、何かがきらりと光った。
「…?」
ちょうど、廊下の真ん中。
月光に照らされた何かが黄金に光っている。
その光を見失わないようにドアは開けっ放しにして光が入るようにし、急いで靴を脱いで、少しずつ近づく。
近づくにつれてそれが明確に見えてくる。
親指の先ほどの少し大きめのボタン。
じっくりと観察する。
金色の丸いボタン。
でも、中心に穴は何も空いていなくて、後ろに針でできたピンがある。
それに、竜が彫られていて、中心に薔薇があり、それに竜が巻き付いている。
まるで竜が薔薇を守っているよう。
一つ一つが精巧に作られていて、傷一つ無い。きっと、すごく大切に保管されているんだ。
ー綺麗。その存在自体が綺麗だと思った。
そんなことを考えている暇はない。
きっとこれはロベルトのもの。
届けに行かないと。
多分、急いでいったほうがいい。
こんなに大切にされていたし、なにか、嫌な予感がする。
先程まで美しい夜空が広がっていたのに、いつの間にか空は黒く染まって、遠くで雷鳴が響いていた。
***
荷物をまとめた。
数枚の服と、ロベルトのボタン。母が遺してくれた魔導書。
あと、数日は持つ干し肉を。
午前一時。雨は一向に止まない。
何なら、ひどくなるばかりで止む気配など微塵も感じさせない。
黒い空はずっと遠くまで続けていて、一筋の光も見えない。
徹夜で届けに行くのだ。恐れている暇はない。
まず、自分の位置の確認から始めた。
自分が今どこにいるのか、ロベルトがいる場所はどこなのか。
母が譲り受けた地図を机に広げてロベルトの大体の場所を特定する。
この森は結構広い。
地図から読み取った情報をもとにロベルトの行動を辿っていく。
きっと、ロベルトは魔法が使える。
転移魔法で飛べば一瞬で森を抜けられるだろう。
なので、森の部分は視野に入れておきながら省略する。
もしロベルトが森を歩いて抜けていたとしても、私が先に着けば問題ない。
そして、地図に描かれている東西南北にある赤い点。
その点の隣に丸い図があって、その中に見たことのあるものを見つけた。
北の点。ロベルトが落としたボタンと同じ紋章。
ここだ。
ロベルトはきっと、この赤い点を中心に広がる土地に向かうはずた。
それじゃなかったら、北の紋章が彫られたボタンなんて持ち歩かない。
もし、ロベルトが暗殺者の類だとしても、自分がどこにいたかわかってしまう、証拠になってしまうものは持ち歩かないはずだ。
取り敢えず、この赤い点を目指そう。
なにか、ロベルトについての手がかりが見つかるかもしれない。
行き先が決まった私は、最短距離で向かうことの出来るルートを確認し、カバンを肩に下げる。
雨で体が冷えてしまわないようにフードを被り、玄関へと向かう。
靴を履いて、紐を締めて、前を向く。
扉を開けた先は黒い雨が降る大地。
下を向いては駄目。
ただでさえ足が震えているのだ。歩みを止めたら、私はきっと進めなくなる。
……なぜ、足が震えているの?
ずっと、外の世界を夢見てきた。
自由に感じて、自由に飛んでみたかった。
でも鳥籠の中の私はそれが許されない。
その鳥籠を開けてもらうのを待っていた。そしたら、ロベルトが鳥籠の中に来て、また外の世界へと羽ばたいていった。
だから、きっと待っていては駄目なのだ。
ロベルトは自分で飛んでいった。誰かに開けてもらう前に、自分で戸口を見つけて、飛んでいった。
きっかけをくれたのはロベルト。それを教えてくれたのもロベルト。
私は今日、鳥籠から出る。
それが怖いの?ずっと閉じ込められた場所から抜け出すのが。
恐怖まではいかない。ただ、怖い。
でも、それでも。私は大事なものを届けに行く。
ここから出るきっかけと勇気をくれた彼のために。
私の大事な人のために。世界を教えてくれた彼のために。
川の橋まで来た。
この森一体を何重にも覆っている透明な膜に手を触れると、その姿が出現する。
小さな頃は、この膜を破ろうと叩いたりしてみたけれど、全然出れなかった。
鳥籠の作を叩いても意味がないのだ。戸口を見つけないと。
手を伸ばして色々なところを叩いてみる。
ロベルトはここから外へ出た。ならば私もここから出られると思ったのだ。
ひとつ、窪みを見つけた。
ああ。ここだ。
それを押すと膜が消え始める。
目の前に広がるのは、現実の世界。
私が夢見ていた、外の世界。
どうかお願い。私を導いて。彼のところまで。
そう一つだけ願いを捧げて、私は未知の世界へと足を一歩踏み出したのだ。
思ってたより早く更新できました!よかった!