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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第5章 (上) 倒錯傾蒙
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倒錯傾蒙 その6

 

  ◇

  

 目覚めは心地良いものではなかった。

 眠っていたのかどうかすら疑いたくなるほど、心は不安と焦燥感に満ちていた。

 時計を見れば時刻は午前6時を過ぎた頃。約束の時間にはまだ早い。9時までには3時間近くあるが前もって校庭で待っておくべきだろうか……。

 

(いや、彼女が9時と言ったのならそれまでは大丈夫なはず。むしろ彼女が私たちを同行させなかったのは彼女一人で十分に戦う算段があったからじゃないのかな? 早めに来たら返って邪魔になるかもしれない)

 

 頭で響いた声は、龍神の分霊——魔術師たちの計画によって僕と肉体を共有し、文化研究部には『トリープ』と名乗った存在だった。

 

「だけど、こうしてるうちにも先生は……‼︎」

 

(わかっている! だけど相手の狙いは君であり私なのだから下手に姿を見せれば狙われて、先生が後手に回されるかもしれないんだ。だから今やるべきことは…………)

 

 少しでも戦力としての力をつけること。そう言われて僕は先生が戦っている廃校の付近にあった寺院へ向かうことになった。

 早朝に外へ出るなんて珍しいと、掃除をしている母さんは言う。それに対して「友達と遊びに行く」なんて嘘を吐きながら準備を進めていると、母は掃除機を一度止めてこう言った。

 

「そう、じゃあ楽しんできてね」

 

 穏やかな笑顔だった。騙すようで後ろめたさを感じるが、心配させてしまうことの方が嫌だった。

 家から寺院まではそこそこの距離がある。自転車を使って三十分以上はかかる。

 それまでに僕はトリープに具体的なやることの内容を聞いた。

 

(幸斗の戦い方はエネルギーに無駄が多い。今のままだと、肉体が追いつかない。いくら膨大な生成量だったとしても、そのエネルギーを溜め込む肉体は普通の人間のものなんだ。無駄に消耗し過ぎては肉体に強く負担が掛かる。だからそうならない方法を教えようと思うんだ)

 

 それで人目のないこの場所を選んだのか……それで、その方法ってなんだろう?

 

(まず基本的な考え方として、幸斗は出力を上げるときに面積ばかり広げてしまう。どちらかといえばアプローチはより狭く、最小限で最大のパフォーマンスを発揮する方向性だ。前に一度やった水圧カッターのような技……あれをもっとコンパクトにする方針でいこう)

 

 碧水を体内で循環させ、身に纏わせるようにする。その碧水を右手の一点に集めたあと、圧縮——その力を緩めずに放出。

 碧水は一条の線となって遠くの樹木に衝撃を与えた。

 

(そう、その感覚。あとは身に纏った碧水を身体強化に使えばあいつとの戦いについて来られるくらいのスピードは出るはずだよ)

 

「にしても、どうして急にこんなことを? 確かに今回の戦いは厳しいものになるかもしれないけど、今までこんなことしてこなかったじゃないか」

 

(…………勘だよ。多分この先で必要になると感じたから。でもこれだけは言っておきたい。君が碧水を十分に使いこなせるようになっても、あの魔術師に勝てるかどうかはその時の状況次第だ。だから……くれぐれも無理はせず、あまり一人で突っ込まないように)

 

 まるでこの後の展開を分かりきってるかのような、忠告にも似た言葉をトリープは投げかける。

 

「わかってるよ、みんなに迷惑はかけない」

 

 その言葉にどれほどの重みが乗っていたか。

 口にしながら、果たして本当に自分がその通りに動けるかは甚だ疑問であった。

 

 

 時間を確認したらちょうどいい頃合いになっていた。

 碧水の扱い方を、碧水の本来の主ともいうべき存在に教えてもらったのはとても効果を感じた。

 水とは変幻自在にして剛であり、柔でもあるもの。ゾーンは狭く、無駄のない繊細な動きは美の一言に尽きる。

 これなら——戦いの中で自身に掛かる負荷を減らして戦える。

 

「じゃあ、そろそろ行こう」

 

 深く息を吐いて呼吸を整え、境内の土を踏み締めた。

 これから始まるのは願いに手を伸ばす戦い。己が内に眠る祈りの源を呼び覚ます時である。

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