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Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第1章 檻神─オリガミ
7/28

#1 第5節

5/

 

「君には文化研究部に入ってもらいたい」

 

 部室に入って開口一番、その言葉を浴びせられた。

 今回の件についてお礼を言おうと部屋に立ち寄ろうと廊下を歩いているときに、

「話したいことがある。ついてきてくれ」

 と八敷先生に言われ、気づいたらこのような状況になっていた。

 

 僕が——文化研究部に——?

 

 唐突な勧誘に戸惑いを隠しきれない。

「君が手にしたその能力、放っておくには惜しい。それに──我々の保護下に入ってもらわねば、君に危険が及んだときに対処に遅れが生じる」

 

 危険——? それは、どういう意味だろうか。


「君は我々の『世界(神秘)』とは縁がなかっただろう? そのような人間が誰の保護も得ず呑気に過ごしていたら悪用しようと狙う輩が現れる。……少なくとも、自分の身を守れるようその力を扱えるようになるまではここにいてくれないか」


「え、ええ……それは、いいです。けど……」


 八敷先生の言葉の圧力があまりにも強かったので狼狽えてしまったが、文化研究部に参加する事に不満はなかった。


「そうか、ありがとう。本当に助かるよ。内心不安だったんだ。拒否されてしまえばこちらに強制する権利はなくてね。君に監視の使い魔をつけなくてはならなかった」

 

 ————? 今、とんでもないことを言わなかったかこの教師⁈

 

「クククッ、それは流石に冗談さ。だが本当に助かった。改めてありがとう。そしてようこそ————文化研究部へ」


 八敷先生は笑顔で僕を歓迎してくれた。先生の笑顔を見るのはこれが初めてになる。

 この人は、良い人だ。

 そう直感的に感じた。あの笑顔には、人を守る責任感と、そのための力を持つ覚悟が籠っていた。

 

 がちり、とドアノブを捻る音がした。


「お疲れ様です、八敷先生」


 この声は荒志郎だ。


「うん、お疲れ様」


「お、お疲れ様です」


 挨拶を返すと同時に荒志郎の方を見ると、その後ろに人影が見えた。


「あ、おまえ……」


 荒志郎の後ろにいる人影を指差す。驚きで目が点になった。


「ん? あーっ!」


 後ろの()()と目が合う。荒志郎の後ろにいるのは真風屋美佳だった。

 

「どうしておまえがここにっ⁈」

「どうしてアンタがここにぃ⁈」

 

 めっちゃハモった。綺麗なテノールとソプラノだった。

 いや今はそれどころじゃなくて、なんで美佳がここにいるんだ⁈


「って、あーそっか! 今回の怪異の件で? オッケー、ウチが来たからもう安心だよ! どんなヤツでもバッタバッタ薙ぎ倒してあげるんだから!」


胸を張って高らかに声を上げる美佳。だが……その話はもう終わっているんだ……。そう言おうとしたところに荒志郎が説明してくれた。


「美佳さん……もうその話は終わってるんです。何を隠そうこの幸斗さんがその怪異を退治してくれたのですから」


「あっ……え……?」


 美佳が目をぱちぱちとさせる。動揺で体がガタガタ震え出した。


「あ、あ、ああ、アンタが⁈ どういうこと⁈ 信じられない⁈」


 驚愕する美佳。だがそこにさらなる追い討ちがかかる。


「櫛見くんはなんらかの神秘存在と契約をしてね。その力で怪異を退けたんだ。それで今日はその能力を見込んで、文化研究部に入ってもらおうと誘ってみたんだが、彼はあっさり承諾してくれたよ」


 澄ました顔で語りかける八敷先生。対して美佳の顔は途轍もなく驚きで歪んでいた。


「な、ななな、なんでそうなるのよーッ! ……いい? 幸斗、あんなヤツの口車に乗せられて面倒事に巻き込まれても知らないわよ⁈ 

 危ない目に遭いたくないなら絶対やめるべき!」


「そう言われても、先生がいうにはこっちの方が安全だっていうし……」


「はーっ⁈ 本当アンタは単純ね! あんな見るからに怪しいですよーって雰囲気出してるのに信じれるの⁈」


 美佳がキャーキャー喚くが僕の意思は変わらなかった。


「美佳……先生を悪くいうのはそこまでにしておいてくれ。これは僕は決めたことなんだ。別に強制されたわけじゃない。それに、怪異の退治は人助けになるんだろ? だったら拒む理由はないじゃないか」


