倒錯傾蒙 その4
誘われた——そうシャルディーンが悟ったのは、既に技の起こりが済んでからのことだった。
シャルディーンが落とした影を、さらに明るい光が上書きする。そしてその光の中に影が生まれ、形を成す——‼︎
「なにッ⁈」
『複印影片輝』は映写機が映す映像が影の中になければ像が浮かび上がらない性質上、明るい部屋とは相性が悪い。だからこそ、その限定的な影の出現がカウンターへの不意打ちへと繋がった。
「これは……映像を実体化させる魔術か!」
シャルディーンは『複印影片輝』の性質を知らなかった。
魔術師の顎を穿たんとする鋭利な突起物。それは剣であった。
その姿は影でありながら金属の光沢を感じさせ、まともに喰らえば致命傷に至るという現実感があった。それも一本ではない。
三門の発射口から四、五本ほどは出ていたであろう剣の束がシャルディーンの灰の髪を掠め天井に突き刺さり、融けるように消えた。
「あの使い魔もその魔術によるものだな……限度はあるだろうが、本体の装置を破壊しなければ厄介なことになるだろう」
「だがそれは難しいだろう? おまえのオートエイムは人体のみ。その攻撃さえどうにかできればあとは隙だらけの大技ばかりだ」
琥珀色の外套を広げ、腰に取り付けた複印影片輝を見せつける。
挑発的で、自信に満ちた素振りを露わにすることで相手の動揺を誘った。
(とはいえ、さっきの後ろからの爆破は例外だな。あれは直前まで感知できない。何かタネがあると思うが……)
お互い隠した手の内があることを警戒して、一定の距離を保ったままの交戦を続けようとするが、またしても予測不能な爆発が彼女を襲う。
「くそっ、何度も何度も……‼︎」
爆風を避けようと跳躍、そして着地したと思えば再び爆発が起き空中に投げ出される。
着地するたびに起こる爆発は彼女を踊らせるようであった。
それをシャルディーンが黙って見ているわけがない。残ったもう一体の黒犬を蹴散らし、八敷意への攻撃へ移る。
確実に致命傷を与えるためには接近する必要があるが、彼女が持つ映写機の魔工品の光が自身の影を照らすのを警戒しなければならない。
右往左往へステップを刻み——タイミングを伺い——お互いの着地が重なった——その時。
爆破が起き、女は宙で無防備になる。辛うじて両腕は防御の姿勢をとるがその程度は些事である。
魔力を込めたアッパーカット。衝撃は防御に使った両腕を貫通し、胸部を震わせる。
「んぐっ……⁈」
八敷意はジェット噴射のような勢いで壁に叩きつけられ、そのまま壁にもたれかかって倒れる。
数秒の静寂。顔を伏し、呼吸を整えながら女魔術師は思考を広げた。
(今、私は地面に着いている。それなのに今回は爆発が起きていない…………なぜだ? どこかに法則があるはずだ。着地の仕方にルールがある? いやそういうのではない。あるとすればそれは…………)
追撃に向かうシャルディーン。
その足取りは、まるで薄氷の上のワルツ。死を運ぶ幽鬼が如く、晩鐘の足音を踏み鳴らす————。
女は動かない。
——動く必要はない。
————だって、ただほんの少し——奴の足元を狂わせれば良いのだから。
「な……ッ⁈」
男は思わず声を漏らす。彼が踏み込んだ脚の傍にあったものは、魔力すら籠っていない——ただのペンであった。
「こういうとき、魔術師は魔力の感知に頼りがちだからな。一度くらいこの手は通ると思った。——そしてその一回で十分だった」
ペンによってシャルディーンが足を踏み外すと、爆炎が両者の視界を包み込んだ。
(答えはこの部屋————部屋自体にルールがあるッ! ここは宇宙を模した部屋! あの照明を太陽とし、その床には星座が刻まれている……おそらくは星がある地点以外を踏むと爆破する仕組み! シャルディーンが起こした魔術ではなく、部屋の機能として起きた魔術だから奴から魔力の励起が感知できなかったのか……)
だが、それがわかったのなら————。
「梵辿刻書・去潮…………奴の足跡を顕せ!」
墨汁が拡散し、この戦闘でシャルディーンが着地した位置を蛍光色の魔力で印をつけた。
「やはり……北にカシオペヤ、東に夏の大三角。ちょうど今、六月の星空だな」