 きっぱりと、これは自分で決めたことだからと返す。美佳の顔は不満気だった。


「ほんと、アンタのそういうとこムカつく。……ウチは警告しといたからね! あとで文句言っても知らないんだから!」


 ぷいっ、と首を振って唇を尖らせる美佳。あれでも彼女は心配してるつもりなのだ。


「……では、文化研究部の活動について紹介しよう。我々は怪異の研究、及び怪異による人的被害の対処を目的としてこの文化研究部で活動している。とは言っても、今回のケースはレアだ。普段はもう少し易しい。人に憑く前に対処するのが普通だからな。通常活動はここらへんにある魔力の吹き溜まりを見つけ出し、それを浄化することだ。そんなに難しいことじゃないだろ?」


 魔力の浄化と言われてもピンとこないが……


「ああ、私が持っている解呪の札を君たちに渡すから、それを貼り付ければいいだけだ。なに、散歩気分で行える気楽な部活だよ」


 そう言って僕にその札を数枚ほど渡された。


「それじゃあさっそくチュートリアルと行こう。君たち三人で浄化をしてきてくれ。スマホに三つのポイントを送っておいた。あとはこの簡易的な魔力探知器を渡すから、自己紹介がてら三人仲良く駄弁りながらやってくれ。私は今回の件についてのレポートを書かなければならん」

 

 

   ◇

 

 

 そう言われて学校を追い出されて『散歩』が始まった。

 

 三人で会話をしながらずんずんと歩いていく。

 八敷先生から渡されたコンパスのようなもの——魔力探知器によればここから数十メートルと離れてない所に一つあるらしい。

 探知器の情報を頼りに歩いていると、薄暗い路地裏にたどり着いた。


「さて、自己紹介ときましたが……お互いもう名前は知っていますしねぇ。それぞれの能力についての紹介でもしましょうか」


 そういって荒志郎は自身の右腕を翳した。


「私の能力は端的にいうと『分解』と『再構築』です」


 そういって彼は走り出した。

 彼の眼が見据えているのは八敷先生の言っていた『魔力の吹き溜まり』というものだろうか。壁に張り付いた『黒い結晶』の周りにスライムのような質感の『黒い人影』がぽつぽつと浮かび上がっていた。

「ちょうどいいですね。見せた方が早いですし」

 黒い影が荒志郎を取り囲む。だが彼は怯むことなく、走りながら右手を手刀の形にして一つの人影に飛び込んだ。


「せいっ!」

 

 荒志郎の薙ぎ払った手刀が黒い人影の胴体を切り裂いた──否、『解』かしたと言った方が正しいだろう。

 

 黒い影はその姿を構成していたものを分解されたことによって二つに分断されたのだ。

 崩れ落ちる黒い影。まずは一体撃破だ。

 だがまだまだ敵は残っている。八方を囲まれた荒志郎に、思わず僕は駆け寄ろうとするが——


「心配はいりませんよ、幸斗さん。次は『再構築』です」


 荒志郎が屈み、地面に手を当てる。彼が触れたところからじわじわと『分解』が広がっていく。

 

結合せよ(リアクト)

 

 その言葉と共に分解されたアスファルトが宙に浮かび、荒志郎の周囲を覆った。

 取り囲む人影と荒志郎の間にコンクリートの壁が作られ、人影の進路を阻む。

 壁に阻まれた影の群れが集まっていったその時に荒志郎は呪文を唱えた。

 

響鳴せよ(バースト)

 

 その瞬間、荒志郎を覆った壁が破裂する——。

 

 粉々に吹き飛んだコンクリートはまるでショットガンのように黒い影たちを貫いた。


「とまあこんな感じで。我々の家系は右腕に特殊な力を持たせています」


 一掃された影の中で彼はそう言いながら立ち上がった。するとその次には先ほどの戦闘などなかったかのように周囲は元通りになっていた。


「まあ、あくまでこれは使い方の一つにすぎませんが。これでも一年はこの部活にいるのでね」


 そう言いながら彼は手に取った解呪の札を吹き溜まりに貼り付けた。

 すると黒い結晶は端から気化し、消滅していった。


「これは『精力晶石(オドプリズム)』というものです。これは人々が持つ微細な魔力が結晶となったものでしてね。これがなかなかに厄介なものなのです。なにせ魔力の塊ですから、低級の怪異が集まってしまうんです。ですので、こうやって定期的に浄化する必要があるんですよ」


 彼の説明はあんまりよくわかっていないが、今の僕はそれどころではなかった。

 僕は彼の戦闘のことで頭がいっぱいになっていた。

 彼の能力は凄まじい。だがそれ以上に着目すべきは技の練度だった。

 未だ自分の能力をしっかりと把握していない自分とは雲泥の差の応用力。自分もこれから経験を積めば追いつけるのだろうか。


「さて、次に行きましょう。次は美佳さんの番ですね」

 

 

   ◇

 

 

 そうして次の吹き溜まりに着いた。

 

 車一つない、ただ無駄にでかいだけの駐車場に黒い影がうじゃうじゃと湧いている。

 八敷先生曰く、肉体にある程度の魔力が宿っていれば、魔力で構成された怪異の存在を認識できるとのことだった。

 今まで何気なく通っていた道にこのような存在がいたことを今まで知ることがなかったのはそのためらしい。

 

「よっし! 次はウチの番だね! まあ見ててよ、ウチのカッコいいところを!」


 そう言って先程と同様に精力晶石に群がった怪異に眼差しを向ける。美佳は手を正面に向けて目を瞑り深呼吸をする。

 すうっ、と息を吸って吐き出すと同時に目を開き、叫ぶ——!

 

空想基盤仮設・火の型オーム・マーヤー・アグニ————!」

 

 その言葉と同時に美佳が翳した手には魔法陣が重ねられ、そこから炎が放射される──!

 

 後ろにいる僕らでさえ熱さを感じる巨大な熱量! 僕は熱波に押され眼を開けていられなかった。

 しばらくして炎が止んだ。未だ身に残る熱気に堪えながら目を開ける。

 そこにあったのは、前方にいた黒い影を跡形も無く燃やし尽くした後の、ただの砂の地面だった。

 圧倒的火力————これが彼女の能力なのか……!

 その業火を見てもなお、他の黒い影たちは怯むことなく向かってくる。おそらく理性などはないのだろう。


「ああもう鬱陶しい! まとめて全部消えなさい! ————風よ(ヴァーユ)!」


 魔法陣と共に翳した右手を左手で支える。渾身の力を込めて次の呪文を解き放った。


「砲扇火ッ!」

 

 彼女の右手から放たれた炎が扇状に広がり、周囲一帯を悉く燃やし尽くす——!

 ごうごう、と燃え盛る音がしばらくして、音が止んだと思った時には事は既に済んでいた。

 辺りを見渡す。

 一帯が焦土に……なっていない? 灼いたのは敵のみで周囲に影響はなかった。

 感情に身を任せて力振るっているように見えて、その実は周囲への影響も考えて力を調整していたのだ。

 圧倒的火力に凄まじい精密動作性を兼ね備える彼女の能力に驚嘆せざるを得なかった。


「どう? これがウチのチカラ。カッコよかったでしょ? ウチの魔術はインドの五大思想をメインとしててね、ウチの特技は魔法陣を敷くことなんだ!」


 五大思想……あんまり詳しくないけれど、確か世界を地、水、火、風、空の五つで構成されたものと考える思想のはずだ。

 だが、なぜそれがあんな強烈な炎になるのだろうか……

 今まで感覚が麻痺していたようだが、これらは僕らの常識の外にある現象で、本来僕が認識していいようなものではない。

 こういろんな専門用語で説明されてもこっちはちんぷんかんぷんなのだった。


 

   ◇


 

「さあ、次はアンタの番よ、幸斗! ウチはアンタのチカラ見るの初めてなんだから、期待はずれにさせないでよね!」


 そうして最後の精力晶石のもとへ着いた。

 もう随分と放置された廃校の体育館。いかにも出そうな雰囲気の場所だった。そしてやはり奴らはいた。

 

 次は僕の出番か……正直自信がない。あの時はノリで動いてたまたまうまくいったけど、いざもう一回やってみろと言われるとどうすればいいかわからなくなる。

 恐る恐る黒い影に近づく。その中の何体かがこちらに気づいた。

 以前の感覚を頼りに手を前に突き出す。

 渾身の力を込めて——叫ぶッ!

 

「はあっ!」

 

 ……と声を出してみたが、何も出ない。

 それどころか他の敵にも気づかれてしまった。


「え……」


 一瞬放心状態になった。自信はなかったが都合よく出てくれるものだと心の片隅で思っていた。どうしようも、できない。体が震え出した。今すぐその場から逃げ出したい——。


「あっ、ああ!」


 パニックになって走り出す。背中には黒い影が夥しい数で迫ってくる。


「なんでっ!なんでぇ⁈」


 叫ぶ、ひたすら叫ぶ。

 走り続けて息が苦しい。

 必死になってあたりを見回していると、ピロティで見守っていた美佳と荒志郎がため息を吐いているのが見えた。


「はぁー……まじか」


「ええ、これは想定外でした」


 二人が呟くのがかろうじて聞こえるが、その言葉に意識を割く暇はなかった。

 横から襲いかかる影の腕を転がって躱し、走り続ける。

 これじゃあキリがない。ただ逃げているだけじゃダメだ。……だがどうすればいい? 反撃しようにも今度こそ失敗したら一巻の終わりだ。どうする——どうすればいい⁈

 思考を巡らせる。精神と体力が削られていく。視界外からの攻撃に意識を割く。

 

「————ッ⁈」

 

 体勢を維持できず、躓いた。そのまま自重で膝をつく。

 顔を上げれば、どこを向いても影が覆っていた。逃げ道は——ない。

 

「美佳さん……あれは助けに行った方がいいかと……」


 荒志郎が美佳に尋ねるも、彼女は首を振った。


「いいえ、まだやらせるわ」


 毅然とした態度で彼女はそう宣言し、数歩ほど前に進んだ。

 はあっ、と息を吐き、再度吸い込む。そして彼女は叫んだ。

 

「イメージよ!」

 

 体育館中に声が響く。遠く離れた影たちが一斉に彼女の方を向いた。

 

「アンタが何をしたいのか、そのイメージを作るの! そうすれば上手くいくから!」

 

 イメージ……。僕が持つこの力が、どんな形をしているのか。

 頭の中でイメージを構築する。それは——水、流れ、そして命だ。

 緑の人物が僕に授けた力。その本質は生命の息吹だ。

 その圧倒的な生命力が形になった姿こそがあの時見せた碧水なのだった。

 

「はぁぁっ……!」

 

 故に見るがいい。————是即ち、大地自然に溢るる力。迸る命の奔流————!

 

 群れる影どもを鋭く見据え、左手を天高く掲げる————その動きと同時に、碧水が湧き出で、僕の視界全てを覆った。

 溢れ出る水の柱が影の群れを宙に押し上げる。

 体育館中を埋め尽くすような水の柱は天井をいとも容易くブチ抜き、その場にいた影全てを一掃した。

 

 その光景を見た二人が驚愕する。

 驚異的な破壊力を前に開いた口が塞がらない。だが驚くのは僕だって同じだった。

 まさか自分の力がここまで破壊し尽くすようなものだとは思っていなかった。

 

 ガラ空きの天井から夕陽が差し込む。逆光に照らされた二人がこちらに駆け寄ってきた。


「これはまた、派手にやってくれましたねぇ幸斗さん」


「ほんと冗談じゃないわよ! 後処理のこととか考えてるの⁈」


 ははは……と苦笑することしか僕にはできなかった。


「まあいいわ。威力の調整は今後の課題として……アンタいい腕してるわよ、幸斗。期待はずれどころか、期待以上だったもの」


「えっ、そ、そうか……あはは」


 そう素直に褒められると、照れる。やっぱり苦笑することしかできなかった。


「なによもう。さっきから笑ってばっかで…………って、ねえ、精力晶石は⁈」


 ハッとして辺りを見渡す。…………ない。どこにも、ない。

 さっきまでのことを思い返す……中に入った時にはあった。その途中で消えるようなことはなかった。ともすれば答えは一つ……!

 

 ————多分あの時の一撃で巻き込みました。あの威力なんで粉々になってると思います、スンマセン。

 

「あは、あはははは……」


 もう笑うしかない。もしかして僕、なんかやらかしちゃ——いましたね間違いなくはい!


「ま、別にいいわよ。あの威力だもの、完全に効力は失ってるはずだから。このことはウチが先生に報告しておこっか。大丈夫、せいぜい半殺しで済むはずだから。さ、帰りましょ」


 美佳の笑顔が、こわい。荒志郎、たすけて。

 僕は引き攣った顔で絶望しながら学校へ戻っていった。

 

  

  

  

                                       檻神─オリガミ/了

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Xからお伺いさせていただきました! 異能や怪異もの大好きです。この研究部に入りたい!と思うワクワクする第1章でした! 人間関係もあたたかみがあって、優しいキャラクター達で癒されます。 人との繋がりを大…
魔法とかそういう系の話がめっちゃ好きでハマりました。ただ、タイトルの日本語訳がほしいっ!!(本文中に書いてたかもしれないけど見逃してるかな?)
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